転生して要人警護やってます

七夜かなた

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162 デリヒ氏の行方

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アリアーデ先生ともっと色々お話をしたかったが、いつまでも殿下たちを待たせてしまうわけにもいかず、慌ててサンドイッチを平らげ、私はアリアーデ先生と部屋を出て殿下の部屋へと向かった。

殿下の部屋は寝台のある部屋と居間の二間続きになっている。

アリアーデ先生に続いて一礼して居間の方の入り口から入る。

「すいません……」

低めの机を中心に四角く囲んで、殿下の左側にウィリアムさんとレイさんエリックさん。右側にネヴィルさんとクリスさんが座っている。
私とアリアーデ先生は殿下の向かい側に並んで座った。

「もういいのか?」

ゆったりとした紺色のシャツに同色のスラックスを履き、肘掛けに両肘を乗せて指を組んだ殿下が私たちに問いかける。

「……はい……お待たせしてすいま……」

謝ろうとする私に片手を上げて制する。

「ここで遠慮は不要だ。皆もそのようにしてくれ。それでは各自の報告と、対応について、まずはネヴィルたちから」

そう言われ、ネヴィルさんは隣のクリスさんと顔を合わせ、クリスさんが大きな木箱から紐で綴られた数冊の帳簿を取り出して机の上に置く。

「今朝早くにまずは例の工房を訪ね、そこから顔役の鍛治職のところと宿屋のところ、それからデリヒ商会へ行き、いくつか帳簿類を押収してまいりました。詳しい検分はこれからですが、我々が来たことについて、皆、一様に慌てふためいておりました」

「デリヒ氏の方は商会と、念のため屋敷の方も出向いたが、当の主は出掛けているのか見当たらず、婦人も屋敷の者も行き先について心当たりがないということだ」

「デリヒがいない?誰も彼がどこに行ったか知らないとは………娘がまだ拘留されたままなのに、どこへ行ったのだ?」

その場にいた誰もがそれを聞いて驚いた。

「それが娘のことがあってから夫婦の関係もギクシャクして、婦人も殆ど言葉を交わしておらず、部屋も別に使っていたので夕食の後から使用人も誰も主の部屋を訪れていなかったらしく、誰もいつからいなくなったのかわからないそうです」

「悪事がばれそうになって逃げたか?」

「しかしそれでは辻褄が合わない。いなくなったのは夕べのうちだから、先にこちらが調査に入ると知っていたことになる。それはないだろう」

「それに逃げるならそれ相応の逃走資金も必要になるでしょう。金庫のお金は手付かずでした」

「ならどこかへ行ってすぐに戻るつもりだったということだな」

デリヒ氏がどこに消えたのか、今の段階では知る術もない。

「いずれにしろ、彼らにかかった横領の嫌疑を確実なものにすることが先決だ。その上でデリヒに罪があるとわかれば、改めて罪人として捜索するとしよう」

殿下の言葉でデリヒ氏の行方についての議論は一旦終止符を打った。

「次に……ローリィ……」

私の方に向き直り、私をまっすぐ見据える。
皆の視線も私に集中する。

「はい」

思わず私も背筋をピンと伸ばし、膝に乗せていた両手の握りこぶしにぎゅっと力を入れる。

「そんなに畏まらなくても大丈夫だ。夕べはご苦労だった。疲れは取れたか?」

「はい」

殿下からピリピリとした空気が伝わってくる。

「………よくやった。グスタフは現れなかったようだが、ティモシー君が生きていたことは喜ばしいこと。それに、彼らの仲間と思える人物も確保できた」

「ありがとうございます」

殿下の言葉に対する私の答えはこれで言いはず。そう思って素直に礼を述べる。

「だが……」

そこで殿下は一度口を閉じ、気合いを溜めるように押し黙る。

「警羅に協力したいと言う要望は受け入れた。だが、そなたがモリーの身代わりに囮となることまでは聞いていなかった。まだ薬の影響が残っているとは言え、私の記憶違いだったか?」

「いえ……おっしゃるとおりです」

何の弁明もなく、私はその場で項垂れて上目使いに皆を見る。
それみたことかと、エリックさんたちが目で言っているのがわかる。

警羅への協力について殿下に話を持ちかけた時、私の中にはすでにモリーの身代わりになるという算段が頭にあった。
けれど、敢えて協力という言葉だけを口にしていた。

話せば反対されるのは目に見えていたからだ。
警察官が誰かの家族を演じたり、組織に潜入捜査するなんてことは現実でもドラマなんかでもあった。
だから私がモリーの代わりに拐われたことにして、ばれないように皆がついてくる。
そう提案した。
相手がどんなことをしてくるかわからない中で、皆が手放しにその案に飛び付いたわけてはない。

幸い、モリーを拐うよう雇われた者たちの協力を得ることができ、手足の拘束はすぐに外すことができるように結び、小型の武器も忍ばせることができた。

モリーをそのまま拐わせるより私なら逃げ仰せる自信は……少しはあった。

「その件について、事前に殿下のご判断を頂かなかったことは、誠に申し訳ありませんでした」

「………わかった」

殿下はぽそりと呟いた。

「え?」

もっと色々と言われるかと思った私は、存外にあっさりとそれだけ言った殿下の言葉にわが耳を疑った。

「聞こえなかったか?わかったと言ったのだ。身代わりになるという策を事前に相談されなかったのは些か不愉快だが、モリー嬢を巻き込むよりはそなたでよかった。次からは事前に相談してくれ」

「………わかりました」

もっと叱られることを覚悟していただけに、弱冠苦言めいた言い方だっただけで終わり、ウィリアムさんやエリックさんたちも殿下の反応に眉をしかめている。

「それよりも、成果を聞こう。ティモシー君のことや三人捕らえたことはエリックたちから聞いた。他には?」

「例の顎髭の男は恐らくマーティンとい名前。彼らには他にフィリップという男が仲間にいて、多分、この男が彼らのボス。もっと上にいるかも知れませんが、捕らえた男たちはマーティンのこともフィリップのことも様付けでした。グスタフは呼び捨て扱いだった。彼らの中ではグスタフよりその二人の方が立場が上なのでしょう」

「マーティンとフィリップ……。グスタフは彼らに雇われているのか?」

「わかりませんが、捕らえた男たち、レベロという男が二人の父親の代から仕えていると言っていました。彼らは兄妹なのでしょう。それに彼らはこうも言っていました。フィリップが王位に就くと」

「王位?」

組んでいた指を解き、殿下が前のめりになる。
顔には意外な言葉を聞いた驚きが垣間見える。
それはその場にいた全員の顔にも浮かんでいた。

だが、それについて詳しく検証する前にチャールズさんがデリヒ氏の遺体がティオファニア教会の墓地で発見されたという情報を持った警羅隊員が来ていると慌てて部屋へやってきた。
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