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178 アネット嬢への罰
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「アネット嬢………いえ、アネット・デリヒの処罰を決める前に、私の報告をお聞きいただいてもよろしいでしょうか」
殿下がアネット嬢の処罰の判断について話し出す前に、ネヴィルさんが話に割って入った。
「話してみよ」
殿下が許可し、ネヴィルさんがこほんと咳払いをして全員の顔を眺めた。
「結論から申しますと、収穫祭の収支に関する横領は確実に行われていました。その主導権を握っていたのはデリヒ氏で、顔役の全員とは言いませんが、何人かは関与しておりました。長い間気づかす面目もございません」
ネヴィルさんが明白になった横領と、それに気づかなかった己の不甲斐なさに落ち込んだ。
「詳しく説明してくれ」
殿下はネヴィルさんを責めるでもなく、先にわかった事実について報告を求めた。
「詳しくはデリヒ氏以外の顔役たちから事情を訊く必要がありますが、まず横領に関わっていたであろう顔役達からの出資金は毎年同額か減少しているのに対し、横領に関与していなかったであろう他の顔役達には毎年かなりの額が要求されておりました。しかし表向きは皆で口裏合わせが行われていたと思われ、皆が一様に同額の出資をしていると思わせていたようです」
現金を預かるのはデリヒ氏の仕事。そこで帳簿が二つ作られ、公爵邸や他の顔役には偽の帳簿を確認させていたようだとネヴィルさんが言う。
「さらに、毎年新しく作り直したと思われていた山車や樽は、実は元のものより粗悪な素材を使って単に修繕しただけで済ませたりしていたようです。そうやって新しく作ったと見せかけた費用で請求され、工房には実費が支払われ、その差額がデリヒ氏の金庫に納められていた。今回事故を起こした山車も古くて取り壊された山車の部品の大部分を使用していたようです」
「工房の者も関わっていたのだな」
怒気のこもった声で殿下が訊ねた。
危うく大怪我をしそうになったマリエッタちゃんを思い出す。
彼がしたことを考えれば、殿下の発言に便乗して見舞金として差し出したお金などはした金も同然だと思った。
今思えばそうやって甘い汁を吸わせ、事故の責任を有耶無耶にしようとしたのだとわかる。
この領の人間ではない私だが、収穫祭に対するここの人たちの思いを考えると、居たたまれない。
「こちらに出された工房の見積や請求はかなり金額が上乗せされておりました。酷いものは正規の約四割近く上乗せした額となっておりました。それと……」
ネヴィルさんが言いにくそうに間を空ける。
「デリヒ氏から押収した帳簿に何年か前から横領したお金をフィリップ司祭に流していた記録がありました」
ガンっと音がした。座っていた椅子のひじ掛けに殿下が拳を打ち付けたのだ。
「警羅に命じて関与した全員を捕らえて詳しく問い質せ!そして彼らの個人財産は没収。不当に出資金を徴収されていた者にはそこから払い戻せ。あくまでも没収するのは彼らの私財だけだ。店や工房など従業員が路頭に迷うことはさせるな」
「か、畏まりました。直ちに取り掛かります」
ネヴィルさんは殿下の発言を命令として警羅に発令するべく直ぐ様取りかかるため立ち上がった。
「命令書が出来次第、署名を戴きにまいります」
「待て」
慌てて出ていこうとするネヴィルさんを殿下が引き留める。
「デリヒの娘についてだが………戒律の厳しい修道院に送り込んで、そこで一から鍛え直させろ。ろくでもない父親だったかもしれないが、娘を溺愛していた人間だ。娘については父親の死を本当の意味で悲しむ気持ちが起きるまで、一歩たりともそこから出すな。頻繁に使者を送って様子を報告させろ」
「母親はどうしますか?夫を亡くして財産も没収、娘は修道院となれば、一人です」
「母親も娘をあのように育てた責任がある。一から子育てについて学び直させる必要がある。しっかりした施設長が治める孤児院で下働きとして放り込め。そちらも定期的に様子を報告するように伝えろ。修道院も孤児院も私が満足する成果をあげるなら毎年かなりの額の寄付をすると伝えろ」
「…………承知いたしました」
「場所の選定は任せる。デリヒ商会については信頼のおける者が事業を引き継げるよう手配するように。デリヒの屋敷にいる使用人たちも家令に命じてデリヒの私財から退職金を支払い、望めば次の勤め先も斡旋してやりなさい」
「畏まりました」
そう言って今度こそネヴィルさんは部屋を出ていった。
後に流れた沈黙を破ったのは殿下自身だった。
「酷いと思うか?」
特に誰に向けたわけでもない。一人言とも思えた。
「彼女たちにとっては酷い仕打ちかもしれないが、望んでそこに身を投じる者もいる。決して無理なことではない」
殿下の言うことは正しい。
修道院の門を自ら叩き、そこで修行する道を選ぶ者も、仕事として下働きをする者もこの世にはいる。
それにアネット嬢に関しては心を入れ換えればいつかはそこから出ても構わないとおっしゃっているのだ。
一生出ることのない監獄に送られることを思えば遥かに軽い罰とも言える。
クリスさんたちは祭りの日に起こった殺人とティモシー拉致の詳細について彼らから訊いたことを伝えた。
彼が言うには理由がわからないがグスタフがフィリップの指示なく起こした事件だということとしか聞かされていなかった。
事件の翌朝、モリーを部屋に残して警羅に向かうティモシーを見つけたフィリップ司祭が言葉巧みに事情を聞き出した。
自分の弟とグスタフの仕業だとすぐに気づいた彼が、騙してティモシーを誘い込み、拉致したということだ。
