転生して要人警護やってます

七夜かなた

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173 運命論

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「気を使わせてすまなかった」

寝室へ入りアリアーデを振り返る。

「勝手なことをして申し訳ありません。ですが、殿下には少し頭を整理する時間が必要かと思いまして」

「いや、間違っていない……」

「お怒りになっていますか?」

寝台の横に置いた書き物机に向かい合って座る。

「そうだな………」

アリアーデの言葉は正しかった。
色々な怒りが胸の中にあるのは否定しない。

デリヒが殺されたことも。
司祭のフィリップが忽然と姿を消したことも。
ジェスティア陛下の御代に消えた王族の出現にも。
ローリィのことを交渉の材料にしたグスタフのことも。
ローリィの出自について嘘をついた兄のことも。
兄についてはなぜ彼女の出自を誤魔化す必要があったのか、話を聞かなければならない。

だが、一番怒りを覚えたのは自分にだった。

ローリィの父親が殺され、そのことにフィリップやマーティン、ナジェットたちが関わっている。
自分がもっと早くに彼らを何とかしていれば、彼女の父親は死なずに済んだのではないだろうか。
彼女が洩らした本音は、そのまま自分の胸に突き刺さった。

程なくして、庭の方から鋼と鋼がぶつかり合う音が聞こえてきた。

「誰かが剣の稽古でもしているのですね」

「そのようだな」

クリスとレイはまだ詰所に行ったままの筈だ。

と、すれば残った者たち、ウィリアムやエリックなのだろう。

「アリアーデはローリィのことをジークから聞いていたのか?」

立ち上がって中庭に面した窓に行き、下を見下ろすと、ウィリアムと刃を交えるローリィが見えた。

隣に立ち、同じように中庭を見下ろしたアリアーデが頷く。

「アイスヴァイン伯爵令嬢だったということは……ご両親を亡くして王都に来たとも聞いておりましたが、殺されていたことは今日初めて伺いました」

「この国の法律では、娘は爵位を継げない。中には娘に婿を取らせてそのまま貴族を名乗る者もいる。彼女の父親はその選択をしなかったのだな」

「彼女の父親が殺されたことにキルヒライル様は責任を感じていらっしゃるのですか?」

「……まるっきりないわけではない。もっと早くに彼らを拘束していれば、とは思う。今となっては仮定の話だが……ただ、彼女が辛かった時、側に居てやれなかったのが悔しいのだ」

自分が彼女のことを知る前のことなのだから、無茶なことを言っていることはわかっている。
母親を亡くし、父親がどこの誰かわからない相手に殺され、どんな決心をして王都にやって来たのか。

「他にジークから彼女のことについて聞いていることは?」

彼女について知っていることは、今さっき彼女から聞いたこと。
誰と誰の娘で、どうして王都にやって来たか。
そして昨日のマッサージ……確かに以前にも彼女から受けたことがあった。
そして断片的に交錯する記憶の中に現れる彼女の姿。
何か手に武器を持って戦う姿。足を振り上げ踊る姿。馬に乗って農場を回る姿。
鮮やかなドレスを着て、自分と共に踊る姿。
どの姿が先でどの姿が後なのかは未だあやふやだ。

そして彼女を見る度にざわめく胸の内……

確かに彼女は自分に取って特別な存在のようだ。

薬のせいで失った記憶も少しずつ甦りつつある。

長い間抱えた問題に終止符を打つべく、ようやく戻ってきた故郷。

そこで出会った初めて大切だと思った女性ひと

グスタフが彼女を望むのはそれを知っているからなのか、若しくは違うのか……

「彼女について、夫から聞いたのは、キルヒライル様が彼女に関心を持っていらっしゃるようだったということでしょうか」

「そうか……ジークにもそう思われていると言うことは、兄上にも知られているということだろう。一体私はどんな風に問い合わせたのか」

「その点については、キルヒライル様が出した書簡を見ればわかるでしょう。それに時間が経てば思い出されるかと思いますよ」

ウィリアムとローリィの打ち合いが終わり、窓から目を離しアリアーデに視線を移す。

「彼女の父親のことがなければ、今もまだ彼女は故郷にいて、もしかしたら一生、会うこともなかったのだと考えたら、皮肉だな。一方では彼女の父が今でも生きていたらと思い、また一方ではだからこそ今があると言える」

「もし、キルヒライル様に取って彼女が唯一無二なら、きっと別の形でも会えていたと思いますよ」

「アリアーデからそんな運命論が聞けるとは思わなかった。もっと現実主義ではなかったか?」

「………私だって一目惚れや運命の恋は憧れですよ。ジークとはあまりに近くに居て、気づいたら好きになっていましたから、ある意味運命だと思っています」

少し頬を赤らめて照れた様子のアリアーデを、生まれて初めて見た。

「それに、これからいくらでも彼女を護ってあげる機会はあります。ですが、夕べのようなことは……」

「あれは、暗部の者が知らせてきたからだ」

「だからと言ってキルヒライル様が出向かなくても、他の者に任せても良かったのでは?結果としては何もなかったとは言え、薬から完全に抜けきれていたとは言えませんでしたのに」

「まだ全て思い出せていないが、頭は痛まなくなったし、もう大丈夫だ」

そう言い切ると、アリアーデは何か言おうとして口を開きかけたが、言うのを諦めたのか何も言わなかった。
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