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168 貴族の格差
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シュルス近くの領地を治めるナジェット卿。侯爵と言えども地方を治める者と王都近くの領地を治める者とでは格差が存在する。
王都から遠ければ遠い程、王都との行き来に時間がかかるのは当然で、その分費用もかかる。
江戸時代の参勤交代のように王都へ必ず赴く義務はないが、王宮での行事への参加が遠のけばその分王への謁見の機会も少なくなり中枢での出世もままならない。
お金と出世。
出世のためには王宮へ足繁く通い、要職に就くに相応しい人材だと認められる必要がある。
だが、そのためには移動費用が嵩む。
王都へ辿り着いても、どこに滞在するかで格も変わってくる。
一番最適なのは王都に自身の居を構えることだが、維持費もばかにならず王都に自身の屋敷を構えるだけの財力を持った地方貴族は少ない。
その次に王都での滞在期間中に適当な家を借りること。
そうでなければ宿屋に滞在するか、若しくは王都に屋敷を持つ貴族に頼んで間借りするか。
いずれにしても、必要な財力や伝が必要となってくる。
シュルスは王家の直轄である地方都市でマイン国との国境を護る主要都市となっている。
とは言ってもその周辺の土地は僻地と言える。
その土地を治める侯爵の名を、王弟である殿下が知っていてもおかしくないが、王都に居を構える貴族以外にその名を知っていることに、少し驚いた。
「ナジェット卿をご存知なのですか?シュルス近くの領地を治める地方貴族です」
「直接知っているわけではないが、名は知っている。そなたこそ、ナジェット卿がシュルス近くの領地を治めていると、良く知っているな。捕らえた者はそこまで言っていたのか?」
貴族名簿を熟知しているならいざ知らず、貴族同士でも全ての貴族を知っているわけではない中で、平民の私が貴族の名を知っていることに、殿下が不思議に思うのも無理はない。
そう言えば殿下には私はロイシュタールの南の都市、カナンの準貴族の娘ということを伝えているとウィリアムさんは言っていた。
カナンとシュルスでは方角がまるで反対だ。
その私がナジェット卿について知っていることに驚いても不思議ではない。
「………」
父さまを殺したと聞いてからのことはあまり覚えていない。
始めから薬で眠らされてはおらず、彼らがシュルスでの一件について話だし、聞いていたことを悟られないように必死で堪えていた。
そんな時に聞こえてきたあの会話のせいで途中から彼らの話が耳に入っていなかった。
ティモシーの姿を見るまで、どれ位の時間があったのだろうか。
拷問を受け傷ついたティモシーを見て、ようやく目的を思い出した。
だから彼らがナジェット卿がシュルス近くの領地を治める侯爵だと話していたかどうか答えることができなかった。
彼らが話していたと言えば、それで納得してもらえるのはわかっていた。
それで話は終わる。
でも、覚えていないことを、そうですと殿下や皆を前にして言うことが果たして正しいのか、誤魔化す理由も見当たらない。
「どうして黙っている?」
「……良く、覚えていないのです。………その、彼らがナジェット卿の名前を出したのは、シュルスで起こした仲間の一人の失態について語っていたときで……マーティンと言われている男と彼らがその失態を尻拭いしたと話していたからで、ナジェット卿の領地がどこにあるのかを話していたかどうか……」
自信なさげにそう答えるしかなかった。
「シュルスでの失態とは具体的には何だと?それも覚えていないのか?」
覚えていないという答えに殿下が不思議がる。
「いえ………それは、ナジェット卿が仲間にしたいと連れてきた人物が、彼らのことを知って仲間になるどころか逃げ出したので、後を追って始末したとか……逃がしてしまったのが捕らえた男たちのうちの一人で、その後始末でその人物を………殺したのが………他の二人とマーティンだと………」
いつの間にか間接が白くなるくらい拳を強く握りしめ、カタカタと小刻みに震えていた。
街道で遺体となって発見された父さまの死に顔が目に浮かんできて言葉に詰まる。
「どうした?」
「…………大丈夫?」
私の様子がおかしいことに気付き、皆が訊ねる。
「やはり囮など恐ろしかったのかしら」
私が先ほどの捕り物について今更ながらに恐ろしさが込み上げてきたと思ったアリアーデ先生がそう言う。
私は黙って首を横に振った。
「違うのか?」
皆がそう思ったらしく、私が否定するのを見て顔を見合わせる。
「では、何が原因でそんなに震えている?マーティンたちが殺したと言っていたのは誰なんだ?」
話の途中で震えだしたことに思い当たった殿下が、彼らが殺したと言う人物が原因ではと察したようで、そのことを告げる。
「………………ア、アイスヴァイン……ロード・アイスヴァイン……ロード……」
前アイスヴァイン伯爵……正確には既に家督を譲り渡していたため、ロード・ハインツ。
そう続けようとして、また言葉に詰まった。
「ロード・アイスヴァイン?」
私の絞り出した名前にその場にいた殆どが聞き覚えがなさそうに小首を傾げる。
