転生して要人警護やってます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
119 / 266

118 見舞金と出された条件

しおりを挟む
ガルンたちと話をしているうちに事故の後始末をしたクリスたちが戻ってきた。
階段脇にいたウィリアムが彼に近づき、先に話を訊く。

「殿下、よろしいでしょうか」

ウィリアムとクリスが側にやってくる。

「車軸ですが、作った工房のものによると今年のために新しく切り出した木でつくり、耐久的にはまったく問題がないと太鼓判を押しておりました。しかし中央で割けるように折れていて、自然劣化はありえない。どうやら人為的に僅かに切り込みが入れられ、一定の負荷がかかると、折れるように細工されていたようです」

小声でウィリアムが告げた。
ぎゅっと拳を握りしめる。この惨事が故意に引き起こされたものだというのか。

「いつ細工されていたかわかるか?」
「出来上がってから半月近く倉庫に保管されていて、二日前に最終点検を行った時は特に異常はなかったということです」
「と、すれば昨日のうちか………二日前に最終点検をすることを知っていたのは?」 
「工房の者は皆が知っていたようです。後は一部の関係者」
「知っているものが多すぎるな」
「不審な人物を見かけなかったか警羅隊にも調査を依頼しています」
「わかった。クリス、すまないがもうひとつ頼まれて欲しい」
「何でしょうか」
「領主館へ言ってチャールズに伝えて欲しい……」
私はクリスにあることを指示し、クリスはそれを聞いて驚いた顔をしたが、何も言わず頷くとそのまま領主館へ向かった。
「さて……」
クリスが出ていくのを見送ってから、固唾を飲んで待っていた一同に向き直った。

「すまない。待たせたな。」

近くにいた者は話の内容がきこえていたかも知れないが、改めて先ほどの話を伝え、それを聞いてその場に動揺とどよめきが起こった。

「誰かがわざとやったということですか?」
「俺たちの子どもが狙われたということですか」
一斉に皆が質問をなげかけ、騒ぎが大きくなっていく。
下手をすれば死人が出てもおかしくなかった。それを誰かが仕組んだとなれば、騒ぎ立てるのも無理はない。

顔役たちも青ざめて口々に犯人探しを始めた。

「落ち着け!」

両手を頭上で打ちならし、腹部に力を入れて騎士団で号令をかける時のように大声を出した。
いつもなら屋外で遠くの者にも聞こえるように出す声だけに、かなり広いとはいえ建物内ではよく響いた。

ピタリと一同が口を閉じてこちらを見る。

「まだ誰がなんの目的でこんなことをやったのかはわからない。警羅が現在調査中だ。皆も何か不審な者を見かけたり、おかしいと感じたことがあれば、間違っていてもかまわない。どんな些細なことでも報告して欲しい」

そう言うと騒ぎ立て乱れていたその場の空気がぴんと張りつめた。

「それと、山車に乗っていた子どもたちの家にはそれぞれ見舞金を出す。今領主館へ使いを送ったので用意するまで、暫く待って欲しい」
「殿下、なにもそこまで!?」

先ほどとは別の意味でその場がざわついた。
慌てて止めようとする顔役たちのことは無視をする。

「そこの人、すまないが紙とペンを用意してくれ」

「は、はい」
受付に座る女性に声をかけると、彼女は跳び跳ねるように言われたものを持ってきた。
「私が今から言うことをよく聞いて欲しい、山車に乗っていた子どもの家ごとに今から代表して一人ずつ彼女に名前を言っていくように。一件につき金貨三枚ずつの見舞金を用意する」

「金貨三枚……!」

その場に三度目のざわめきが起こる。
金貨一枚あれば一般的な家庭の三人が一ヶ月は優に暮らせる。
三枚あれば贅沢をしなければ三ヶ月分の生活費になる。

「そんなに、殿下それは………」

喜んでいいのか、そこまでしてもらっていいのか、と戸惑う空気がその場に流れる。
「殿下、お気持ちはありがたいが、さっきから言っているように誰も怪我をしなかった。殿下の責任だとは思っていませんし」
ガルンが一歩前に出て破格の申し出に異論を唱える。

「いや、今日のことで子どもたちには怖い思いをさせた。今は平気でも夜になったら昼間の出来事を思い出して泣き出すかもしれない。その金で子どもたちに今日の恐怖を忘れるくらいの楽しい思い出を作ってやって欲しい。そのための金だ」

そう言うと皆が押し黙った。互いに目配せし合いながら誰が最初に名前を書きにいくのか見計らっているようだ。

「どうした?金貨三枚では足りないか?」
誰も前に進みでないので訊いてみる。

「!?とんでもない!多すぎるくらいです」

「なら遠慮はするな。そなたたちのためではない。子どもたちのためだ」

更にそう言うと、何人かが意を決したように頷き合った。

「殿下、ありがとうございます。おれはカールと言います。カール・ボイドです」
一人が前に進み出て受付嬢に名前を告げる。
一人目が名乗ると、後は簡単だった。我先にと押し寄せ、名前を名乗っていく。
あっという間に全員が名乗り終えた。
その様子を黙って見つめる。
名前をいい終えた者たちが戻り際に握手を求め感謝の意を述べていく。
その間にデリヒを始め顔役たちも顔をつき合わせ何やら話し込んでいたが、ほどなくしてデリヒが代表してやってきた。

