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172 もやもやの解消法
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「伯爵令嬢だったんだな……」
部屋を出て廊下を歩きだして直ぐ、エリックさんが呟いた。
「今は平民よ。もう爵位はないから」
「それでも、俺たちとは違う…………別に僻んでいるとかじゃないぞ。色々あったんだなぁって感心してるんだ」
「ロード様のことは……お気の毒だった。お会いしたことはないが、父たちが世話になった」
「お世話になったのは私の方です。父が亡くなった時、師匠とエミリさんに随分気遣ってもらいました。アイスヴァインしか知らなかった私に王都へ行くことを薦めてくれたのも師匠でした」
父さまの葬儀を終え、一人呆然としていた時のことを思い出す。
「アリアーデ先生には休めと言われたけど、何だか思い切り体を動かしたい気分。ウィリアムさんもどうですか?」
もやもやとした気分を打ち消したくて、そう提案する。
「そうだな、久しぶりに手合わせ願おうか」
提案に乗ってくれたのは私を気遣ってくれているからだとわかる。
「その話、乗った!」
エリックさんも明るく加わり三人で裏庭へ向かった。
***************
「はっ!」
ガキッ!キンッ!
掛け声と共に鋼と鋼がぶつかり合う。
私が上段からうち下ろした剣をウィリアムさんが受け止める。
打ち合いはかれこれ三十分近く続いている。
特に勝敗を決めるわけでもなく、互いに剣を交える。
体格差の分、私が跳び跳ねたりと体を使うことが多いが、打ち負かすつもりでやりあっているわけではないので、それほど力任せにはうち下ろしてもいない。
最初の十分ほどで体が温まり、今ではうっすらと汗ばんできている。
「俺との分も体力を残しておいてくださいよ」
あまりに長く二人で打ち合っているので、焦れたエリックさんが横から叫ぶ。
「エリックがああ言っているが、どうする?」
横からの攻撃を逆手で受け止め、ウィリアムさんが相談してくる。
「では、そろそろ」
もう一度上段から攻撃したのをウィリアムさんが下からそれを打ち払い、それでウィリアムさんとの打ち合いは終了した。
剣を地面に突き刺し、腰に手を置いて呼吸を整える。
エリックさんが私とウィリアムさんにそれぞれタオルと水を差し出してくれた。
「これは……?」
「マーサさんからだ」
二つを手に取りながらエリックさんが指で指し示す方を見ると、いつの間にかマーサさんやミーシャさん、フレアが立っていた。
「いつの間に」
「さっき俺が声をかける少し前だ」
水を飲み、汗を拭きながら皆に向かって頭を下げる。
「少しは気が晴れたか?」
近づいてきたウィリアムさんが訊いてきた。
「……わかりますか」
「剣筋が荒れていたからな」
隠そうともしていなかったが、如実に剣筋に現れていたと言われ、表情を固くした。
「何も思い詰めることはない。打ち合いで気が紛れるならいくらでも相手になるぞ。むしろ、泣きわめいてもいいくらいだ」
頭をポンポンと軽くたたき、いい子いい子するみたいにされて思わず吹き出した。
「一体私をいくつだと思っているんですか」
「別に子ども扱いしているわけではないぞ、ただ、親父ならこうするかと思ってな」
「………」
触れられた頭に手をやり、思わずウィリアムさんを見た。
エミリさんの遺伝子の勝利で熊のようなモーリス師匠と見かけは似ていないが、その口ぶりはやっぱり師匠を思い起こさせる。
「師匠に会いたいな……」
ぼそりと呟くと、ウィリアムさんがちょっと驚いて、それから微笑んだ。
「あの熊親父に会いたいって女性はお袋の他にはローリィだけだろうな」
「確かに………」
エリックさんもウィリアムさんの意見に同意する。
熊と言っても色々ある。ウィリアムさんたちが思っている熊とはグリズリーのような大柄な熊だろうが、私が想像する熊は日本のとある県のマスコットキャラクターのような熊だ。
さすがに赤いベストを来たおっとりした熊のキャラクターはイメージではないが……。
「さあ、休憩が済んだら、次は俺とやろう」
手合わせしたくてウズウズしているエリックさんが待ちきれないと声をかける。
「その後でウィリアムさんもよろしくお願いします」
途中ウィリアムさんとエリックさんが打ち合いをしている間は、脇に寄ってマーサさんたちと言葉を交わした。
「キルヒライル様の護衛の任を宰相閣下から貰っていたとは信じられませんでしたが、私も考えを改めないといけませんね」
私の剣の腕前を見てマーサさんがため息混じりに呟いた。
「すごくかっこ良かったわ」
「ほんと、ほんと、ウィリアムさんたちもかっこいいけど、ローリィは綺麗ね」
「そうね。私も剣のことはよくわかりませんが、フレアの意見に賛成です。ウィリアム殿のお父上がお師匠だとか」
「はい、そうです」
「素晴らしい師匠に出会えたのですね。そんな師匠を付けてくれた親御さんも立派だわ」
マーサさんにモーリス師匠と親のことを褒められ、自分が褒められるよりもずっと嬉しく思った。
ふと、視線を感じて上を見上げた。
二階の窓に並んで立ち、こちらを見下ろす殿下とアリアーデ先生がいた。
部屋を出て廊下を歩きだして直ぐ、エリックさんが呟いた。
「今は平民よ。もう爵位はないから」
「それでも、俺たちとは違う…………別に僻んでいるとかじゃないぞ。色々あったんだなぁって感心してるんだ」
「ロード様のことは……お気の毒だった。お会いしたことはないが、父たちが世話になった」
「お世話になったのは私の方です。父が亡くなった時、師匠とエミリさんに随分気遣ってもらいました。アイスヴァインしか知らなかった私に王都へ行くことを薦めてくれたのも師匠でした」
父さまの葬儀を終え、一人呆然としていた時のことを思い出す。
「アリアーデ先生には休めと言われたけど、何だか思い切り体を動かしたい気分。ウィリアムさんもどうですか?」
もやもやとした気分を打ち消したくて、そう提案する。
「そうだな、久しぶりに手合わせ願おうか」
提案に乗ってくれたのは私を気遣ってくれているからだとわかる。
「その話、乗った!」
エリックさんも明るく加わり三人で裏庭へ向かった。
***************
「はっ!」
ガキッ!キンッ!
