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126 ワイン娘たちとのダンス
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フレアたちと合流し、料理をいくつか口にしたところで長テーブルでの食事が終了した。
食器が片付けられ、皆にはお茶が振る舞われる。ワインを所望する人は引き続きグラスを傾けている。
「そろそろダンスの時間だ。皆さんはごゆっくり」
「あらぁ殿下ぁ、お忘れですかぁ、わたくしとも後でダンスですわよぉ、楽しみにぃしておりますわぁ」
「……忘れておりませんよ。ですが、ワイン娘とのダンスは祭りの恒例行事です。今年に限っておざなりにすることはできません。皆さんとのダンスはその後、日没までの時間に限らせていただきます」
暗にワイン娘とのダンスは大事なので欠かすことはできないが、あなたたちとのダンスはその後、時間制限つきだと言い含める。彼女たちには申し訳ないが、その気もないのに変に期待を持たせては逆に失礼だ。
何人かはその意味を察し、がっかりしている様子だが、一番の難関、アネット嬢は気づいているのかいないのか、まったく怯む気配がなく、自分では色っぽいと思っているのか、少し上向き加減で見つめてくる。
「お待ちしておりますわぁ、殿下ぁ」
デリヒには悪いが、完全に令嬢の育て方を間違えたと言わざるを得ない。
貴族の世界では揶揄的な表現で蔑んだり嫌味を言ったりする者がいる。その真意を推し量れない者は愚鈍と呼ばれても仕方ない。
そして、相手が自分に対してどの程度好意を持っているか察することができないなら、貴族社会で台頭することは難しい。準貴族同士でつるむつもりならいいが、生粋の貴族ならアネット嬢のような令嬢は爪弾きだろう。
既にこの場にいる令嬢たちからも失笑を買っているのだから。
皆に軽く礼をしてその場を離れる。
「お疲れさまでございました」
「ここからが本番ですよ」
マーサが花冠を乗せた台座を下げて近づいてくる。ワイン娘たちに贈るものだ。
「皆は用意は出来ているのか?」
「はい、あちらに」
チャールズが指し示す方を見ると、五人が楽団の前に一列に並んで立っていた。
今日のために用意した思い思いのドレスを着て立つ彼女らは、先程の令嬢たちと違い装飾品らしきものは何も身に付けていなかった。
贔屓目なのか、それがとても好ましく映る。
彼女たちを一瞥し、最後にはどうしてもローリィに視線が止まる。
今朝からは忙しく会話はできていなかった。
それでも目は彼女を追い、忙しくくるくると働く彼女を見て自然に笑みがこぼれた。
情熱的な赤が入った衣装は彼女の少し赤みがかった金髪、ストロベリーブロンドと相まって彼女の顔色を引き立てる。
夕べ、顔役の娘たちとのダンスについて彼女に致し方ないことだと話をした。
本当なら自分が決めたこと。言い訳めいたことを言わなくても、誰も意義を唱えることはないだろう。
いくら領内の有力者たちと言えど、彼らの申し出など一笑に伏してしまえば良かったことだ。
それを了承したのは、断られてもいいと言いながら申し出をしてきた彼らに呆れるとともに、その行動に不信感を覚えたからだった。
だが、彼女に具体的なことが言えないままにああいう風にしか言えなかった。
マーサからチャールズに渡された花冠を持たせ、彼女たちに近づくと、五人が一斉にカーテシーする。
「改めて、ワイン娘の優勝おめでとう」
「「「「ありがとうございます」」」」
はにかんだように彼女たちに、立ち上がるように示す。
チャールズに合図し花冠をひとつ手に取る。まずは一番右端の人物の前に立つと、花冠を頭上に乗せるために再びカーテシーをする。
「おめでとう。名前は?」
「ジュリアと申します」
花冠を乗せると彼女はカーテシーを解く。
そうやって次にミーシャ、マリー、フレアと続く。我が家のメイドの名前はわかっていたので、彼女たちには先に名前を呼んでおめでとう、と声をかける。
そして最後にローリィ……紫水晶の瞳で私を見つめ、カーテシーする。
「ローリィ……君のダンス、楽しみにしている」
「ご期待に沿えるよう、がんばります」
