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129 復帰

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領主館の殿下の寝室で、横たわる主の様子を幾人もが固唾を飲んで見守っている。

脈を取っていた手首をホーク医師が掛け布団の中に戻す。

「だいぶ落ち着いたようです。……飲まされたのは命に関わるものではなかったみたいですし、殿下ご自身毒に耐性をつけられていらっしゃるのでこの程度で済みました」
「一体どんな薬を飲まされたのでしょう?」
「飲ませた本人は媚薬だと言っているのでしたね。薬の残りでもあれば王都にでも持っていって調べてもらうのですが。いずれにしてもなんの薬かわからなければ手の施しようがありません」
医師の言葉に全員が寝台に横たわる主を見つめる。
「薬の入った瓶は彼女を取り押さえた際に割れてしまいました」

ウィリアムがそう言うと、ホーク医師は残念ですと呟いた。

「それでは、いくら王宮医師でも難しいでしょうね」

「すいません、ウィリアムさん」
殿下の寝室の扉を遠慮がちに叩く音がして、クリスが声をかける。
振り向くとこちらに来て欲しいと手招きしている。

「すいません」と皆に中座することを告げて部屋を出ると、クリスと共に警羅の制服を着た男が立っていた。
「例のモリーの所へ行ってもらっていた者です。隊長に言われて報告に来たそうなのですが……」
「ああ、すまない……こんな状況で」
「いえ、大変な状況なのはわかっていますから」
「それで?殿下は話が聞ける状況ではないので、代わりに聞かせてもらおう」
「……申し訳ありません。話は聞けませんでした」
「なに?」
「……というか、家に入ることすらできませんでした。とにかく家族の……特に父親のガードが固く」
ウィリアムは落胆を禁じ得なかった。
「恋人の方は?……確かティモシーとか言ったか」
「はい、念のため職場と住まいにも行ったのですが、こちらは仕事場にもおらず、家で何度も呼び掛けても出てきません」
「そうか……家の方は、居留守をつかっているのでは?」
「だとしても、罪を犯したわけではありませんので、無理に押し入ることもできません」
「……それも、そうだな……」
「お役に立てず申し訳ございません」

落胆を禁じ得ないウィリアムの様子に男は心底詫びる。
「いや、それで家族は本人の様子について何か言っているのか?」
「とにかく何かに怯え、夜も眠れていないと……精神的に不安定だと。なので、家族以外は会わせられないと」
「わかった。………こちらでも何とか考えよう」 

警羅の男が立ち去り、今の話についてどうするか話し会う。
「どう思う?」
「もう一度話を訊くほかありませんね」
クリスが答える。
「しかし、家にもいれてもらえないのでは……」
「男性だから、ではないでしょうか……もしかしたら女性なら」
クリスが思い立ち二人が顔を見合せる。
「ローリィ……か」
「警羅に受付や食堂以外に女性はいませんし……彼女なら知らない仲ではありません」
「そうだな。警羅が行ってだめなら行かせると約束をしていることだし……ところでローリィはどうした?」
自分たちと違い殿下の寝室に堂々と入れる立場でない彼女は、本当のところ誰よりも一番殿下が側に居て欲しい人間だ。
「広間で他の人たちと事情を訊かれている。終わればここに来るはずだ」
「そうか……俺は王都へこのことを報告に行かなければならない。後を頼めるか?」
クリスがわかったと頷く。
「ローリィのことも、しっかり見張っていてくれ。自分も狙われているのに、ようやく大人しくエリックが護衛に付くことを受け入れたが、殿下がこんなことになって暴走するとも限らん」
「確かに……」
想像して、変にクリスも納得する。

