転生して要人警護やってます

七夜かなた

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163 窮地を乗り切るために

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ケイン・デリヒは焦っていた。

最初は娘が王弟殿下に薬を盛って拘束されたこと。

どうしてあんなことを仕出かしたのか。

娘が言うところの媚薬を殿下に盛るなど、そんな思いきったことが娘にできるわけがない。
大切に大切に育ててきた娘だ。欲しいものは何でも与えてきた。そうやって物欲を満たせば、娘は天使のような笑みを浮かべてくれる。

だが、今回ばかりはその願いも聞き入れることができないと伝える。

キルヒライル様のことは諦めろと。

それを聞いて娘は泣きわめいた。そんなことはない。自分は運命の相手だから絶対に、最後は自分の元に帰ってくると。

目に入れても痛くない位、可愛い娘だが、こんなことを口走る時は全く理解ができない。

何度も警羅隊の詰所で娘を放せと抗議したが、一向に取り合ってくれない。

そのうち工房のことで警羅から話を聞きたいと言われ、こちらの雲行きが怪しくなって、知らぬ存ぜぬで逃げてきた。

こちらの方が肝が冷えた。

家に戻ると妻から何故まだアネットが拘留されたままなのか、あなたは街の有力者なのだろう。繊細なアネットがあんなところで一晩どころか一瞬でも耐えられない。そう捲し立てられた。

妻が喚くのをうるさく思いながら、私室へ逃げ込み鍵をかける。

この窮地をどうやって乗りきればいい?

アネットのことも気になるが、そんなことより、例のことがばれたら自分の立場が危うくなって娘を救うどころではなくなる。

公爵がこの地の領主になる前。老領主の頃に金を着服することを覚え、監査をする立場でもあったため、次第にその行為はエスカレートしていった。

老領主が亡くなり、エドワルド公爵が後を引き継いで領主となってからは流石に自粛した。

しかし、数年の後に着服した金は妻と娘の贅沢癖と自らの女遊びで底を突いた。

そのうち殿下がマイン国との戦を回避するため領地を離れ、代わりにやってきた管財人は領地運営に長けてはいたが、祭りに関しては地元の者でなく門外漢だと言ってこちらへある程度の権限を任せてくれるようになった。

