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183 茶会の招待状
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王都に戻ってきて約一ヶ月。
ここで私はアンジェリーナ様の個人的な用心棒ということでアンジェリーナ様が昼間外出する際には必ず付き従うこととなった。
王都のどこかにいるかもしれないグスタフたちを警戒し、私の外出は専ら人の往来のある昼間に制限されている。
お世話になるだけでなく、何か仕事を、と私が頼み込み、アンジェリーナ様の昼間のお供をさせていただくことになった。
夜は子爵と夫婦で出掛けられる場合が殆どで、その場合はきちんと男性の護衛が付くので、私の出番はない。
およそ三日に一度の頻度であちこちの茶会に顔を出している。
それ以外の時間はシューティングスターの世話をしたり、夫人の秘書まがいのことや子爵邸の使用人の手伝いをしたりしている。
子爵邸には騎士団上がりの使用人も何人かいて、彼らとも時折軽く剣を交えている。
殿下の様子は時折子爵から話を聞くのみ。私のことは殿下に伝わっているのかわからない。
その日の朝は夫人に届いた手紙の整理を手伝っていた。
「カーマリング侯爵夫人からの茶会の招待状よ」
手に持った封筒を開けて中の手紙を読んだアンジェリーナ様が呟く。
「カーマリング侯爵夫人……ですか」
私はここに住むようになって最初に叩き込まれた貴族名簿を思い出す。
貴族の茶会にアンジェリーナ様に付き添って行くからにはその方々がどういう地位にいて、誰と懇意にしているか、誰と鉢合わせてはいけないかなど、知っておく必要があると教えられた。
現在のカーマリング侯爵は文官として王宮内の催事を取り仕切っている。
戴冠式や叙位式、王族の婚礼や洗礼式などおよそ王宮内で行われる儀式は彼のいる部署の管轄だ。
「ご本人は四十半ばでご子息が二人にご令嬢が一人。ご子息二人はすでに成人されていてそれぞれ王宮勤めされているわ。ご令嬢のことは、まだ社交界にデビューされていないから、あまり詳しくはわからないけれど、黒髪に緑の瞳をした色白の夫人に似ていれば、かなりの美少女でしょうね」
名簿になかった情報をアンジェリーナ様が教えてくれる。
「そのカーマリング侯爵夫人からの招待状に何故そんなに緊張されたのですか?」
子爵家からすれば格上の侯爵家からの招待状は、確かに畏れ多いがそれほど身構える理由がわからない。
「表立っては対立していないけれど、カーマリング侯爵は保守的で、先代の侯爵も末子のジェスティア陛下が即位されることにいい顔をされなかったと聞くわ」
長子が跡を継ぐべし。でなければ正当性が失われる。
そういう考えを持っている貴族は少なくない。
「侯爵が主張するところの正当な王位継承者ではない陛下とは、一線を引いているところがあるの。我が家は今の陛下と懇意にさせていただいていることもあって、ある意味、侯爵とは距離を置いているところがあるわね。公式な場では夫と共に顔を合わせることもあるけれど、個人的なお付き合いは殆どないわ」
「お茶会の招待は?」
「私が嫁いできてからは一度もないわ」
「では、どうして今になって………」
アンジェリーナ様は手にした招待状を穴の空く程眺め、座っていた椅子のひじ掛けを右手の人差し指でトントンと叩き、何やら考え込んでいる。
「これが夜会ではなく、茶会の招待状だということにも意味があると思うわ。茶会にミシェル……夫が来ることはない。だとするなら、これはハレス子爵家というよりは、もっと個人的な関係を望んでいらっしゃるのかも……でもどうして今頃……」
「茶会はいつ行われるのですか?」
アンジェリーナ様の手にある招待状が何かの挑戦状に見えてきた。
子爵家が侯爵家からの招待を断ることなどできない。準備期間はどれ程あるのか気になった。
「………五日後よ」
ここで私はアンジェリーナ様の個人的な用心棒ということでアンジェリーナ様が昼間外出する際には必ず付き従うこととなった。
王都のどこかにいるかもしれないグスタフたちを警戒し、私の外出は専ら人の往来のある昼間に制限されている。
お世話になるだけでなく、何か仕事を、と私が頼み込み、アンジェリーナ様の昼間のお供をさせていただくことになった。
夜は子爵と夫婦で出掛けられる場合が殆どで、その場合はきちんと男性の護衛が付くので、私の出番はない。
およそ三日に一度の頻度であちこちの茶会に顔を出している。
それ以外の時間はシューティングスターの世話をしたり、夫人の秘書まがいのことや子爵邸の使用人の手伝いをしたりしている。
子爵邸には騎士団上がりの使用人も何人かいて、彼らとも時折軽く剣を交えている。
殿下の様子は時折子爵から話を聞くのみ。私のことは殿下に伝わっているのかわからない。
その日の朝は夫人に届いた手紙の整理を手伝っていた。
「カーマリング侯爵夫人からの茶会の招待状よ」
手に持った封筒を開けて中の手紙を読んだアンジェリーナ様が呟く。
「カーマリング侯爵夫人……ですか」
私はここに住むようになって最初に叩き込まれた貴族名簿を思い出す。
貴族の茶会にアンジェリーナ様に付き添って行くからにはその方々がどういう地位にいて、誰と懇意にしているか、誰と鉢合わせてはいけないかなど、知っておく必要があると教えられた。
現在のカーマリング侯爵は文官として王宮内の催事を取り仕切っている。
戴冠式や叙位式、王族の婚礼や洗礼式などおよそ王宮内で行われる儀式は彼のいる部署の管轄だ。
「ご本人は四十半ばでご子息が二人にご令嬢が一人。ご子息二人はすでに成人されていてそれぞれ王宮勤めされているわ。ご令嬢のことは、まだ社交界にデビューされていないから、あまり詳しくはわからないけれど、黒髪に緑の瞳をした色白の夫人に似ていれば、かなりの美少女でしょうね」
名簿になかった情報をアンジェリーナ様が教えてくれる。
「そのカーマリング侯爵夫人からの招待状に何故そんなに緊張されたのですか?」
子爵家からすれば格上の侯爵家からの招待状は、確かに畏れ多いがそれほど身構える理由がわからない。
「表立っては対立していないけれど、カーマリング侯爵は保守的で、先代の侯爵も末子のジェスティア陛下が即位されることにいい顔をされなかったと聞くわ」
長子が跡を継ぐべし。でなければ正当性が失われる。
そういう考えを持っている貴族は少なくない。
「侯爵が主張するところの正当な王位継承者ではない陛下とは、一線を引いているところがあるの。我が家は今の陛下と懇意にさせていただいていることもあって、ある意味、侯爵とは距離を置いているところがあるわね。公式な場では夫と共に顔を合わせることもあるけれど、個人的なお付き合いは殆どないわ」
「お茶会の招待は?」
「私が嫁いできてからは一度もないわ」
「では、どうして今になって………」
アンジェリーナ様は手にした招待状を穴の空く程眺め、座っていた椅子のひじ掛けを右手の人差し指でトントンと叩き、何やら考え込んでいる。
「これが夜会ではなく、茶会の招待状だということにも意味があると思うわ。茶会にミシェル……夫が来ることはない。だとするなら、これはハレス子爵家というよりは、もっと個人的な関係を望んでいらっしゃるのかも……でもどうして今頃……」
「茶会はいつ行われるのですか?」
アンジェリーナ様の手にある招待状が何かの挑戦状に見えてきた。
子爵家が侯爵家からの招待を断ることなどできない。準備期間はどれ程あるのか気になった。
「………五日後よ」
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