花冠を彼女の頭上に乗せた。
白と紫、そして赤い花で作った揃いの花冠を全員に乗せると、後ろでその様子を見守っている招待客に向き直った。
「彼女たちに拍手を!」
一斉に拍手が沸き上がり、彼女たちも優雅にお辞儀して拍手に応える。
「準備はいいか?」
楽団と彼女たち両方に訊ね、最初のダンスの相手、ジュリアに腕を差し出す。
「リクエストは?」
「ファルクでお願いいたします」
社交ダンスに慣れた貴族の令嬢と違い、平民の彼女たちが踊れるものは限られている。リードはこちらでするにしても、緊張ですぐには身を任せてもらうのは難しく、彼女たちが自信を持って踊れるものを選んでもらう。
ファルクはダンスの基本中の基本。ステップも覚えやすく、男性のホールドがしっかりしていれば比較的踊りやすい。
「では、ファルクで」
指揮者に指示すると、彼は了解いたしましたと頷く。彼女が私の手に手を重ねたので、そのまま軽く彼女を誘導して中央に誘い出す。
「緊張しないで、私に身を任せて……」
「……無理です」
最初に踊るということもあって、ガチガチに緊張している。
まず緊張を和らげなければ。
「少し踊ってみよう」
指揮者に少し待つように言って、音楽なしでステップを踏む。
「確か……パン屋をやっているのだったね」
「は、はい……うちは女しかいないので、ゆくゆくは私が婿を取って後を継ぐつもりです」
「我が家のパンも君の家で焼いたパンだったか」
「はい、そのお陰で妹がこちらでお世話になることになりました」
「いつもおいしいパンをありがとう」
「こちらこそ、殿下のところへ納めさせていただいているということで、箔がつきました。ありがとうございます」
会話を続けていくうちに彼女の緊張も溶け、ステップも確かなものになった。
「そろそろ、本番を初めても?」
握る手に少し力を入れて気合いを入れると、照れたように私を見つめ頷く。
動きを止め、「では、よろしいですか?」と彼女に確認して指揮者に合図を送ると、音楽が始まった。
そうやって、次にミーシャ、マリーと踊る。ミーシャのリクエストはシャストと言って少し上達した人向けのダンス。ステップはそれほど難しくないが、テンポが少し早い。彼女は我が家のメイドだけあって、最初のジュリアほどは緊張していなかったが、彼女とも音楽の前に少し踊ってみる。
話題は自然とクリスとのことになった。
「彼と結婚の約束は?」
「まだそこまでは……一度王都に来て欲しいとは言われました。彼、本当は第三近衛騎士団の所属なのですね」
「そうだ。今は私の護衛をしてくれているが、あちらにまだ籍はある。望めばいつでも元に戻すつもりだ。騎士はいやか?」
「………私にはもったいないと思っています。向こうは殿下の護衛になるくらい優秀で………」
「好きならそれくらいのことで身を引くな。クリスはそれを聞いたら悲しむだろう。騎士だとかではなく、彼自身を見て決めなさい」
自分がローリィに対して抱く思いを思わず重ねてしまった。私の強い口調に彼女は驚いたみたいだが、気持ちは通じたようで、ありがとうございますと笑顔を見せてくれた。
マリーのリクエストはジュリアと同じ。彼女も緊張からか顔色がよくないが、それだけではないようだ。
「何か心配事が?もう一人の子のことかな」
彼女は双子。体調が悪くて倒れた子は彼女の姉妹だ。
「あ、はい。すいません……せっかく殿下にお相手していただいて……」
「私のことは気にしなくていい、私も身内が具合が悪いとあれば、心配する。当然のことだ」
「殿下もですか?」
「私も同じ人間だ。同じように食べなければ死ぬし、病気にもなる。生まれたのがたまたま王家だっただけだ」
「あ、すいません……そんなつもりでは……」
「いや、気にしなくていい。だから緊張しなくて大丈夫だ」
安心させるようにそう言うと、自然な笑みが彼女に見えた。
次にフレア。彼女のリクエストもファルクだった。
「仕事は楽しいか?」
彼女もミーシャと同じで私に免疫はあるはずだが、他の誰よりも緊張していた。
「ひゃ、ひゃい」
返事も緊張し過ぎて声が裏返り噛んでしまい、ますます緊張してしまった。
「とって食べたりしない。ローリィとは仲がいいのか?」
