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185 招待状の謎
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それからすぐにアンジェリーナ様は仕度を整えて私を連れて街へと出掛けた。
貴族の奥方なり令嬢が出掛ける際にはそれなりに仕度に時間がかかる。
夜会ともなれば昼過ぎから仕度にかかるが、昼間の外出でも小一時間は必要だ。
善は急げとはよく言ったもので、その時のアンジェリーナ様の仕度は異例の早さで行われたと言える。
馴染みの洋装店は「ヴェルタの店」と言い、商業地区の中でもとびきりの一等地に店を構えていた。
「ようこそ、ハレス様。いつもご贔屓いただきありがとうございます」
店に入ると店主のヴェルタ・ローズが助手を従えて丁寧にお辞儀をして出迎えてくれた。
彼女が声をかけると一瞬、その場にいた皆が私たちを見た。
「相変わらず繁盛しているわね」
広い店内には多くの従業員が十数人の客に対応していた。上客は個室を利用するので、店先にいるだけでこれほどの人数がいるなら、かなり繁盛していると言える。
アンジェリーナ様も皆がこちらを注目したことに気づいているようだったが、特に気にする風もなく店の中を見渡す。
「皆様のお陰で何とかやっております」
浪花の商人風に言えば「もうかりまっか」「ぼちぼちでんな」のやり取りを交わす。
大した会話でもないのに、他のお客さんが自分たちの用を済ませながらしきりとこちらをチラチラと見てくる。
何がそんなに注目を集めているのだろうかと会話を続けるアンジェリーナ様とヴェルタさんを眺めるが、特に変わったところもなく、その理由がわからない。
「どうしたの?ローリィ」
不思議そうな顔をする私に気付き、アンジェリーナ様が訊いてきた。
「……他のお客さんたちがこちらが気になるのか、チラチラと見てくるのですが、何かあるのですか?」
私だけが気づかないのかとアンジェリーナ様の方に顔を傾け耳元でこっそりと耳打ちすると、周囲で「あら」とか「きゃっ」という声が上がり、周囲を見渡す。
母親と十代半ばらしき娘さんの二人と目が合い、愛想良く笑顔を返すと娘さんの方がさっと母親の背中に隠れた。
「私……そんなに怖い顔をしてますか?」
もう一度アンジェリーナ様の方を向いてそう訊ねると、アンジェリーナ様とヴェルタさんが顔を見合せて笑い合った。
「何か……おかしいですか?」
婦人服の洋装店に場違いに男物で来たのが悪かったのか、ここにはアンジェリーナ様に付き添って王都に戻ってきたばかりの頃に一度来ている。初めてではないのに、今回は何がいけなかったのだろう。
「あなたを笑ったのではないわ。それにおかしいこともないし、あのお嬢さんはあなたが怖くて隠れたのではないでしょう」
「さようですね。今日この時間にいらっしゃったお客様は幸運ですわね」
そう言って二人は訳知り顔で目配せし合う。
「このひと月ですっかり有名になりましたね。うちのお客様の何人かも噂されておりましたわ」
「もしかして、その中にはカーマリング侯爵夫人もいらっしゃるのかしら」
アンジェリーナ様の言葉にヴェルタさんの眉がピクリと動く。
「アンジェリーナ様?」
ここには侯爵家の茶会について情報収集に来たのだが、カーマリング侯爵夫人の名前を急に話題にしたので驚いてアンジェリーナ様に問いかける。
「ローリィ……わかったわ」
持っていた扇子で口元を覆い、アンジェリーナ様が私を見上げる。
何となくだが、話の様子から自分が話題の中にいるのは察した。
さっきの少女が母親の後ろに隠れたのもアンジェリーナ様の言葉を借りれば私が怖かったわけではない。
「目的はあなたね」
「…………え?」
