転生して要人警護やってます

七夜かなた

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134 眠れる王子

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夜が明けるのを待って私は警羅の一人とエリックさんとともにモリーに会いに行った。
同行する警羅の人はケインさんと言って、パレードの日に少し話をしたことがあった。

殿下はまだ意識が戻らない。夕べウィリアムさんがネヴィルさんに許可をもらって私を護衛に任命してくれたお陰で、しばらくの間側にいることができた。

穏やかな寝息ではあったが顔色はまだ良くなかった。早く眼を開けてその濃紺の瞳に私を映して欲しい。
少し熱があるので額を冷やすため前髪を額から払いタオルを取り替える。
あの街道でのことがまた甦る。
あの時もこんな風に手当てをした。よく知りもしない相手に口移しで薬を飲ませた。人命救助の建前があるとはいえ、今思い返しても大胆だった。

今のキルヒライル様は眠り姫ならぬ眠れる王子だ。童話では白雪姫もオーロラ姫も王子のキスで目覚め、蛙も野獣も姫のキスで王子に戻った。
あれはおとぎ話だし、魔法で変えられ真実の愛が魔法を解く鍵だったから、魔法のないこの世界では単なるお伽噺でしかない。

でも意識がなくても患者には聞こえているから声を掛けてください。とか聞いたことがあるし、何でも試してみる価値はある。
幸い今は自分とキルヒライル様だけだ。

椅子から立ち上がり上から枕に両手を付き、顔を覗き込み顔を近づけた。
重ねた唇は最後に口づけした時とは違い少し冷たかった。それでも僅かに開いた唇から吐息が漏れ、確かに生きていることが確認できる。

「ん……」

微かに声が漏れ一瞬気がついたのかと少し待ったが、眼を開けることはなかった。

「なんだ……やっぱりおとぎ話はおとぎ話か………」

少しがっかりしたが、相手が眠っていることをいいことにもう一度口づけして、間近で殿下の顔を眺めた。

「早く眼を覚ましてくださいよ」
鼻を軽く摘まんでみるが、それでも彼の意識は相当深いところにあるらしく、目覚めない。
生きてくれている。それだけで満足するべきなのに、無茶をするなと、叱って欲しい。抱き締めて、口づけして欲しい。

長い一日だった。朝からモリーのところにも行くことになっている。

立ち上がりもう一度上から殿下の寝顔を見つめ、部屋を後にする。

扉が閉まった瞬間、パチリと殿下が目を覚ましたことには気づかなかった。



三人で早い朝食を取り、街へ出かける。
取り壊し中の櫓や広場の壇上が祭りの名残を残してはいるが、祭りが終わった後の街はいつも通りの日常に戻っていた。

昨日、デリヒ氏の娘のアネット嬢が殿下に対して薬を盛ったという話は目撃者が大勢いたため、街中に瞬く間に広まった。
殺人事件にパレードの事故と違い、今回は始めから犯人が確定していたため、問題は動機だった。

「ひと晩かけて取り調べを行いましたが、話す内容は支離滅裂。唯一確認できたのは薬の入手方法だけで、それも確実かどうか。何せ祭りに来ていた占い師からもらったと。ですが、そんな占い師はいませんでした。占い師を紹介したというデリヒ邸の使用人も最近雇われたらしく、今はもう辞めておりました」

ケインさんが道すがら説明する。

「それは、上手く逃げられましたね。デリヒ氏の所にまでは目が行き届きませんでした」

エリックさんが、それに対して意見を述べる。その隣で私は同意を示した。

「そう思いますか?アネット嬢の評判を聞いて目を付けられたのだろうと我々も思っています」
「そんなに有名だったんですか?」

私が声をかけると、ケインさんは曖昧に笑った。
今日の私は男装をしている。髪を後ろでひとつに縛り、長いシャツとベスト、皮のズボンに編み上げブーツ。ウィリアムさんとネヴィルさんのお陰で正々堂々と護衛として振る舞えるため、護身用の剣も腰に下げている。
ネヴィルさんの代理として動き出した当初に男装は披露していたが、武器は所持していなかったため、今日の出で立ちを見てマーサさんたちを驚かせた。
落馬をした時の襲撃事件の真相も皆に知れ渡ることになり、マーサさんは呆れて口が塞がらないという感じだった。

「デリヒさんは街の有力者ですし、ご令嬢は、まあ、黙っていればそれなりに美人……失礼………貴族の領地の中では広いとは言っても王都に比べれば狭いところです。祭りの最中ならいざ知らず、どこの誰か良く知られている。噂はいやでも耳に入ってきます」

その噂がいい噂ばかりではないことは歯切れの悪いケインさんの言い方でわかる。ジュリアさんたちの言葉の端からも彼女に対する感情が好意的でないことはわかった。昨日の宴でも始めは仲良く寄り添っていた他の令嬢たちとぎすぎすしていた。

「着きました。ここですね」

話をしているうちに目的地に着いた。
朝が早いとは言え、街の人達の活動時間は既に始まっている。祭りの非日常感は薄れ、朝の仕度をする音があちこちから聞こえてくる。
問題がなければマリーたちも仕立て屋に出勤するため仕度をしているだろう。
ケインさんが玄関の扉を叩き、暫くすると扉が開けられ、中からマリーたちの父親が出てきた。

「どなたですか?」

「朝早くすいません、警羅のケイン・ハッチと言います。モリーさんにお会いしたいのですが」

ケインさんが用件を言うと、忽ち父親の顔が険しくなった。

「昨日も来ただろう!娘はひどい目にあったんだ!ほっといてくれ、何度来ても同じだ」
「待ってください!イギャ!」

怒鳴って扉を閉めようとするのを止めようと慌てて体を割り込ませ、挟まれる形になって思わず叫んだ。
ドラマでは足を挟んでスマートに止めていたが、実際はヒキガエルの鳴き声みたいな声しか出なかった。

「ローリィ」「ローリィさん」

ちょっと涙目になる背後で二人が叫び、目前のモリーたちの父親も扉の取っ手を握りながら何が起こったのか呆然としている。

「え……」「お父さん、玄関で大声だして……え、ローリィ?」

父親の怒鳴り声を聞き付けて玄関に来たマリーが扉に体半分挟まった私を見つけその場に立ち尽くす。

「あ、おはよう、マリー」

半分中に入った左手をビラピラと振って挨拶する私にマリーはひきつった笑いを見せた。
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