「ひゃ……はい、歳も同じで……その、初めて会ったときは、同じ女性だけど、何だか見とれちゃいました……その、なんと言うか……」
「凛々しい?男装すると女性にもてそうだ」
二人でちらりとローリィを見る。
「あ、そうです………彼女が男の子だったら、絶対好きになってました。逆か……私が男だったら……あ、女性でも彼女のことは好きですが……私が男だったら絶対ものにしてます。あ、すいません、私ったら殿下の前でこんな言い方……」
口調が打ち解けすぎたことを彼女は謝った。
「緊張を解してもらおうと話をしているのだから、普段のとおりで大丈夫。それで、君が男だったら、ローリィを恋人にするのだったな」
「はい、絶対」
「それでは、私たちは恋敵ということになるな」
「………え?」
「もうダンスを始めても?」
「あ、は、はい」
思わず口から漏れたライバル宣言にフレアはまだ聞きたそうにしたが、音楽が始まると私のリードがあるにも関わらず、踊りについていくのがやっとだったため、そのことはすぐに忘れてしまったようだ。
続けて四人と踊ったため、ローリィとのダンスの前に少し休憩を入れた。水を飲み、心地よい風にあたる。
休憩の合間に皆が先の四人とのダンスについて話しかけてくる。特に足を踏まれることもなく、希望をきいてのダンスだったので、失敗もなく評判はかなりいい。
顔役たちも後のダンスに期待を寄せているようだ。
皆が声をかけてくるため、令嬢……特にアネット嬢もなかなか近づけないようで、他の客との話にもつい熱が入った。
先に踊った娘たちもそれぞれ楽しげに話をしている。それを見て色々あった収穫祭を振り返り、これ以上何事もなく終わってくれることを願う。
「失礼する」
話しかけてくれていた農場主に断りを入れて水の入った杯をチャールズに返し、彼女と踊るために立ち上がった。
ワイン娘たちと話していた彼女は、私が近づくのを見て微笑んだ。すでに私とのダンスを終えたジュリアたちがさっと動いて私とローリィだけとなった。
「もう良いのですか?」
「そなたとの初めてのダンスだ。待ちきれなかった」
そう言うと、彼女ははにかんだように俯く。
「昨日言った通り、期待もある。本格的にダンスを楽しませてもらいたい」
そう、ファルクやシャストと言った初歩的なものでなく、もっと上級者向けのものを、彼女に期待していた。
この後の令嬢たちとのダンスが霞むほどの。先の四人とのダンスはそれなりに楽しかったが、私としては些か不完全燃焼気味だった。
「ご要望は?」
四人と同じ質問をする。違ったのは彼女の答え。
「殿下のお好きなものを」
女性との……好きでない女性とのダンスは苦痛だったが、剣術や武芸とは違う体の使い方…音楽に合わせて動く……にはまり一時期はかなり踊った。ここ暫くはそんな機会もなかったが、体が覚え込んでいる。
「ボルーガを」
指揮者がそれを聞いて驚いた顔をしたが、彼女は私の挑戦を受け止めるように顔を引き締めた。
踊りはできると思ったが、ボルーガと聞いて怯まなかったことに逆に驚いた。
ボルーガとは古典的なダンスのステップだが、その足さばきは複雑で二人が手を繋いでいるばかりでなく、男性のリードなしで女性もそれなりに踊らないといけない。互いに本当の意味で踊れなければできない踊りだ。
「ボルーガですね」
「私も久しぶりだ。少し肩慣らしをしよう」
彼女に手を差し出し、中央に連れ出す。腰に手を当て、間近で彼女の顔を覗き込む。
「自信がないなら……」
「殿下の方こそ……」
自信がないなら他のものを、と言いかけて逆に彼女が切り返す。
挑むように力強く私を見上げる彼女の瞳に、思わず見惚れてしまった。
先程のアネット嬢の視線と比べ、比べることすらできないが、私の胸を確実に貫いた。
二人きりなら確実にもっと抱きしめ、顔中に口づけを落としていただろう。それほどに彼女への愛しさが込み上げてくる。
出だしのステップを踏み、体が確実に覚えていることを確認する。
私たちのステップを見て、ダンスを良く知る者が何のダンスが始まるか察して騒ぎだした。
「準備はいいか?」
訊ねる私に黙って彼女が頷く。
指揮者に合図を送り、音楽を始めるように伝える。
二人のダンスが始まった。
