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117 ありのままでいい
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子どもたちの乗った山車が傾いたのは車軸が折れたからだった。折れた原因はすぐさま調査するよう命じた。
その間に私は子どもたちの親をデリヒ商会に集め、今回の不手際について謝罪した。
全員が入る部屋がないため、一階の受付周りにみなを立たせ、自分と顔役たちは皆の顔が見渡せるように階段を数段上がった所に立つ。
「皆の大切な子どもたちを危ない目にあわせて申し訳なかった。車軸が折れた原因は今探らせているが、このような事態を招いた側として深く謝罪する」
催事を行う側の責任として、彼らの大切な子を恐ろしい目にあわせてしまったと、顔役たちとともに詫びた。
「殿下、公爵様にそのような……」
親たちは明らかに動揺している。
「誰も怪我をしなかったのですし、殿下が………いえ、皆様がそのように我々に頭をお下げになる必要は……」
彼らの一人がそう言い、そうですよ、と他の者も口々に言う。
「いや、大事なお子を危険な目に逢わせたのだ、主催者としてあってはならないことだ。楽しい祭りも安全でなくては意味がない」
「殿下、殿下が率先してそのようにおっしゃらなくても……準備を行った我々に責任があるのです。殿下は悪くありません」
顔役の一人が庇って言う。
「全ての責任者は私だ。実際に働いたのが誰であれ、任せたのは私。私がまず詫びをいれなければ……」
「もうやめましょう、殿下。誰も怪我しなかったんです。うちの娘も危ないところを助けてもらって、お陰で無傷です」
顎髭を蓄えた大柄な男が進み出た。
「そなたの娘?」
「そう、この子が山車のてっぺんから落ちて、ワイン娘の人が助けてくれました。あ、俺は猟師をしているガルンという者です」
言ってガルンは横にいた女性から少女を抱き上げ、彼女の頬をつつく。
「なあ、マリエッタ、どこか痛いところはあるか?」
「ううん、お姉ちゃんがあたしを助けてくれたから、どっこも痛くないよ」
「そうか、よかったな、お姉ちゃんにはお礼を言ったか?」
「マリエッタ、子どもじゃないもん、ちゃんと言えたよ!」
「偉いな、さすが俺の娘だ」
誉められてマリエッタという少女は嬉しそうに父親に抱きついた。
「ごらんのとおりです。どんなときでも事故は起こりうる。どんなに完璧に準備をしていてもね、それに殿下は騎士の方々と一緒にあんなに汗だくになって山車を起こしてくれました。誰も怒っていませんよ、なあ?」
彼は後ろにいる他の親たちに問いかける。後ろにいた親たちもそうだ。そうだと同意する。
すぐに助けに行かなかった顔役の者たちがばつの悪そうな顔をする。
「それより、この子を助けてくれた人は大丈夫でしたか?いくらこの子がまだ小さくて軽いとは言え、どこも怪我などはしていませんか?俺ら娘の恩人の名前も知らないんですが、殿下はご存知ですか?」
ガルンがローリィの容態について訊ねる。彼女の無茶を咎めてしまったが、彼女がいなければマリエッタという少女は運が悪ければ死んでいたかもしれない。
そうなっていたら、とても今の状況どころではなかった。
「ローリィと言う。我が家のメイドをしている」
「そうですか、公爵様のところの、さすが公爵様ともなれば使用人の方もご立派ですね」
感心したようにガルンが言い、側にいた者たちもさすが公爵様だと語り合う。
「いや、素晴らしいのは私ではない。彼女自身の才覚だ。私は何もしていない」
彼女を誉めると、顔役たちの顔が少し曇った。
対してガルンは「ローリィさんと言うんだな」と腕に抱いた娘と喜びあっている。
ガルンたちには恩人でも、顔役たちには彼女の評判があがるのが面白くないのかも知れない。
顔役たちもほとんどの身分が貴族ではない。しかし土地の有力者ともなれば同じ平民と言えども、平民と貴族の間に位置し、財力があれば教養を身に付けることもできる。
身分が欲しいなら貴族と縁組を結ぶか、後ろ楯があればそれなりの身分を得ることができる。デリヒのように準貴族の称号を望めばいいのだ。
準貴族の称号を得る方法はいくつかある。
騎士団で大隊長を勤めるか、平民でもそれなりの財産や土地の有力者となって功績を上げる。国に貢献して議会の承認を得る。
ただし司祭はどんなに善行を積んでも準貴族にはなり得ない。
教会は独自の身分階級を持っており、国の法でなく経典の教えに従っているからだ。
自分達の娘か身内の娘を私に近づけたい彼らとしては、ローリィについて私が肩入れするのが、私が特定の誰か……特に女性に感心を示すのが気に入らないようだ。
悪い人間ではないのだが、あのアネット嬢とローリィを比べてアネット嬢に傾くなど天地が引っくり返ってもあり得ない。
