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147 気持ちいい何か

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「それに、彼女は何故あのような服装を……」

メイド服でもなく、ズボンを履いていた姿を思い出す。

収穫祭の書類整理をネヴィルとともにやっていたと言っていた。

「彼女とは実際に会うのはさっきが初めてよ。噂は……その、彼女をあなたの屋敷のメイドに推薦した人から色々聞いていたから…」

そういいながら、彼女は鞄から書類を取り出す。

「マイン国からこの前送られてきた書類で、それに良く似た薬があるか調べてみるわ。殿下が交渉していただいたお陰で、他国の医療記録を見せていただけるなんて……これも殿下が永年あちらの国のためにご尽力していただいた賜物ね」

「我が国もそれなりに医療技術はあると思っていたが、マイン国の医術もまた興味深い。アリアーデなら役に立ててくれると思ったよ」

「ふふ、ありがとうございます。特に王族のために煎じているという薬草を使った薬が興味深いですわ。病になる前から体質改善のために飲むみたいです。風土が違えば医療に対する認識も少しずつ違うのですね」

「それがマイン国からいただいた資料ですか?」

ホーク医師がアリアーデの手にある書類を好奇心いっぱいの目で見つめる。

「これはほんの一部です。殿下がマイン国の独特な医療に興味を示され、マイン国のために働かれることを条件にこうやって情報をいただけることになりました。まだまだ研究の段階ですが、先ほどの殿下のお薬も、この資料を元に煎じたものです。人の持つ本来の病に対する力を強化するとか」

「それで御帰国がこれほど延びたのですか」

「それもあるが、六年前にグスタフによって失われたものを調べ直すことも目的のひとつだった」

「お陰で貴重な情報を得られたわけですし、助かりますわ」

「役になったなら良かった」

「それにしても、記憶の中にある過去の辛かったことや悲しかったことが、そんなに精神を蝕むなんて……気づかず飲み続けたらそのうち心を病んでしまうわ。」

「それがこの薬の特徴なのかも知れませんね。毒ならば徐々に体を弱らせるようなもの。ですが、それが本当に毒ならば毒殺の疑いを持つでしょうが、精神的に弱らせ、まともな判断をできなくさせる、若しくはそうして人を病にさせ、最後には自殺か衰弱死に追い込む。人によっては疑心暗鬼が過ぎて攻撃的になるかもしれませんね」
 
ホーク医師も薬の陰湿さに顔を歪める。

「……その症状……セイリオ様の初期の症状に似ていると思うのです」

アリアーデが考え込むように呟いた。

「セイリオ様?ジェスティア陛下の兄君の?」

殿下もホーク医師も驚き、アリアーデが頷く。

「王宮に残る王族の方々の治療記録を読んだことがあります。もちろん、当時はセイリオ様も立派な王子様、お飲みになる薬の種類も量もきちんと管理され、毎日健康状態を確認されていました。召し上がる食事も調理場ときちんと打ち合わせを行い、栄養管理も徹底しており、もちろんお毒味もされておりました」

「私もかつて王宮医師として勤めた身。それは知っておりますが、アリアーデ殿はセイリオ様が殿下と同じ薬を飲まされたとお考えですか?」

「ふと、思っただけです。当時の医師団でも最終的には心の病だと判断しました。王位を巡る争いに疲れたからだと………でも、今考えれば、もし同じような薬を飲まされたのだとしたら……」

「そうだとして、なぜセイリオ様だけが?他の王子や叔父達は何もなかった。それに、薬はどうやって?謎はまた増えたな……」

「いずれにせよ。もはやそれを探る手だてはないかと思います。セイリオ様ご自身も、その関係者も皆、すでに亡くなっておりますし」

「今となっては可能性のひとつに過ぎない。それに、セイリオ様のことについてはその事実を掘り起こしたとして、何かが変わるわけでもない。しかし、もし今回の首謀者がわかれば、もしかしたら、過去の出来事との繋がりが見えてくるかも知れない。それを探るためにアネット嬢と接触した人間を探す必要がある」