*************
ダンスの名称は私の勝手な創作です。
食器が片付けられ、皆にはお茶が振る舞われる。ワインを所望する人は引き続きグラスを傾けている。
「そろそろダンスの時間だ。皆さんはごゆっくり」
「あらぁ殿下ぁ、お忘れですかぁ、わたくしとも後でダンスですわよぉ、楽しみにぃしておりますわぁ」
「……忘れておりませんよ。ですが、ワイン娘とのダンスは祭りの恒例行事です。今年に限っておざなりにすることはできません。皆さんとのダンスはその後、日没までの時間に限らせていただきます」
暗にワイン娘とのダンスは大事なので欠かすことはできないが、あなたたちとのダンスはその後、時間制限つきだと言い含める。彼女たちには申し訳ないが、その気もないのに変に期待を持たせては逆に失礼だ。
何人かはその意味を察し、がっかりしている様子だが、一番の難関、アネット嬢は気づいているのかいないのか、まったく怯む気配がなく、自分では色っぽいと思っているのか、少し上向き加減で見つめてくる。
「お待ちしておりますわぁ、殿下ぁ」
デリヒには悪いが、完全に令嬢の育て方を間違えたと言わざるを得ない。
貴族の世界では揶揄的な表現で蔑んだり嫌味を言ったりする者がいる。その真意を推し量れない者は愚鈍と呼ばれても仕方ない。
そして、相手が自分に対してどの程度好意を持っているか察することができないなら、貴族社会で台頭することは難しい。準貴族同士でつるむつもりならいいが、生粋の貴族ならアネット嬢のような令嬢は爪弾きだろう。
既にこの場にいる令嬢たちからも失笑を買っているのだから。
皆に軽く礼をしてその場を離れる。
「お疲れさまでございました」
「ここからが本番ですよ」
マーサが花冠を乗せた台座を下げて近づいてくる。ワイン娘たちに贈るものだ。
「皆は用意は出来ているのか?」
「はい、あちらに」
チャールズが指し示す方を見ると、五人が楽団の前に一列に並んで立っていた。
今日のために用意した思い思いのドレスを着て立つ彼女らは、先程の令嬢たちと違い装飾品らしきものは何も身に付けていなかった。
贔屓目なのか、それがとても好ましく映る。
彼女たちを一瞥し、最後にはどうしてもローリィに視線が止まる。
今朝からは忙しく会話はできていなかった。
それでも目は彼女を追い、忙しくくるくると働く彼女を見て自然に笑みがこぼれた。
情熱的な赤が入った衣装は彼女の少し赤みがかった金髪、ストロベリーブロンドと相まって彼女の顔色を引き立てる。
夕べ、顔役の娘たちとのダンスについて彼女に致し方ないことだと話をした。
本当なら自分が決めたこと。言い訳めいたことを言わなくても、誰も意義を唱えることはないだろう。
いくら領内の有力者たちと言えど、彼らの申し出など一笑に伏してしまえば良かったことだ。
それを了承したのは、断られてもいいと言いながら申し出をしてきた彼らに呆れるとともに、その行動に不信感を覚えたからだった。
だが、彼女に具体的なことが言えないままにああいう風にしか言えなかった。
マーサからチャールズに渡された花冠を持たせ、彼女たちに近づくと、五人が一斉にカーテシーする。
「改めて、ワイン娘の優勝おめでとう」
「「「「ありがとうございます」」」」
はにかんだように彼女たちに、立ち上がるように示す。
チャールズに合図し花冠をひとつ手に取る。まずは一番右端の人物の前に立つと、花冠を頭上に乗せるために再びカーテシーをする。
「おめでとう。名前は?」
「ジュリアと申します」
花冠を乗せると彼女はカーテシーを解く。
そうやって次にミーシャ、マリー、フレアと続く。我が家のメイドの名前はわかっていたので、彼女たちには先に名前を呼んでおめでとう、と声をかける。
そして最後にローリィ……紫水晶の瞳で私を見つめ、カーテシーする。
「ローリィ……君のダンス、楽しみにしている」
「ご期待に沿えるよう、がんばります」
花冠を彼女の頭上に乗せた。
白と紫、そして赤い花で作った揃いの花冠を全員に乗せると、後ろでその様子を見守っている招待客に向き直った。
「彼女たちに拍手を!」
一斉に拍手が沸き上がり、彼女たちも優雅にお辞儀して拍手に応える。
「準備はいいか?」