寝室の扉が開き、振り替えると医師がネヴィルと話ながら出てきた。

「それでは、どこか部屋を用意してください。何かあればすぐに駆けつけられるよう、今夜はここに泊まります。一度仕度をしてまた戻ってきます」

「そうしていただけると有難い。すぐに部屋を用意します」

医師が、では失礼、とネヴィルと廊下にいるウィリアムたちにも会釈をして通りすぎる。
「ネヴィルさん、このことを国王陛下に報告に行きます。そして王宮医師に来ていただけるようにお願いしてきます」
廊下に出たネヴィルに声をかけると、ネヴィルも頷く。
「わかりました。こちらのことは、私と、チャールズやマーサ、それに王都からジャックもいますので大丈夫です」
「完全に怪我から復帰していないところすまない」
「何をおっしゃいます。もともと殿下不在の管財人としてこちらに来ているのですよ。これが本来の私の仕事です。今まで楽をさせていただきましたからね。名誉挽回です」
力強くネヴィルが答える。
「護衛のことや殺人や事故のことは私の範疇ではありませんので、あなたの好きなようにやってください」
「わかりました。お互い頑張りましょう」
互いに顔を合わせ、共に戦場へ向かう戦士のような連帯感を感じて頷き合う。
「俺がいない間はクリスが責任者です。それと、ローリィですが」
「ローリィさん?」
「彼女も殿下の護衛なのです。女性なので表向きはメイドとして雇われましたが、腕は保証します。ですので、護衛として彼女を付けることをご了承ください」

ウィリアムの言葉にネヴィルは驚いた様子だった。

「護衛…………それではかつての襲撃の際にも…」
「はい、殿下お一人で倒したことになっておりますが、実際は彼女も………」
「そうですか………メイドにしては色々と変わっているとは思いましたが……」

色々思いだし、ネヴィルは一人ぶつぶつと呟く。

「では、扱いはクリスさんの下に付くということでよろしいのでしょうか」
「はい、そのように……」
「わかりました。彼女のことに関してはクリスさんにお任せします」
ちょうどそこにローリィがやって来て三人で彼女が少し小走りに近づいてくるのを見守る。
三人が自分のことをじっと見つめているのに気付き、何事かと警戒している。
「何ですか?ネヴィルさんまで………仕方ないじゃないですか、今まで順番に警羅の人に色々質問されていて時間がなかったんです」
どうやらいつまでもダンス用の衣装を着ていることに注目されたと思ったようだ。
「それで、殿下は……?階段のところでお医者様にお会いしましたが、まだ意識は?」
「残念ながら、意識はまだ戻られていません」
ネヴィルがそう言い、三人で目配せし合う。
「ローリィ、俺は国王陛下に報告と、殿下が飲まされた薬について王宮医師に治療してもらえるよう、今から王都に行く」
「今からですか?」
今から行けば馬を飛ばして今日のうちに何とか着けるかという時間だ。
「城門は閉まっているだろうが、何とかする。事態が事態なだけにできるだけ早くお知らせするべきだろう」
それでだ。とウィリアムが言葉を繋げる。
「俺のいない間はクリスに頼んだ。何かあれば彼に相談しろ。いいか、決して一人で行動するな」
「わかりました。今ここで念を押さなくても……」
「今だから念を押すんだ。館にいるときはいいが、外に出るときは必ずエリックと共に行動しろ。エリックに悪いとか何とか言って遠慮はするな。悪いと思うならできるだけ館からでないことだ」
口うるさいくらいに言えば、いくらローリィでも無茶はしないだろう。
「それと、ネヴィルさんにもお前が本当は護衛で雇われたと話した。これからは護衛として扱ってもらうように頼んだから、今後はそのつもりで」
「え、ということは……でも私を外したのは殿下…」
「今は殿下がああいう状況ですので、代理で私が判断しました」
すかさずネヴィルが言いきる。
「じゃあ、私、堂々と殿下を御護りできるのですね」

不謹慎だがローリィの顔に喜びの表情が浮かぶ。

「その前にひとつ。モリーのことだが、警羅では家にも入れてもらえなかったようだ」

無念だ。ウィリアムが項垂れる。

「怯えているので家族以外は誰にも会わせないと。恋人のティモシーは今も行方不明だ。職場には出ていない。自宅には行くには行ったが、呼び掛けても誰も出てこないそうだ」
「そんな………」

呟いてから一度下を向き、彼女がウィリアムを見る。

「あの、ウィリアムさん……」
「自分が行ってもう一度話をしてみると言うのだろう」

言う前に先手を打たれてしまった。

「ダメでしょうか……」
「常なら素人が何を、と言うところだが、犯人なら拷問で口を割らせることもできるが、モリーにそんなことはできない」
「私が行っても何も得られないかもしれませんが」
「それでも思い付く限りのことはやって損はない。ただし条件がある。必ずエリック以外に警羅の人間も連れていくとこ。一度行ってモリーがそれでも会ってくれなければ諦めろ。歯痒いが、彼女は関係ない可能性もある」
「わかっています……それでも怯えているなら、彼女の様子を見るだけでもいいのです」

「そうだな。行って無駄なことはないだろう」

皆で話し合い、明日の朝早く行くことを決めた。
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