「拷問をしたのはグスタフらしい」
もはやその場にいた誰も驚かなかった。
殿下がアネット嬢の処罰の判断について話し出す前に、ネヴィルさんが話に割って入った。
「話してみよ」
殿下が許可し、ネヴィルさんがこほんと咳払いをして全員の顔を眺めた。
「結論から申しますと、収穫祭の収支に関する横領は確実に行われていました。その主導権を握っていたのはデリヒ氏で、顔役の全員とは言いませんが、何人かは関与しておりました。長い間気づかす面目もございません」
ネヴィルさんが明白になった横領と、それに気づかなかった己の不甲斐なさに落ち込んだ。
「詳しく説明してくれ」
殿下はネヴィルさんを責めるでもなく、先にわかった事実について報告を求めた。
「詳しくはデリヒ氏以外の顔役たちから事情を訊く必要がありますが、まず横領に関わっていたであろう顔役達からの出資金は毎年同額か減少しているのに対し、横領に関与していなかったであろう他の顔役達には毎年かなりの額が要求されておりました。しかし表向きは皆で口裏合わせが行われていたと思われ、皆が一様に同額の出資をしていると思わせていたようです」
現金を預かるのはデリヒ氏の仕事。そこで帳簿が二つ作られ、公爵邸や他の顔役には偽の帳簿を確認させていたようだとネヴィルさんが言う。
「さらに、毎年新しく作り直したと思われていた山車や樽は、実は元のものより粗悪な素材を使って単に修繕しただけで済ませたりしていたようです。そうやって新しく作ったと見せかけた費用で請求され、工房には実費が支払われ、その差額がデリヒ氏の金庫に納められていた。今回事故を起こした山車も古くて取り壊された山車の部品の大部分を使用していたようです」
「工房の者も関わっていたのだな」
怒気のこもった声で殿下が訊ねた。
危うく大怪我をしそうになったマリエッタちゃんを思い出す。
彼がしたことを考えれば、殿下の発言に便乗して見舞金として差し出したお金などはした金も同然だと思った。
今思えばそうやって甘い汁を吸わせ、事故の責任を有耶無耶にしようとしたのだとわかる。
この領の人間ではない私だが、収穫祭に対するここの人たちの思いを考えると、居たたまれない。
「こちらに出された工房の見積や請求はかなり金額が上乗せされておりました。酷いものは正規の約四割近く上乗せした額となっておりました。それと……」
ネヴィルさんが言いにくそうに間を空ける。
「デリヒ氏から押収した帳簿に何年か前から横領したお金をフィリップ司祭に流していた記録がありました」
ガンっと音がした。座っていた椅子のひじ掛けに殿下が拳を打ち付けたのだ。
「警羅に命じて関与した全員を捕らえて詳しく問い質せ!そして彼らの個人財産は没収。不当に出資金を徴収されていた者にはそこから払い戻せ。あくまでも没収するのは彼らの私財だけだ。店や工房など従業員が路頭に迷うことはさせるな」
「か、畏まりました。直ちに取り掛かります」
ネヴィルさんは殿下の発言を命令として警羅に発令するべく直ぐ様取りかかるため立ち上がった。
「命令書が出来次第、署名を戴きにまいります」
「待て」
慌てて出ていこうとするネヴィルさんを殿下が引き留める。
「デリヒの娘についてだが………戒律の厳しい修道院に送り込んで、そこで一から鍛え直させろ。ろくでもない父親だったかもしれないが、娘を溺愛していた人間だ。娘については父親の死を本当の意味で悲しむ気持ちが起きるまで、一歩たりともそこから出すな。頻繁に使者を送って様子を報告させろ」
「母親はどうしますか?夫を亡くして財産も没収、娘は修道院となれば、一人です」
「母親も娘をあのように育てた責任がある。一から子育てについて学び直させる必要がある。しっかりした施設長が治める孤児院で下働きとして放り込め。そちらも定期的に様子を報告するように伝えろ。修道院も孤児院も私が満足する成果をあげるなら毎年かなりの額の寄付をすると伝えろ」
「…………承知いたしました」
「場所の選定は任せる。デリヒ商会については信頼のおける者が事業を引き継げるよう手配するように。デリヒの屋敷にいる使用人たちも家令に命じてデリヒの私財から退職金を支払い、望めば次の勤め先も斡旋してやりなさい」
「畏まりました」
そう言って今度こそネヴィルさんは部屋を出ていった。
後に流れた沈黙を破ったのは殿下自身だった。
「酷いと思うか?」
特に誰に向けたわけでもない。一人言とも思えた。
「彼女たちにとっては酷い仕打ちかもしれないが、望んでそこに身を投じる者もいる。決して無理なことではない」
殿下の言うことは正しい。
修道院の門を自ら叩き、そこで修行する道を選ぶ者も、仕事として下働きをする者もこの世にはいる。
それにアネット嬢に関しては心を入れ換えればいつかはそこから出ても構わないとおっしゃっているのだ。
一生出ることのない監獄に送られることを思えば遥かに軽い罰とも言える。
クリスさんたちは祭りの日に起こった殺人とティモシー拉致の詳細について彼らから訊いたことを伝えた。
彼が言うには理由がわからないがグスタフがフィリップの指示なく起こした事件だということとしか聞かされていなかった。
事件の翌朝、モリーを部屋に残して警羅に向かうティモシーを見つけたフィリップ司祭が言葉巧みに事情を聞き出した。
自分の弟とグスタフの仕業だとすぐに気づいた彼が、騙してティモシーを誘い込み、拉致したということだ。
「拷問をしたのはグスタフらしい」
もはやその場にいた誰も驚かなかった。
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