楽団と彼女たち両方に訊ね、最初のダンスの相手、ジュリアに腕を差し出す。
「リクエストは?」
「ファルクでお願いいたします」
社交ダンスに慣れた貴族の令嬢と違い、平民の彼女たちが踊れるものは限られている。リードはこちらでするにしても、緊張ですぐには身を任せてもらうのは難しく、彼女たちが自信を持って踊れるものを選んでもらう。
ファルクはダンスの基本中の基本。ステップも覚えやすく、男性のホールドがしっかりしていれば比較的踊りやすい。
「では、ファルクで」
指揮者に指示すると、彼は了解いたしましたと頷く。彼女が私の手に手を重ねたので、そのまま軽く彼女を誘導して中央に誘い出す。
「緊張しないで、私に身を任せて……」
「……無理です」
最初に踊るということもあって、ガチガチに緊張している。
まず緊張を和らげなければ。
「少し踊ってみよう」
指揮者に少し待つように言って、音楽なしでステップを踏む。
「確か……パン屋をやっているのだったね」
「は、はい……うちは女しかいないので、ゆくゆくは私が婿を取って後を継ぐつもりです」
「我が家のパンも君の家で焼いたパンだったか」
「はい、そのお陰で妹がこちらでお世話になることになりました」
「いつもおいしいパンをありがとう」
「こちらこそ、殿下のところへ納めさせていただいているということで、箔がつきました。ありがとうございます」
会話を続けていくうちに彼女の緊張も溶け、ステップも確かなものになった。
「そろそろ、本番を初めても?」
握る手に少し力を入れて気合いを入れると、照れたように私を見つめ頷く。
動きを止め、「では、よろしいですか?」と彼女に確認して指揮者に合図を送ると、音楽が始まった。
そうやって、次にミーシャ、マリーと踊る。ミーシャのリクエストはシャストと言って少し上達した人向けのダンス。ステップはそれほど難しくないが、テンポが少し早い。彼女は我が家のメイドだけあって、最初のジュリアほどは緊張していなかったが、彼女とも音楽の前に少し踊ってみる。
話題は自然とクリスとのことになった。
「彼と結婚の約束は?」
「まだそこまでは……一度王都に来て欲しいとは言われました。彼、本当は第三近衛騎士団の所属なのですね」
「そうだ。今は私の護衛をしてくれているが、あちらにまだ籍はある。望めばいつでも元に戻すつもりだ。騎士はいやか?」
「………私にはもったいないと思っています。向こうは殿下の護衛になるくらい優秀で………」
「好きならそれくらいのことで身を引くな。クリスはそれを聞いたら悲しむだろう。騎士だとかではなく、彼自身を見て決めなさい」
自分がローリィに対して抱く思いを思わず重ねてしまった。私の強い口調に彼女は驚いたみたいだが、気持ちは通じたようで、ありがとうございますと笑顔を見せてくれた。
マリーのリクエストはジュリアと同じ。彼女も緊張からか顔色がよくないが、それだけではないようだ。
「何か心配事が?もう一人の子のことかな」
彼女は双子。体調が悪くて倒れた子は彼女の姉妹だ。
「あ、はい。すいません……せっかく殿下にお相手していただいて……」
「私のことは気にしなくていい、私も身内が具合が悪いとあれば、心配する。当然のことだ」
「殿下もですか?」
「私も同じ人間だ。同じように食べなければ死ぬし、病気にもなる。生まれたのがたまたま王家だっただけだ」
「あ、すいません……そんなつもりでは……」
「いや、気にしなくていい。だから緊張しなくて大丈夫だ」
安心させるようにそう言うと、自然な笑みが彼女に見えた。
次にフレア。彼女のリクエストもファルクだった。
「仕事は楽しいか?」
彼女もミーシャと同じで私に免疫はあるはずだが、他の誰よりも緊張していた。
「ひゃ、ひゃい」
返事も緊張し過ぎて声が裏返り噛んでしまい、ますます緊張してしまった。
「とって食べたりしない。ローリィとは仲がいいのか?」
「ひゃ……はい、歳も同じで……その、初めて会ったときは、同じ女性だけど、何だか見とれちゃいました……その、なんと言うか……」
「凛々しい?男装すると女性にもてそうだ」
二人でちらりとローリィを見る。