デリヒ邸での会食で彼女を印象づけていたので、彼らも今日改めて彼女がとった行動を目にして、並の女性とは違うと認識しているに違いない。
ガルンらが彼女への感謝の意を表すほどに、他の女性とは明らかに異なる資質に気づいているのかも知れない。
そこでふと、考えた。
今日のことは彼女が自分で動いたことだ。下手な小細工や計算したことでなく、彼女が本来の性分で動いた結果。
マーサのことにしても、何もしなくてもマーサは彼女自身をみて彼女を気に入った。
ワイン娘としてこちらの者たちに誘われたのも、彼女自身だ。
私が何もしなくても、彼女自身であるだけで彼女はまわりに受けいられていく。
彼女が目立つのは女性にしては高い背もあるかもしれない。男装させれば女とわかっていても、見惚れる。女性だと思わなければもてるだろう。
そのことに気付き私の視界がさっと開けたような気がした。
先に彼女が周りに受けいられるよう外堀から埋めるようなことをしなくても、素直に彼女を見てもらえば、彼女は自然と受けいられるようになるのではないか。
始めから彼女は自分の力だけで私の側に来ている。
彼女が私の側にいてくれるのは、私が王弟だからとかではないのだから。
地位とか権力とかがなくても彼女は十分素晴らしい。そんなものは与えればいいことだ。
逆にそれを面白く思わない人間も出てくるだろうが、私が側にいて護ってやればいいことだ。
「彼女については、大事はなさそうだったが、すぐに救護所に行くよう言っているので、後で確認しておく」
「もし、怪我などはされていたら教えてください。俺の娘のために負った怪我なら俺らにも責任があります」
「心配ない。私も責任をもって彼女の面倒はみる。ガルンの気持ちもちゃんと伝える」
「お願いしますね、殿下」
「俺らもガルンと同じです。マリエッタでなく俺らの子どもだったかもしれないんです。その人に、俺ら全員感謝してたって伝えてください。もちろん、殿下や騎士様たちにも感謝してます」
「わかった、皆の気持ちを彼女に伝えよう」
怪我の功名とでも言うべきか、ローリィの評判が忽ちあがり、無茶な行動を叱るどころか、褒美を与えなければならないかもしれない。
「それにしても、ちらっと見たけどなかなか綺麗な人でしたよね、ワイン娘ということは未婚ですね、これは交際の申し込みがわんさか来るのではないですか」
誰かが言った。それを耳にして私は片方の眉をピクリとさせた。
彼女の評判が上がるのは嬉しいが、そういう目で見る男が増えるのは困る。
彼女の評価が上がるのはいいが、彼女を女性として見る人間は一人でも少ない方がいい。
「それはどうかな、彼女には既に決まった相手がいるようだが」
誰とは言わなかったが、これで何人かは諦めるだろう。
これが嫉妬、独占欲というものか。
「ああ、そうなんですね。そりゃそうですね、そんな相手がいてもおかしくないです」
親たちのうちからその言葉が出て周りもそれで納得したようだ。
マーサの言葉が頭に甦る。
もし、今の彼女に相応しい男が現れたら………彼女の気持ちが私にあるかぎりは、私は絶対に彼女を離さない。
万が一、彼女の心が私から離れたなら、その時は心がズタズタに裂かれ血を流しても、彼女の幸せを祈ってやろう。例え傷が癒えるまでにどれほどの年数がかかろうとも。頭ではそう割り切れても、彼女への思いを止めることは容易ではないだろうが
その間に私は子どもたちの親をデリヒ商会に集め、今回の不手際について謝罪した。
全員が入る部屋がないため、一階の受付周りにみなを立たせ、自分と顔役たちは皆の顔が見渡せるように階段を数段上がった所に立つ。
「皆の大切な子どもたちを危ない目にあわせて申し訳なかった。車軸が折れた原因は今探らせているが、このような事態を招いた側として深く謝罪する」
催事を行う側の責任として、彼らの大切な子を恐ろしい目にあわせてしまったと、顔役たちとともに詫びた。
「殿下、公爵様にそのような……」
親たちは明らかに動揺している。
「誰も怪我をしなかったのですし、殿下が………いえ、皆様がそのように我々に頭をお下げになる必要は……」
彼らの一人がそう言い、そうですよ、と他の者も口々に言う。
「いや、大事なお子を危険な目に逢わせたのだ、主催者としてあってはならないことだ。楽しい祭りも安全でなくては意味がない」
「殿下、殿下が率先してそのようにおっしゃらなくても……準備を行った我々に責任があるのです。殿下は悪くありません」
顔役の一人が庇って言う。
「全ての責任者は私だ。実際に働いたのが誰であれ、任せたのは私。私がまず詫びをいれなければ……」
「もうやめましょう、殿下。誰も怪我しなかったんです。うちの娘も危ないところを助けてもらって、お陰で無傷です」
顎髭を蓄えた大柄な男が進み出た。
「そなたの娘?」