表向きは嫌々ながら、心の中では小躍りした。

しかし、今回はそう簡単にはいかなかった。

殿下が領主となってから数年の間に帳簿が整えられ、そこから大金を横取りするには自分一人では難しくなっていた。

仕方なく、同じように金遣いの荒い顔役たちを取り込み、複数で共謀することになり、取り分は格段に減ってしまった。

それでも怪しまれないよう書類を細工し、二年程は上手くいった。

あの人に気づかれる前は…………。

「そうだ、あの人だ」

こんなことのためにあの人に貢いできたのだ。今こそ助けてもらう時だ。

そう思い立ち、妻の小言に耐えながら夕食を取り、家人が寝静まったのを見計らって密かに屋敷を抜け出して徒歩でその人物に会いに行った。

知り合いに会わないよう隠れながら路地から路地を渡り歩き、すっかり疲れはてて教会へ辿り着くと、表に何頭かの馬が繋がれ、荷馬車も何台か待機している。

こんな時間に何事か不思議に思いながら、正面でなくいつも出入りする裏木戸からこっそりと中に入ると、荷物を持って現れた男にぶつかりそうになった。

「気を付けろ!あぶ……ひっ!」

危ないだろうと言おうとして、男を見て腰を抜かしてしまった。

男の顔の半分は表面がぼこぼこしていて、髪も生え際の辺りがかなり後退している。

「何だ?」

大きな木箱を肩に担いだその男は、尻餅を突いた私をぎらりと睨み付け、荷物を荷台に乗せてまた戻ってきた。

「お前は……デリヒか?こんなところで何をしている」

そう男に訊ねられ、何故この男が自分の名を知っていたのか考える。

「ん?何だ……違うのか?」

答えない自分に男は尚も問いかける。

「お、お前ごときがいきなり私の名を呼んで、あろうことか何だその態度は!」

男の顔に驚いて尻餅を突いた恥ずかしさと、あまりに不遜な態度に腹を立てて食って掛かる。

「何だ、合ってるじゃないか。こんな時間にここに来て何の用だ?」

「お前に用などない!司祭様に会いにきたのだ。さっさと案内しろ!」

立ち上がってそう言うと、男の目がすうっと細められ、殺気めいた空気が流れる。

「何を騒いでいるのです。さっさと荷造りを終えて出発してください」

教会の裏から目当ての人物が現れる。

「おや、デリヒさん………?」

フィリップ司祭はデリヒの姿を認めて、苦々しく言い放つ。

「司祭様こそ………何をなさっているのですか?」

「あなたには関係ないことです。ここへは何の用で?」

冷たい口ぶりに少し怯んだものの、ことがことだけに些細なことには目をつぶることにした。

「司祭様……助けてください」

すがり付く様子で駆け寄る。

「何があったのですか?」

司祭は化け物顔の男に目配せし、男が黙ってまた裏へと消えていった。

その様子を目の隅で追いながら、事情を説明する。

「……なるほど……で、あなたは私にどうしろと言うのですか?」

「…え…………!?」

てっきり自分に任せろと言ってくれるかと思っていただけに、思ってもいなかった冷たい言葉に一瞬我が耳を疑った。

「ですから………」

「横領していたのはあなた……そのことで警羅に事情を訊かれているのもあなた。私はあなたが無実だと言える証拠を何も持っていませんよ。その私にあなたの潔白を証明することはできません」

「いえ…ですから……何かあれば力になると、おっしゃって…………」

「私にできることは話を聞いてあげることだけ。時には適切な助言もしますが、今のあなたには無駄なことですよね」

「そんな……ずっとここ何年か大金を貢いできたではありませんか」

「ご寄付ありがとうございます。お陰で教会も我々も潤うことができました。ですが、そのお金がどうやって作られたものなのか、私どもとしてはまったく知らなかったこと」

「し、司祭様……?」

「あと、パレードの事件についても、金を惜しんだあなたたちの失敗だとわかっているのですよ。いい材料を仕入れたふりをして粗悪品を使ったり、不備があるのにそれを是正しなかったのは、あなたたちの失態です」

そう言い放つと、デリヒは目を見開いて慌てふためいた。

「ど、どうしてそれを………」

「親切に私に教えてくれる人がいましてね」

「そ、それもこれも寄付しろ寄付しろと脅してくるから」

「兄上、いつまで話をしている。もう出発するぞ」

「わかった」

背後からそう声がして、司祭様はこちらにまったく興味を示さなくなった。

「兄上?司祭様……どちらへ行かれるのですか?」

背後を振り替えると司祭に色素の薄い髪色と顎髭の背の高い男が立っていた。
そこでようやく司祭も手に手袋をはめてコートを羽織り、今から旅に出るかのような装いをしていることに気づいた。
彼は司祭様を兄上と呼んだ。言われてみれば面差しが似ていなくもない。

「皆さんに挨拶もなく心苦しいのですが、大事な用ができまして、ここを引き払うことになりました」

「え………それでは、私たちは……私を見捨てるのですか。どちらの教会に赴任されるのですか」

突然のことに驚く。教会の人事とはこのように突然のものなのか。

「個人的な用件です。教会本部からそのうち代わりの者が派遣されるでしょう。それまでは通いの者が面倒を見てくれます」

「いえ、私が心配しているのは教会のことではなく………」

「司祭様………持っていくものはこれで全部ですか?」

司祭の背後から小さな櫃を抱えて現れた別の人物を見て驚いた。

「お、お前は………アネット付の召し使いだった……メイ?」

いつの間にか消えていた娘の召し使いだった女がそこにいた。





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