考え込み、軽い頭痛がまたもや襲う。
それは薬のせいと言うよりは、いつもの偏頭痛のようにも思える。

「頭が痛むのですか?」

「いや……大丈夫だ。まだ軽い」

昔から疲れている時や雨が降る前など、時折悩まされている頭痛。
以前この頭痛が起こったとき、どうやってかいつもより早く治ったことがあったのを思い出した。
しかし、どうやって治ったのか覚えていない。

「頭痛に効く薬をあげたいところだけど、今服用しても、さっきの薬が効果を打ち消してしまうの」

「大丈夫だ。このくらいなら休めば治る」

「医師が二人もいて、頭痛ひとつ治せないなんて、屈辱的だわ」

アリアーデが残念そうに言うと、ホーク医師も同感だと項垂れる。

「大袈裟だな……頭痛で死にはしない」

言われるままに寝台に横になる。

その時、ふと脳裏に何かが過った。

「どうかしました?」

「いや……今、何か思い出した……王都にいた時にも頭痛を感じて……あの時、誰かが何かをしてくれた……眠り込んでしまうくらい気持ちが良かった」

「気持ちが良かった?それは何?」

二人が不思議そうに訊ねる。

「…………わからない。とにかく自然と眠り込んでしまうくらいだった」

「それは薬ではないということですね」

「そうだと思う………もしかしたらジャックあたりが何かを知っているかもしれない。彼は王都の公爵邸の執事だ」

「じゃあ、彼を探してきましょう」

ホーク医師が立ち上がって寝室を出て行った。

「最近の兄上たちの様子はどうだ?」

彼が戻ってくるまでの間、アリアーデに兄たちの様子について訊ねる。

「お元気よ。今回の殿下のことはとても心配していらしたわ。私にくれぐれも頼むと頭をお下げになって……相変わらず仲のいいことですわね」

「……王都に着いてからのことが断片的なので、どんなことを話したかあまり覚えていないのだが、兄や義姉上たちの顔も時折頭に浮かぶ。六年前とあまり変わっていないが、小さい男の子や女の子の顔も出てくる」

「それはきっと王子様方でしょう」

「恐らくは……それと、」

「それと?」

「誰かが、踊っている……何かを手に持ち、踊っている」

「ああ、多分それは殿下のご帰還を祝う宴でしょう。英雄の舞の競い舞が行われましたから……そう言えば、あの時はちょっとした事件がありました」

「事件……?」

「………はい、踊り子の脚の部分の衣装が破れて……それが踊っている間に裂け目が大きくなって…なのにその踊り子は見事に最後まで踊りきり、競い舞に勝利しました」

「話を聞くと、なかなかに気丈な踊り子だな」

はっきり思い出せないが、英雄の舞は知っている。過去に見た舞を思い出して記憶の薄れた部分を補う。

「その話には続きがあるんですが……申し上げても?」

「構わん。自分で体験したはずだが、人の話を聞いているみたいな気がするが、知っていることなら教え欲しい。そこから思い出すかも知れない」

「舞が終わって、壇上にいらっしゃった殿下が、その踊り子の元へ歩いていかれて、脚を隠すように羽織っていたマントを巻き付けて差し上げたんです。殿下がマントを巻き付けた際に何と仰ったかはわかりませんが、何人かの女性はそれを見てショックを受けていましたわ」

「私が?そんなことを……」

「そのあと、陛下が競い舞の判定を殿下に委ねられたので、その踊り子の舞屋の名を殿下が宣言されました。贔屓目でなく、私が見てもその舞屋が勝っていると思いましたよ」

自分がしたことなのに、まるで思い出せないのがもどかしかったが、断片的に浮かぶ宴の情景がそれが本当にあったことなのだと確信する。
アリアーデの言葉によればさぞかし素晴らしい舞だったのだろう。
しかも、その踊り子は衣装が破れて脚が顕になっていたにも関わらず最後まで躍り終えたのだと言う。

ずきりと、胸が高鳴った。

その時自分はどういう気持ちでその踊り子に近づいたのか……立派に己の仕事を全うしたことに心を動かされたに違いない。

アリアーデの語る話を聞きながら、その時のことが甦るかと目を閉じていると、ホーク医師がジャックとともに戻ってきた。
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