「殿下、よろしいでしょうか……」
「何だ?」
話の内容におおよその察しはついていたが、わざと訊ねる。大方自分達もいくらか出資するとでも言うのだろう。

「我々もいくらか負担させてください。祭りの運営は我々も責任をおっております」

「私が好きで言い出したことだ。皆がそれに無理をして加わることはないぞ」

心からそうしたいと思うのでなければ意味がないと言い添える。

「お気に為さらず………個々にお出しできる金額も違いますし、できる範囲で協力するだけです」

「そうか、すまない」
「彼らも大切な領内に住まう仲間です。それについては惜しくはございませんし、それが顔役に選ばれている我らの勤めです。ですが、もし殿下さえよろしければ我々の頼みをお聞き入れください」

「………何だ?」

組んでいた腕をほどき身構える。デリヒは後ろを向いて他の顔役たちと顔を見合せ頷く。

「心配なさらないでください。殿下がこの頼みをお聞き入れいただかなかったとしても、出すと約束した金はご用意いたします。あくまでも、これは我々の殿下へのお願いでございます。無理であればお断りしていただいても構いません。お聞き入れいただけますか?」
「何だ。もうしてみよ。私にできることであれば聞き入れよう」
無理なら断ってもかまわない。断られても出資の約束はする。と言われては、聞き入れないわけにはいかない。
私に皆への誠意を見せて欲しいと言っているのだ。領民たちには影響がないのだから。
「ありがとうございます。とても簡単なことでございます」

デリヒはまたも後ろの皆に私が了承したと合図を送った。

「それで、頼みとは?」

「明日の宴のことでございます」
「宴?それがどうかしたか?」

「明日の宴で、我々の薦める娘ともダンスを踊っていただきたいのです」

彼らの提案を聞いて一瞬言葉を失った。
ここまで直接的に出てくるとは思わなかった。

「それが、そなたらの条件か?」
「そうです。これは我らの総意です。ワイン娘とのダンスの後でも構いません。どうかご温情を……」
「私が聞き入れようともそうでなくても金は出す言うことだが、子どもたちをだしに使うのは誉められたことではないな」

この機に乗じてそのような申し出をしてくることに不快を感じ、少し怒気を孕んで言う。代表で話をするデリヒの顔色が変わった。

「私どもの言い方が悪うございました。誤解なさらないでください。今回のことは我々も管理が甘かったと責任を感じております。殿下の提案に賛同したまでです」

「そうか……それならいいが………しかし、ワイン娘とも踊り、そなたらの薦める娘たちと踊るとなるとかなり時間がかかる。一人に充てる時間はさほどないぞ。それに、ワイン娘との時間はいつもと変えられない。それでもいいのか?」

顔役たちが娘たちとの時間を捩じ込んできたところで、他の進行に変更を加えることはしないと伝える。そこには暗にどんな娘を当て込んできても私の心はすでに決まっているという意味も込めた。
他のワイン娘に特別な感情はないが、彼女たちは祭りの功労者でもある。毎年の進行を今年に限って大幅に変更することはできない。それでは彼女たちに失礼だ。

そしてここが一番肝心なことだが、私が思うのはローリィだけ。彼女以外の女性に心を動かされることなどあり得ない。

「構いません。ですが我らにも機会をお与えくださればそれでいいのです」

「機会を与えるだけ?それでいいのであれば何も言うまい。わかった聞き入れよう」

「ありがとうございます。それでは早速我々も渡すお金の準備をいたします」

デリヒたちは素早くそれぞれの準備に走った。

ガルンたち親にも顔役からの金も上乗せすると伝えると、一同から感謝の歓声が上がった。

口々に私や顔役たちへの賛辞が叫ばれる。

そこにクリスがチャールズを伴い金を持って戻ってきた。
早速デリヒ商会の者に協力してもらい分配の手配に動く。

パレードは中止になったが、代わりに一人一杯のワインの振る舞いも指示を出した。子どもには葡萄ジュースを振る舞う。

祭りの二日目はハプニングはあったが、その後の対応にできるだけのことはやれたと感じ、その他は順調に進んだ。

殺人の犯人は未だ判明せず、車軸に細工をした者、もしくはそれを指示した者についての手がかりは見つかっていない。

警羅隊にも動いてもらっているが、負担が多すぎる。騎士団もいつまでもここに縛りつけることもできない。彼らの本来の職務は国防だ。私の周囲にばかり人員を割くことはできない。王都のジークに頼んで影の者を動かしてもらうことも考え始めた。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...