上 下
174 / 266

173 運命論

しおりを挟む
「気を使わせてすまなかった」

寝室へ入りアリアーデを振り返る。

「勝手なことをして申し訳ありません。ですが、殿下には少し頭を整理する時間が必要かと思いまして」

「いや、間違っていない……」

「お怒りになっていますか?」

寝台の横に置いた書き物机に向かい合って座る。

「そうだな………」

アリアーデの言葉は正しかった。
色々な怒りが胸の中にあるのは否定しない。

デリヒが殺されたことも。
司祭のフィリップが忽然と姿を消したことも。
ジェスティア陛下の御代に消えた王族の出現にも。
ローリィのことを交渉の材料にしたグスタフのことも。
ローリィの出自について嘘をついた兄のことも。
兄についてはなぜ彼女の出自を誤魔化す必要があったのか、話を聞かなければならない。

だが、一番怒りを覚えたのは自分にだった。

ローリィの父親が殺され、そのことにフィリップやマーティン、ナジェットたちが関わっている。
自分がもっと早くに彼らを何とかしていれば、彼女の父親は死なずに済んだのではないだろうか。
彼女が洩らした本音は、そのまま自分の胸に突き刺さった。

程なくして、庭の方から鋼と鋼がぶつかり合う音が聞こえてきた。

「誰かが剣の稽古でもしているのですね」

「そのようだな」

クリスとレイはまだ詰所に行ったままの筈だ。

と、すれば残った者たち、ウィリアムやエリックなのだろう。

「アリアーデはローリィのことをジークから聞いていたのか?」

立ち上がって中庭に面した窓に行き、下を見下ろすと、ウィリアムと刃を交えるローリィが見えた。

隣に立ち、同じように中庭を見下ろしたアリアーデが頷く。

「アイスヴァイン伯爵令嬢だったということは……ご両親を亡くして王都に来たとも聞いておりましたが、殺されていたことは今日初めて伺いました」

「この国の法律では、娘は爵位を継げない。中には娘に婿を取らせてそのまま貴族を名乗る者もいる。彼女の父親はその選択をしなかったのだな」

「彼女の父親が殺されたことにキルヒライル様は責任を感じていらっしゃるのですか?」

「……まるっきりないわけではない。もっと早くに彼らを拘束していれば、とは思う。今となっては仮定の話だが……ただ、彼女が辛かった時、側に居てやれなかったのが悔しいのだ」

自分が彼女のことを知る前のことなのだから、無茶なことを言っていることはわかっている。
母親を亡くし、父親がどこの誰かわからない相手に殺され、どんな決心をして王都にやって来たのか。

「他にジークから彼女のことについて聞いていることは?」

彼女について知っていることは、今さっき彼女から聞いたこと。
誰と誰の娘で、どうして王都にやって来たか。
そして昨日のマッサージ……確かに以前にも彼女から受けたことがあった。
そして断片的に交錯する記憶の中に現れる彼女の姿。
何か手に武器を持って戦う姿。足を振り上げ踊る姿。馬に乗って農場を回る姿。
鮮やかなドレスを着て、自分と共に踊る姿。
どの姿が先でどの姿が後なのかは未だあやふやだ。

そして彼女を見る度にざわめく胸の内……

確かに彼女は自分に取って特別な存在のようだ。

薬のせいで失った記憶も少しずつ甦りつつある。

長い間抱えた問題に終止符を打つべく、ようやく戻ってきた故郷。

そこで出会った初めて大切だと思った女性ひと

グスタフが彼女を望むのはそれを知っているからなのか、若しくは違うのか……

「彼女について、夫から聞いたのは、キルヒライル様が彼女に関心を持っていらっしゃるようだったということでしょうか」

「そうか……ジークにもそう思われていると言うことは、兄上にも知られているということだろう。一体私はどんな風に問い合わせたのか」

「その点については、キルヒライル様が出した書簡を見ればわかるでしょう。それに時間が経てば思い出されるかと思いますよ」

ウィリアムとローリィの打ち合いが終わり、窓から目を離しアリアーデに視線を移す。

「彼女の父親のことがなければ、今もまだ彼女は故郷にいて、もしかしたら一生、会うこともなかったのだと考えたら、皮肉だな。一方では彼女の父が今でも生きていたらと思い、また一方ではだからこそ今があると言える」

「もし、キルヒライル様に取って彼女が唯一無二なら、きっと別の形でも会えていたと思いますよ」

「アリアーデからそんな運命論が聞けるとは思わなかった。もっと現実主義ではなかったか?」

「………私だって一目惚れや運命の恋は憧れですよ。ジークとはあまりに近くに居て、気づいたら好きになっていましたから、ある意味運命だと思っています」

少し頬を赤らめて照れた様子のアリアーデを、生まれて初めて見た。

「それに、これからいくらでも彼女を護ってあげる機会はあります。ですが、夕べのようなことは……」

「あれは、暗部の者が知らせてきたからだ」

「だからと言ってキルヒライル様が出向かなくても、他の者に任せても良かったのでは?結果としては何もなかったとは言え、薬から完全に抜けきれていたとは言えませんでしたのに」

「まだ全て思い出せていないが、頭は痛まなくなったし、もう大丈夫だ」

そう言い切ると、アリアーデは何か言おうとして口を開きかけたが、言うのを諦めたのか何も言わなかった。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...