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171 裏で糸を引く者
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もっと早くにナジェット卿たちを捕らえていてくれたら、父さまは殺されなかったのでは。
タラレバの話が今さら意味がないことはわかっている。
亡くなった人も生き返らせることはできない。
でも思わず口走ってしまった言葉に、殿下は私の気持ちを察した様子だった。
それは次に言った言葉ではっきりとわかった。
「もっと早くに彼らを拘束していれば、もしかしたらそなたの父上は命を落とすことはなかったかも知れぬな」
「いえ……ばかげたことを申しました……今さら何をしても父は戻ってきません」
「ナジェットたちのことについては、彼らだけでこれほどのことを目論んでいたとは思えず、他の誰かと関係があるのではと思っている」
「他の誰か……?」
「……王宮内の中枢にいるもっと地位も力もある人物だろう。そうでなければ、フィリップたちやナジェット卿、グスタフが結び付くはずがない。誰か裏で糸を引いている者がいる。我々はそれを探っているのだ。今のところはナジェットたちの側から探りを入れている」
「お心当たりがあるのですか?」
王宮の中枢にいる地位も権力もある者の関与が疑われているなど、思いもよらなかった展開に殿下以外の私たちは動揺した。
「そのことについては、国王陛下や夫の宰相が現在調査中です」
それまで黙って聞いていたアリアーデ先生が話に加わった。
「アリアーデ……」
「今はまだ話せる段階ではありません、相手は要職に就く者に関すること。嫌疑が確定するまで余計な詮索は差し控えた方がよろしいかと」
小柄で無害そうな彼女だったが、さすが宰相の妻だけあってその言い方は厳しかった。
「申し訳ありません、殿下……差し出がましいことをいたしました。ですが、私は殿下の医師としてここに来ております。今日はすでに朝早くから酷使しすぎです。ローリィさんも、先ほど少し仮眠を取ったとは言え、お疲れでしょう。皆さんも……警羅へ情報収集に行った方たちもまだですし、一度休憩を挟まれた方がよろしいかと」
有無を言わせないてきぱきとした言い方に、殿下すら口を挟むことができなかった。
半ば強引に話し合いは打ち切られた。
私たちは連れだって殿下の部屋を出ていく。
殿下はアリアーデ先生に付き添われ隣の寝室へと消えた。
部屋を出る際にもう一度振り替えると、こちらを見つめる殿下の目とぶつかった。
私が素性を偽っていたのが陛下の指図だったことで、私への怒りは無さそうだが、罪悪感のようなものが浮かんでいる。
父さまの死がナジェット卿たちのせいだと言うなら、殿下のあの瞳に映った罪悪感は私が植え付けたものだ。
あれではさっさとナジェット卿たちを捕らえなかったからだと責めているようなものだ。
あんなことをいうべきではなかった。
戻れるならあの瞬間に戻って自分の口を塞ぎたい。
タラレバの話が今さら意味がないことはわかっている。
亡くなった人も生き返らせることはできない。
でも思わず口走ってしまった言葉に、殿下は私の気持ちを察した様子だった。
それは次に言った言葉ではっきりとわかった。
「もっと早くに彼らを拘束していれば、もしかしたらそなたの父上は命を落とすことはなかったかも知れぬな」
「いえ……ばかげたことを申しました……今さら何をしても父は戻ってきません」
「ナジェットたちのことについては、彼らだけでこれほどのことを目論んでいたとは思えず、他の誰かと関係があるのではと思っている」
「他の誰か……?」
「……王宮内の中枢にいるもっと地位も力もある人物だろう。そうでなければ、フィリップたちやナジェット卿、グスタフが結び付くはずがない。誰か裏で糸を引いている者がいる。我々はそれを探っているのだ。今のところはナジェットたちの側から探りを入れている」
「お心当たりがあるのですか?」
王宮の中枢にいる地位も権力もある者の関与が疑われているなど、思いもよらなかった展開に殿下以外の私たちは動揺した。
「そのことについては、国王陛下や夫の宰相が現在調査中です」
それまで黙って聞いていたアリアーデ先生が話に加わった。
「アリアーデ……」
「今はまだ話せる段階ではありません、相手は要職に就く者に関すること。嫌疑が確定するまで余計な詮索は差し控えた方がよろしいかと」
小柄で無害そうな彼女だったが、さすが宰相の妻だけあってその言い方は厳しかった。
「申し訳ありません、殿下……差し出がましいことをいたしました。ですが、私は殿下の医師としてここに来ております。今日はすでに朝早くから酷使しすぎです。ローリィさんも、先ほど少し仮眠を取ったとは言え、お疲れでしょう。皆さんも……警羅へ情報収集に行った方たちもまだですし、一度休憩を挟まれた方がよろしいかと」
有無を言わせないてきぱきとした言い方に、殿下すら口を挟むことができなかった。
半ば強引に話し合いは打ち切られた。
私たちは連れだって殿下の部屋を出ていく。
殿下はアリアーデ先生に付き添われ隣の寝室へと消えた。
部屋を出る際にもう一度振り替えると、こちらを見つめる殿下の目とぶつかった。
私が素性を偽っていたのが陛下の指図だったことで、私への怒りは無さそうだが、罪悪感のようなものが浮かんでいる。
父さまの死がナジェット卿たちのせいだと言うなら、殿下のあの瞳に映った罪悪感は私が植え付けたものだ。
あれではさっさとナジェット卿たちを捕らえなかったからだと責めているようなものだ。
あんなことをいうべきではなかった。
戻れるならあの瞬間に戻って自分の口を塞ぎたい。
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