転生して要人警護やってます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
183 / 266

182 公爵領での残りの日々

しおりを挟む
翌朝、フランツさん一家が領主館を訪れた。
一家と言ってもモリーはまだ看病があり、母親も側に付き添うため、やって来たのはフランツさんとマリー、ミーシャさん夫婦だった。

一日経ってようやくティモシーの容態が落ち着いているということだった。

「彼の実家は今、繁忙期で両親もすぐには来られないということで、我々が責任をもって彼を看るつもりです」

殴られた顔や体の腫れ、骨折はいずれ治るとのことだが、歯が何本か抜かれ、爪も剥がされていた分は一生戻ることはない。

「結婚は予定どおりに行いますが、結婚式は延期してティモシーの体の具合を見て行う時期を考えたいと思います」

「今度のこと……こちらの事情に巻き込んで申し訳なかった。私が直接出向かなければならないところを、足を運んでもらってすまない。ティモシー君の治療に必要な費用や仕事に復帰するまでの生活はこちらで面倒をみよう」

フィリップ司祭たちのことはまだ世間には知らせていないが、司祭がいなくなったことはすぐに噂になるだろう。

フィリップ司祭たちの身分はここだけの話として、フランツさんたちに伝えた上で、殿下が謝った。

グスタフたちがどういう意図であの男たちを殺したのかは、今のところ不明だ。

殿下からの謝罪と申し出にフランツさんは慌ててて断ろうとしたが、頑として譲らない殿下に結局はその申し出を受け入れることにした。

フランツさんたちが帰るのと入れ替わりに警羅隊長がやってきた。

「………お申し付けどおり名前の上がっていた顔役は皆、拘束いたしました。皆、デリヒ氏の訃報をきいて抵抗は観念したようで、横領について白状いたしました。主犯格はやはりデリヒ氏だったようです。横領したお金は遊興や貴金属などの贅沢品の購入などに使用したとこのことです。殿下のおっしゃるとおりにそれらお金に変換できるものは変えて、不当に高額な負担を強いられていた者に返すなどの手筈を整えます」

「………デリヒの家族はどうしている?」

今回もっとも厳しいと言える罰を下されるべきデリヒ氏はすでに亡くなっている。
残る家族にはその罪を償うべく、私的財産は没収。妻には孤児院へ下働きの奉公を言い渡され、娘は規律が厳しいと評判の修道院に放り込まれる。

「奥方は………泡を吹いてその場に卒倒しました。娘は金切り声を上げて殿下の名を呼んでいました。………まことの相手を見捨てるのかとか何とか………」

隊長の顔には困り果てた表情が浮かんでいる。

「彼女の預け入れ先が決まるまで、もう少し辛抱して欲しい」

まだすぐには警羅隊の留置所預かりとなるため、殿下は申し訳なさそうに告げた。

「…………後少しとわかれば、幾分気も楽になりました」

諦めぎみに隊長がボソボソと呟く。
わめき散らすアネット嬢に対峙しなければならない過酷さを思うと同情を禁じ得ない。

殿下は彼らの働きに敬意と感謝を込めて励ました。

そして、全ての隊員に金一封を約束した。

その次の日、殿下はアリアーデ様とウィリアムさん、レイさんと共に王都へ旅立った。

私はもう暫く後、滞在先が決まってから向かうことになった。
エリックさんが護衛も兼ねて残ってくれ、クリスさんも思うところがあるらしく、同じく居残りとなった。

それからまもなくアネット嬢については、ネヴィルさんが探した受け入れ先の修道院に移送されることが決まった。
母親の方も行き先の孤児院が見つかり、夫の葬儀を終えてすぐにそちらへ送られた。

修道院は王都から北に、母親の受け入れ先となった孤児院は南にある。

デリヒ氏の葬儀はごく身内だけの細やかなものだった。
遺体は領内の共同墓地に埋葬された。

娘のアネット嬢も参列を特別に許可されたが、かつての華やかさは失われ、久々の母と娘の対面はただ二人泣きじゃくるだけだった。


殿下が王都に戻ると宣言し、ウィリアムさんたちも共に王都へ戻り元の職務に戻ることとなった。

クリスさんが今しばらく残りたいと申し出たのは、ミーシャさんとのことで色々とけじめをつけたいと考えてのことだった。


「もう支度は済んだの?」

部屋で荷物を片付けているときにマーサさんが部屋に入ってきた。

「短い間でしたが、お世話になりました」

作業していた手を止め、マーサさんに向き直る。

「私がしたのはお説教くらいよ。王都に戻っても、私のことはもう一人のお母さんだと思って何かあったらいつでも連絡してね」

既にマーサさんにも私がローリィ・ハインツになる前のことについては伝えられている。
そのせいか、彼女は私に対していくらか過保護になったように感じる。

「……気を遣っていただいてありがとうございます。父母とは死に別れましたが、こうして皆さんが私を気にかけてくれて、本当にうれしいです」

師匠夫妻やウィリアムさんたち、マーサさんや皆が私を気にかけて支えてくれる。
それが本当に心の支えになっていた。それに……

「キルヒライル様もおりますしね」

私の頭の中を読んだのか、マーサさんの言葉にどきりとした。

「……年を取ると色々な経験をしますから、表情を見ればわかります。キルヒライル様のことを考えているときは、ちゃんと女性の顔ですから」

マーサさんの表現に私は顔を赤くした。耳まで赤くなっているのがわかる。

「そ、そんなにわかりやすいですか?」

マーサさんはメンタリストの技術でもあるのだろうか。

ウィリアムさんたちは元の職に戻ることが決まっている。私の元職(?)は舞屋の居候兼用心棒だが、それでは無用心過ぎる。いつグスタフたちに遭遇するかわからない。

私のメイドとしての力量はたかが知れている。所詮は付け焼き刃の技術のみ。警護という付加価値があってこそ及第点と言える。

「こちらへ来る前にお世話になったハレス子爵のお屋敷で受け入れていただけることになりました」

「どこに行っても自分の体を大切にね。決して無茶をして怪我なんかしないでね。キルヒライル様のためにも。あなた、夢中になると無茶するから」

マーサさんはキルヒライル様のためにも、という部分を強調する。

「はい、キルヒライル様の足手まといになって余計な心配をかけないようにします」

私がそう答えると、マーサさんは複雑な顔をした。

「………そう言う意味では……もちろん、あなたが怪我をすれば殿下は心配でしょうが……女の子があまり体に傷を作るのは………」

ボソボソとマーサさんが呟く。前世で三十まで生きていた私はローリィとしてなら気づかなかったマーサさんの含みに気づいた。

「マーサさん、それは飛躍し過ぎです。私とキ……殿下は何も………」

殿下を育てた乳母のマーサさんからそんな風に思われていたのかと、恥ずかしい限りだ。

「………もちろん、将来のことは誰にもわかりません……自分を大事にすることは忘れないでね」

あまりそのことについて色々言ってもと思ったのか、マーサさんはそのことにはそれ以上何も言わず、ただ私のことを心配してくれた。

その日の夜は皆でお別れの宴を催した。

こうして私の公爵領での皆と別れ、再び王都へと向かった。


しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...