謎が解けたとばかりに晴れやかな表情を見せるアンジェリーナ様とは対照的に、私は眉間に皺を寄せて何とも間抜けな返事をした。
貴族の奥方なり令嬢が出掛ける際にはそれなりに仕度に時間がかかる。
夜会ともなれば昼過ぎから仕度にかかるが、昼間の外出でも小一時間は必要だ。
善は急げとはよく言ったもので、その時のアンジェリーナ様の仕度は異例の早さで行われたと言える。
馴染みの洋装店は「ヴェルタの店」と言い、商業地区の中でもとびきりの一等地に店を構えていた。
「ようこそ、ハレス様。いつもご贔屓いただきありがとうございます」
店に入ると店主のヴェルタ・ローズが助手を従えて丁寧にお辞儀をして出迎えてくれた。
彼女が声をかけると一瞬、その場にいた皆が私たちを見た。
「相変わらず繁盛しているわね」
広い店内には多くの従業員が十数人の客に対応していた。上客は個室を利用するので、店先にいるだけでこれほどの人数がいるなら、かなり繁盛していると言える。
アンジェリーナ様も皆がこちらを注目したことに気づいているようだったが、特に気にする風もなく店の中を見渡す。
「皆様のお陰で何とかやっております」
浪花の商人風に言えば「もうかりまっか」「ぼちぼちでんな」のやり取りを交わす。
大した会話でもないのに、他のお客さんが自分たちの用を済ませながらしきりとこちらをチラチラと見てくる。
何がそんなに注目を集めているのだろうかと会話を続けるアンジェリーナ様とヴェルタさんを眺めるが、特に変わったところもなく、その理由がわからない。
「どうしたの?ローリィ」
不思議そうな顔をする私に気付き、アンジェリーナ様が訊いてきた。
「……他のお客さんたちがこちらが気になるのか、チラチラと見てくるのですが、何かあるのですか?」
私だけが気づかないのかとアンジェリーナ様の方に顔を傾け耳元でこっそりと耳打ちすると、周囲で「あら」とか「きゃっ」という声が上がり、周囲を見渡す。
母親と十代半ばらしき娘さんの二人と目が合い、愛想良く笑顔を返すと娘さんの方がさっと母親の背中に隠れた。
「私……そんなに怖い顔をしてますか?」
もう一度アンジェリーナ様の方を向いてそう訊ねると、アンジェリーナ様とヴェルタさんが顔を見合せて笑い合った。
「何か……おかしいですか?」
婦人服の洋装店に場違いに男物で来たのが悪かったのか、ここにはアンジェリーナ様に付き添って王都に戻ってきたばかりの頃に一度来ている。初めてではないのに、今回は何がいけなかったのだろう。
「あなたを笑ったのではないわ。それにおかしいこともないし、あのお嬢さんはあなたが怖くて隠れたのではないでしょう」
「さようですね。今日この時間にいらっしゃったお客様は幸運ですわね」
そう言って二人は訳知り顔で目配せし合う。
「このひと月ですっかり有名になりましたね。うちのお客様の何人かも噂されておりましたわ」
「もしかして、その中にはカーマリング侯爵夫人もいらっしゃるのかしら」
アンジェリーナ様の言葉にヴェルタさんの眉がピクリと動く。
「アンジェリーナ様?」
ここには侯爵家の茶会について情報収集に来たのだが、カーマリング侯爵夫人の名前を急に話題にしたので驚いてアンジェリーナ様に問いかける。
「ローリィ……わかったわ」
持っていた扇子で口元を覆い、アンジェリーナ様が私を見上げる。
何となくだが、話の様子から自分が話題の中にいるのは察した。
さっきの少女が母親の後ろに隠れたのもアンジェリーナ様の言葉を借りれば私が怖かったわけではない。
「目的はあなたね」
「…………え?」
謎が解けたとばかりに晴れやかな表情を見せるアンジェリーナ様とは対照的に、私は眉間に皺を寄せて何とも間抜けな返事をした。
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