「あ、そうです………彼女が男の子だったら、絶対好きになってました。逆か……私が男だったら……あ、女性でも彼女のことは好きですが……私が男だったら絶対ものにしてます。あ、すいません、私ったら殿下の前でこんな言い方……」
口調が打ち解けすぎたことを彼女は謝った。
「緊張を解してもらおうと話をしているのだから、普段のとおりで大丈夫。それで、君が男だったら、ローリィを恋人にするのだったな」
「はい、絶対」
「それでは、私たちは恋敵ということになるな」
「………え?」
「もうダンスを始めても?」
「あ、は、はい」
思わず口から漏れたライバル宣言にフレアはまだ聞きたそうにしたが、音楽が始まると私のリードがあるにも関わらず、踊りについていくのがやっとだったため、そのことはすぐに忘れてしまったようだ。
続けて四人と踊ったため、ローリィとのダンスの前に少し休憩を入れた。水を飲み、心地よい風にあたる。
休憩の合間に皆が先の四人とのダンスについて話しかけてくる。特に足を踏まれることもなく、希望をきいてのダンスだったので、失敗もなく評判はかなりいい。
顔役たちも後のダンスに期待を寄せているようだ。
皆が声をかけてくるため、令嬢……特にアネット嬢もなかなか近づけないようで、他の客との話にもつい熱が入った。
先に踊った娘たちもそれぞれ楽しげに話をしている。それを見て色々あった収穫祭を振り返り、これ以上何事もなく終わってくれることを願う。
「失礼する」
話しかけてくれていた農場主に断りを入れて水の入った杯をチャールズに返し、彼女と踊るために立ち上がった。
ワイン娘たちと話していた彼女は、私が近づくのを見て微笑んだ。すでに私とのダンスを終えたジュリアたちがさっと動いて私とローリィだけとなった。
「もう良いのですか?」
「そなたとの初めてのダンスだ。待ちきれなかった」
そう言うと、彼女ははにかんだように俯く。
「昨日言った通り、期待もある。本格的にダンスを楽しませてもらいたい」
そう、ファルクやシャストと言った初歩的なものでなく、もっと上級者向けのものを、彼女に期待していた。
この後の令嬢たちとのダンスが霞むほどの。先の四人とのダンスはそれなりに楽しかったが、私としては些か不完全燃焼気味だった。
「ご要望は?」
四人と同じ質問をする。違ったのは彼女の答え。
「殿下のお好きなものを」
女性との……好きでない女性とのダンスは苦痛だったが、剣術や武芸とは違う体の使い方…音楽に合わせて動く……にはまり一時期はかなり踊った。ここ暫くはそんな機会もなかったが、体が覚え込んでいる。
「ボルーガを」
指揮者がそれを聞いて驚いた顔をしたが、彼女は私の挑戦を受け止めるように顔を引き締めた。
踊りはできると思ったが、ボルーガと聞いて怯まなかったことに逆に驚いた。
ボルーガとは古典的なダンスのステップだが、その足さばきは複雑で二人が手を繋いでいるばかりでなく、男性のリードなしで女性もそれなりに踊らないといけない。互いに本当の意味で踊れなければできない踊りだ。
「ボルーガですね」
「私も久しぶりだ。少し肩慣らしをしよう」
彼女に手を差し出し、中央に連れ出す。腰に手を当て、間近で彼女の顔を覗き込む。
「自信がないなら……」
「殿下の方こそ……」
自信がないなら他のものを、と言いかけて逆に彼女が切り返す。
挑むように力強く私を見上げる彼女の瞳に、思わず見惚れてしまった。
先程のアネット嬢の視線と比べ、比べることすらできないが、私の胸を確実に貫いた。
二人きりなら確実にもっと抱きしめ、顔中に口づけを落としていただろう。それほどに彼女への愛しさが込み上げてくる。
出だしのステップを踏み、体が確実に覚えていることを確認する。
私たちのステップを見て、ダンスを良く知る者が何のダンスが始まるか察して騒ぎだした。
「準備はいいか?」
訊ねる私に黙って彼女が頷く。
指揮者に合図を送り、音楽を始めるように伝える。
二人のダンスが始まった。
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ダンスの名称は私の勝手な創作です。
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