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142 偽装

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「似せてはいますが、微妙に違うところがあります。こことか、ここ」

私が指で指し示すと、四人が除き込む。

「こっちも……最初の頃の方が違いが顕著だ」

「だんだん上手に書けるようになってきているのですかね」

「一番最初の年は三種類とも同じサイン。次の年から使った用紙は同じでサインが少しずつ違い、去年からは様式も変わってきているな」

「書いている内容だけを確認していましたが……様式までは気にしていませんでした。それに、こうやって見比べると確かに似ていますが、よく見ないとわかりませんね」

「これを見ると、毎年山車や樽をいくつか新調していますが、一回の使用でそれほど消耗するものなのですか?」

「全てを交換するわけではありません。古いものから順に少しずつ交換していきます」

ネヴィルさんの言うとおり、年によって二つだったり三つだったり、樽も山車も必ず毎年どちらかは新しいのと交換している。

「いくつ新調するのかを決めるのは誰ですか?」

「祭りの半年ほど前になると顔役代表が工房の親方と実際に見て決めます。殿下の前の老領主は全て顔役任せだったようですが、殿下もそうされていましたので、後を引き継いだ私もできる限り立ち会います。後日工房から顔役代表に見積もりが届けられます」

「お金は全て公爵家から出ているのですか?」

クリスさんが訊ねる。

「いえ、支払いは祭りのために設けられた支度金からで、そのお金は領民や店舗からの寄付金、顔役たちも個人でそれなりの金額を出資しています。もちろん、公爵家からも多額のお金を回しています。公爵家では決裁を行いますが、直接現金を出し入れするのは顔役たちの仕事です」

ネヴィルさんの代理で書類を整理していたときも、公爵家からかなりの額が祭りの運営に回されていることを知った。
特に今年は山車や樽を増やしたりと、かなりの額が動いていた。
最終的に決裁するのは領主である公爵、殿下だ。だが、そこには多くの人間が介入し、その中の殆どが殿下以外の者が処理を行っている。
どこかの時点で誰かがうまく手を加えて某かの不正を働くことができるのではないか。

「何かを疑っているのか?」

深く考え込む私の顔を除き込み、眉間の皺をエリックさんにつつかれた。

「ここにある書類だけを見れば辻褄は合います。工房の書類と照らし合わせなければ本当のところはわからない。事故とも直接関係ないことだとは思います。でも、工房の人が亀裂について報告したことが本当で、それを無視したのだとしたら…これは事故ではなく事件です。それだけで十分罪になります」

「他の書類についても探ってみますか?」

ネヴィルさんが目の前に並んだ文書箱を見つめてから私たちの顔を伺う。
その顔は口惜しそうに歪んでいる。

「領地運営については私が全てを任されていましたが、収穫祭については私以外にも監督する者がいるため、私も審査が甘くなっていました。見た目の辻褄が合っていればどうしても見過ごしてしまいます」

「ネヴィルさんは怪しいのはこれだけでないと思うのですね」

私が言うとネヴィルさんが頷く。

「確かに工房の書類だけでここまで手の込んだことをする意味がありませんね。それに殿下がここを治める前のご領主はかなりの高齢だったとききます。こんなことを言っては失礼かもしれませんが、もっと大胆に不正ができたのではないでしょうか」

「まだ疑いだけで実際に何が行われているかわかりませんが、とにかく不信に思ったものは全て選び出してみます」

「私も手伝います」

私が願い出ると、ネヴィルさんが嬉しそうな顔を見せた。

「レイ、話はそれだけか?」

クリスさんがレイさんを横目で見る。

「あ、ああ……そうだな、それで工房の者がそう言ったので、警羅で詰所にいたデリヒ氏に事情を訊いたのだが、まあ、素直にそうですと認めはしないと思ったが、これが娘以上に始末が悪かった。証言した工房の者だけでなく、そんな嘘を信じるのかと警羅を口汚く責め立て、聞いているこっちが耳を塞ぎたくなった。その態度こそが非を認めていると言えるが、今のところ工房の者の証言だけで、証拠は何もない。警羅も正面からそう言われては、諦めるしかなく、娘はそのまま留置場だが、父親は証拠不十分で一旦はこの件についての追求は見送ったみたいだ」

「それがお前の言う胸くそ悪いことか」

「工房の人もそのまま黙っていれば、もしかしたらわからなかったかも知れないのを、わざわざ証言したのなら、きっとそれが真実なのでしょう」

本当のことを言って罪を問われるのは工房の人も同じだ。
それをわかっていながら打ち明けたのは、その人の良心なのだろう。

私は目の前の書類をもう一度見て、ここにデリヒ氏を糾弾する材料があるかも知れないと思った。

「クリスさんたちはどうしますか?」

訊ねるとクリスさん、エリックさん、レイさんが顔を見合わせる。
手伝うということは、これらの書類を片っ端から調べるということだ。
騎士の彼らは体を動かすことは得意だが、普段から書類は命令を受けたり報告をしたりするときの最小限なものしか扱っていない。収支の確認は得意ではない。

「俺は………そうだな……遠慮しておく……」

クリスさんが申し訳なさそうに言う。

「俺も………数字は苦手だ」
「俺たちがいてはかえって邪魔だろう」

エリックさんもレイさんも遠慮がちに答える。

「皆さんお気になさらず……これは私の仕事だと思っています。ローリィさんも手伝ってくれるということですし、大丈夫ですよ」

ネヴィルさんの言葉に三人はあからさまにホッとした顔をした。


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