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179 眠れない夜

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色々なことがわかったかと思えば、また新たな謎も浮かんだ一日だった。

あの後、すぐにその場は解散となり、ネヴィルさんが作った指示書に目を通して殿下が修正を加えたものに署名をし、警羅隊長のところに運ばれた。

デリヒ氏以外の顔役たちのこれからの処遇については殿下が伝えたことの他は、警羅隊長に一任するということだった。

クリスさんやレイさんにも私が昔伯爵令嬢だったことと、彼らに父が殺されたことを話した。

話を聞いた二人も最初戸惑いを見せ、父さまのことについてお悔やみの言葉を言ってくれた以外は、今さら私に対する態度を変えるつもりはないと、特に大きな混乱はなかった。

顎髭の男、マーティンと共に父さまの殺害に関わったと言う二人に改めて会うべきか悩んだ。

望めば面会はさせてもらえるだろうが、会うのも躊躇われる。

夕食を終え、皆と何気ない会話をして一度は部屋に引き上げたものの、なかなか寝付けなかった。
同室のフレアたちを起こさないようにそっと部屋を抜け出し、庭に出た。

秋も深まり夜ともなれば底冷えするようになってきた。少し厚い生地のストンとした膝までのスモックの上にブランケットを羽織る。

雲ひとつない夜空に月が明々と輝き、灯りがなくても何とか歩ける。

仲秋の名月。お月見という習慣はないし、この世界の月にクレーターはないため、お餅を突いているウサギは見えない。

時折吹く風に足を止めながら庭を歩き、いつの間にか邸の周囲を半周していた。

「…………!?」

風に吹かれて草木がざわざわと擦れる音に混じってそれ以外の音が聞こえた気がして足を止めた。

悟られないようそっと木の影から覗き込む。

月が明るいとは言え夜なので木々の間には影が多い。
その中に動く影を見つけ、身構えた。

その影の人物は邸の壁の手前に立ち止まり頭上を見上げる。
そのすぐ上が殿下の部屋だと気がつき、思わず背後に躍り出た。

「誰だ!」

相手が私の出現に驚いて身構えるのと、私が拾った石を数石投げつけるのはほぼ同時だった。

「!!!」

咄嗟に相手が飛んで来るものから我が身を庇う隙をついて飛びかかる。

相手のお腹に拳を打ち込もうと体制を低くして突進しようとしたが、打ち込む腕を掴まれそうになり腕を引いてその腕を地面に着いて軸にして横から蹴りを入れた。

入ったと思った蹴りを腕で止められた瞬間、相手が口を開いた。

「待て!私だ」

聞き覚えのある声がして私はぴたりと動きを止めた。
その瞬間を見逃さず、相手が私の肩を掴み地面に組伏せた。

「殿下!」

すぐ目の前に見下ろす殿下の顔が見え、私は呆然と殿下を見上げた。

「今のはかなり重い一撃だったな」

左腕は肩に置いたまま、蹴りを受け止めた右腕を私の目の前にかざして殿下が言った。

自分が仕出かしたことの重大さに気付き、さあっと血の気が引いた。

「も、もももも……申し訳…ありません……てっきり………賊だと」

完全にパニックに陥り、組伏せられたまま慌てて謝罪した。

「こんな時間に見廻りか?熱心だな。そのわりには少々滴さない出で立ちだ」

殿下は怒る風でもなく上から下まで私の装いを眺めて言う。少し赤らんだ顔が見える。
スモックの裾が太腿まで捲れあがっている。
確かに戦闘には不向きな格好だ。

「………その……何だか……眠れなくて」

上から見下ろされて気まずくなり視線を反らして答え、ついでに裾を直す。もっと上まで捲れていなくて幸いだった。

会うと思っていなかったので心構えが出来ていなかった。
父さまの死について責めるような言い方をしてから二人きりは初めてだ。

しかも賊と間違えて攻撃を仕掛けるなんて。

「無礼を働いて申し訳ございません……腕は大丈夫ですか?」

反らした視線の先に殿下の右腕が視界に入ったので訊ねる。

「折れてはいない……痣はできるだろうが」

右手を開いたり閉じたりしながら腕を振って殿下が言うので、少しほっとした。

「あの……殿下………起き上がってもよろしいでしょうか」

いつまでも覆い被さるように見下ろされていては落ち着かないので、恐る恐る訊いてみた。

「あ、ああ……すまない」

そう言って殿下は脇に動きそのまま片足を立てて地面に座った。

「ありがとうございます」

起き上がるために手を差し出してくれた手に手を重ね、引っ張られるように起き上がった。

「すっかりぐちゃぐちゃだな」

倒れて乱れた髪を見て殿下が手櫛で整えてくれる。

「じ………自分で……」

「そうか」

自分ですると言う言葉に、そうおっしゃったがすぐには手を止めない。

払い除けるのも無礼な気がしてもう一度言う勇気がなく、されるがままに髪を撫で付けてもらう。
小さい子にいい子いい子されているみたいだ。
どういうつもりでこんな風にされているのだろう。
そっと殿下の表情を窺うと真剣そのものだ。
手の甲までの革手袋に短い外套。あっさりとしたシャツに腰丈のチュニックを羽織り、腰には剣を帯びている。
格好は王都への旅路に出会った頃のようだ。
こんな時間にどこへ行かれていたのだろう。

「…いかような罰でも受けます……おっしゃってください」

殿下が手をはなしたのを見計らってそう伝える。
怪我が無かったとは言え、殿下に攻撃を仕掛けたのである。覚悟を決めてそう言った。

「………よい……紛らわしい動きをした私も悪い。賊に間違われても仕方ない」

立てた膝に左腕を置き、蹴りを受け止めた右腕をちらりと見て言う。

「でも………」

「でもはない。何でもかんでも罰を与えるわけではない。私がいいと言っているのだ」

「……はい」

少しきつい言い方に素直に従う。

その時風が吹き、その冷たさに身震いする。
さっきの攻撃の際に羽織っていたブランケットをどこかに落としたようだ。

「寒いのか?」

縮こまってブランケットをキョロキョロ探す私に気づいた殿下が声を掛ける。

「はい…………あ」

殿下の背後の地面に落ちたブランケットを見つけ、取りに立ち上がろうとした時、ふわりと暖かいものに包み込まれた。

「あっ?!」

殿下が自らの外套を私に掛けてくれた。
途端に殿下の匂いに包まれる。


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