アイスヴァインもナジェットと同じ王都から離れた領地を治める領主。名前を聞いて簡単に思い当たらなくても仕方ない。
その名の意味に気づいたのは、ウィリアムさんだけだろう。
王都から遠ければ遠い程、王都との行き来に時間がかかるのは当然で、その分費用もかかる。
江戸時代の参勤交代のように王都へ必ず赴く義務はないが、王宮での行事への参加が遠のけばその分王への謁見の機会も少なくなり中枢での出世もままならない。
お金と出世。
出世のためには王宮へ足繁く通い、要職に就くに相応しい人材だと認められる必要がある。
だが、そのためには移動費用が嵩む。
王都へ辿り着いても、どこに滞在するかで格も変わってくる。
一番最適なのは王都に自身の居を構えることだが、維持費もばかにならず王都に自身の屋敷を構えるだけの財力を持った地方貴族は少ない。
その次に王都での滞在期間中に適当な家を借りること。
そうでなければ宿屋に滞在するか、若しくは王都に屋敷を持つ貴族に頼んで間借りするか。
いずれにしても、必要な財力や伝が必要となってくる。
シュルスは王家の直轄である地方都市でマイン国との国境を護る主要都市となっている。
とは言ってもその周辺の土地は僻地と言える。
その土地を治める侯爵の名を、王弟である殿下が知っていてもおかしくないが、王都に居を構える貴族以外にその名を知っていることに、少し驚いた。
「ナジェット卿をご存知なのですか?シュルス近くの領地を治める地方貴族です」
「直接知っているわけではないが、名は知っている。そなたこそ、ナジェット卿がシュルス近くの領地を治めていると、良く知っているな。捕らえた者はそこまで言っていたのか?」
貴族名簿を熟知しているならいざ知らず、貴族同士でも全ての貴族を知っているわけではない中で、平民の私が貴族の名を知っていることに、殿下が不思議に思うのも無理はない。
そう言えば殿下には私はロイシュタールの南の都市、カナンの準貴族の娘ということを伝えているとウィリアムさんは言っていた。
カナンとシュルスでは方角がまるで反対だ。
その私がナジェット卿について知っていることに驚いても不思議ではない。
「………」
父さまを殺したと聞いてからのことはあまり覚えていない。
始めから薬で眠らされてはおらず、彼らがシュルスでの一件について話だし、聞いていたことを悟られないように必死で堪えていた。
そんな時に聞こえてきたあの会話のせいで途中から彼らの話が耳に入っていなかった。
ティモシーの姿を見るまで、どれ位の時間があったのだろうか。
拷問を受け傷ついたティモシーを見て、ようやく目的を思い出した。
だから彼らがナジェット卿がシュルス近くの領地を治める侯爵だと話していたかどうか答えることができなかった。
彼らが話していたと言えば、それで納得してもらえるのはわかっていた。
それで話は終わる。
でも、覚えていないことを、そうですと殿下や皆を前にして言うことが果たして正しいのか、誤魔化す理由も見当たらない。
「どうして黙っている?」
「……良く、覚えていないのです。………その、彼らがナジェット卿の名前を出したのは、シュルスで起こした仲間の一人の失態について語っていたときで……マーティンと言われている男と彼らがその失態を尻拭いしたと話していたからで、ナジェット卿の領地がどこにあるのかを話していたかどうか……」
自信なさげにそう答えるしかなかった。
「シュルスでの失態とは具体的には何だと?それも覚えていないのか?」
覚えていないという答えに殿下が不思議がる。
「いえ………それは、ナジェット卿が仲間にしたいと連れてきた人物が、彼らのことを知って仲間になるどころか逃げ出したので、後を追って始末したとか……逃がしてしまったのが捕らえた男たちのうちの一人で、その後始末でその人物を………殺したのが………他の二人とマーティンだと………」
いつの間にか間接が白くなるくらい拳を強く握りしめ、カタカタと小刻みに震えていた。
街道で遺体となって発見された父さまの死に顔が目に浮かんできて言葉に詰まる。
「どうした?」
「…………大丈夫?」
私の様子がおかしいことに気付き、皆が訊ねる。
「やはり囮など恐ろしかったのかしら」
私が先ほどの捕り物について今更ながらに恐ろしさが込み上げてきたと思ったアリアーデ先生がそう言う。
私は黙って首を横に振った。
「違うのか?」
皆がそう思ったらしく、私が否定するのを見て顔を見合わせる。
「では、何が原因でそんなに震えている?マーティンたちが殺したと言っていたのは誰なんだ?」
話の途中で震えだしたことに思い当たった殿下が、彼らが殺したと言う人物が原因ではと察したようで、そのことを告げる。
「………………ア、アイスヴァイン……ロード・アイスヴァイン……ロード……」
前アイスヴァイン伯爵……正確には既に家督を譲り渡していたため、ロード・ハインツ。
そう続けようとして、また言葉に詰まった。
「ロード・アイスヴァイン?」
私の絞り出した名前にその場にいた殆どが聞き覚えがなさそうに小首を傾げる。
アイスヴァインもナジェットと同じ王都から離れた領地を治める領主。名前を聞いて簡単に思い当たらなくても仕方ない。
その名の意味に気づいたのは、ウィリアムさんだけだろう。
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