掛け声と共に鋼と鋼がぶつかり合う。
私が上段からうち下ろした剣をウィリアムさんが受け止める。
打ち合いはかれこれ三十分近く続いている。
特に勝敗を決めるわけでもなく、互いに剣を交える。
体格差の分、私が跳び跳ねたりと体を使うことが多いが、打ち負かすつもりでやりあっているわけではないので、それほど力任せにはうち下ろしてもいない。
最初の十分ほどで体が温まり、今ではうっすらと汗ばんできている。
「俺との分も体力を残しておいてくださいよ」
あまりに長く二人で打ち合っているので、焦れたエリックさんが横から叫ぶ。
「エリックがああ言っているが、どうする?」
横からの攻撃を逆手で受け止め、ウィリアムさんが相談してくる。
「では、そろそろ」
もう一度上段から攻撃したのをウィリアムさんが下からそれを打ち払い、それでウィリアムさんとの打ち合いは終了した。
剣を地面に突き刺し、腰に手を置いて呼吸を整える。
エリックさんが私とウィリアムさんにそれぞれタオルと水を差し出してくれた。
「これは……?」
「マーサさんからだ」
二つを手に取りながらエリックさんが指で指し示す方を見ると、いつの間にかマーサさんやミーシャさん、フレアが立っていた。
「いつの間に」
「さっき俺が声をかける少し前だ」
水を飲み、汗を拭きながら皆に向かって頭を下げる。
「少しは気が晴れたか?」
近づいてきたウィリアムさんが訊いてきた。
「……わかりますか」
「剣筋が荒れていたからな」
隠そうともしていなかったが、如実に剣筋に現れていたと言われ、表情を固くした。
「何も思い詰めることはない。打ち合いで気が紛れるならいくらでも相手になるぞ。むしろ、泣きわめいてもいいくらいだ」
頭をポンポンと軽くたたき、いい子いい子するみたいにされて思わず吹き出した。
「一体私をいくつだと思っているんですか」
「別に子ども扱いしているわけではないぞ、ただ、親父ならこうするかと思ってな」
「………」
触れられた頭に手をやり、思わずウィリアムさんを見た。
エミリさんの遺伝子の勝利で熊のようなモーリス師匠と見かけは似ていないが、その口ぶりはやっぱり師匠を思い起こさせる。
「師匠に会いたいな……」
ぼそりと呟くと、ウィリアムさんがちょっと驚いて、それから微笑んだ。
「あの熊親父に会いたいって女性はお袋の他にはローリィだけだろうな」
「確かに………」
エリックさんもウィリアムさんの意見に同意する。
熊と言っても色々ある。ウィリアムさんたちが思っている熊とはグリズリーのような大柄な熊だろうが、私が想像する熊は日本のとある県のマスコットキャラクターのような熊だ。
さすがに赤いベストを来たおっとりした熊のキャラクターはイメージではないが……。
「さあ、休憩が済んだら、次は俺とやろう」
手合わせしたくてウズウズしているエリックさんが待ちきれないと声をかける。
「その後でウィリアムさんもよろしくお願いします」
途中ウィリアムさんとエリックさんが打ち合いをしている間は、脇に寄ってマーサさんたちと言葉を交わした。
「キルヒライル様の護衛の任を宰相閣下から貰っていたとは信じられませんでしたが、私も考えを改めないといけませんね」
私の剣の腕前を見てマーサさんがため息混じりに呟いた。
「すごくかっこ良かったわ」
「ほんと、ほんと、ウィリアムさんたちもかっこいいけど、ローリィは綺麗ね」
「そうね。私も剣のことはよくわかりませんが、フレアの意見に賛成です。ウィリアム殿のお父上がお師匠だとか」
「はい、そうです」
「素晴らしい師匠に出会えたのですね。そんな師匠を付けてくれた親御さんも立派だわ」
マーサさんにモーリス師匠と親のことを褒められ、自分が褒められるよりもずっと嬉しく思った。
ふと、視線を感じて上を見上げた。
二階の窓に並んで立ち、こちらを見下ろす殿下とアリアーデ先生がいた。
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