「そう、この子が山車のてっぺんから落ちて、ワイン娘の人が助けてくれました。あ、俺は猟師をしているガルンという者です」
言ってガルンは横にいた女性から少女を抱き上げ、彼女の頬をつつく。
「なあ、マリエッタ、どこか痛いところはあるか?」
「ううん、お姉ちゃんがあたしを助けてくれたから、どっこも痛くないよ」
「そうか、よかったな、お姉ちゃんにはお礼を言ったか?」
「マリエッタ、子どもじゃないもん、ちゃんと言えたよ!」
「偉いな、さすが俺の娘だ」
誉められてマリエッタという少女は嬉しそうに父親に抱きついた。
「ごらんのとおりです。どんなときでも事故は起こりうる。どんなに完璧に準備をしていてもね、それに殿下は騎士の方々と一緒にあんなに汗だくになって山車を起こしてくれました。誰も怒っていませんよ、なあ?」
彼は後ろにいる他の親たちに問いかける。後ろにいた親たちもそうだ。そうだと同意する。
すぐに助けに行かなかった顔役の者たちがばつの悪そうな顔をする。
「それより、この子を助けてくれた人は大丈夫でしたか?いくらこの子がまだ小さくて軽いとは言え、どこも怪我などはしていませんか?俺ら娘の恩人の名前も知らないんですが、殿下はご存知ですか?」
ガルンがローリィの容態について訊ねる。彼女の無茶を咎めてしまったが、彼女がいなければマリエッタという少女は運が悪ければ死んでいたかもしれない。
そうなっていたら、とても今の状況どころではなかった。
「ローリィと言う。我が家のメイドをしている」
「そうですか、公爵様のところの、さすが公爵様ともなれば使用人の方もご立派ですね」
感心したようにガルンが言い、側にいた者たちもさすが公爵様だと語り合う。
「いや、素晴らしいのは私ではない。彼女自身の才覚だ。私は何もしていない」
彼女を誉めると、顔役たちの顔が少し曇った。
対してガルンは「ローリィさんと言うんだな」と腕に抱いた娘と喜びあっている。
ガルンたちには恩人でも、顔役たちには彼女の評判があがるのが面白くないのかも知れない。
顔役たちもほとんどの身分が貴族ではない。しかし土地の有力者ともなれば同じ平民と言えども、平民と貴族の間に位置し、財力があれば教養を身に付けることもできる。
身分が欲しいなら貴族と縁組を結ぶか、後ろ楯があればそれなりの身分を得ることができる。デリヒのように準貴族の称号を望めばいいのだ。
準貴族の称号を得る方法はいくつかある。
騎士団で大隊長を勤めるか、平民でもそれなりの財産や土地の有力者となって功績を上げる。国に貢献して議会の承認を得る。
ただし司祭はどんなに善行を積んでも準貴族にはなり得ない。
教会は独自の身分階級を持っており、国の法でなく経典の教えに従っているからだ。
自分達の娘か身内の娘を私に近づけたい彼らとしては、ローリィについて私が肩入れするのが、私が特定の誰か……特に女性に感心を示すのが気に入らないようだ。
悪い人間ではないのだが、あのアネット嬢とローリィを比べてアネット嬢に傾くなど天地が引っくり返ってもあり得ない。
デリヒ邸での会食で彼女を印象づけていたので、彼らも今日改めて彼女がとった行動を目にして、並の女性とは違うと認識しているに違いない。
ガルンらが彼女への感謝の意を表すほどに、他の女性とは明らかに異なる資質に気づいているのかも知れない。
そこでふと、考えた。
今日のことは彼女が自分で動いたことだ。下手な小細工や計算したことでなく、彼女が本来の性分で動いた結果。
マーサのことにしても、何もしなくてもマーサは彼女自身をみて彼女を気に入った。
ワイン娘としてこちらの者たちに誘われたのも、彼女自身だ。
私が何もしなくても、彼女自身であるだけで彼女はまわりに受けいられていく。
彼女が目立つのは女性にしては高い背もあるかもしれない。男装させれば女とわかっていても、見惚れる。女性だと思わなければもてるだろう。
そのことに気付き私の視界がさっと開けたような気がした。
先に彼女が周りに受けいられるよう外堀から埋めるようなことをしなくても、素直に彼女を見てもらえば、彼女は自然と受けいられるようになるのではないか。
始めから彼女は自分の力だけで私の側に来ている。
彼女が私の側にいてくれるのは、私が王弟だからとかではないのだから。
地位とか権力とかがなくても彼女は十分素晴らしい。そんなものは与えればいいことだ。
逆にそれを面白く思わない人間も出てくるだろうが、私が側にいて護ってやればいいことだ。
「彼女については、大事はなさそうだったが、すぐに救護所に行くよう言っているので、後で確認しておく」
「もし、怪我などはされていたら教えてください。俺の娘のために負った怪我なら俺らにも責任があります」
「心配ない。私も責任をもって彼女の面倒はみる。ガルンの気持ちもちゃんと伝える」
「お願いしますね、殿下」
「俺らもガルンと同じです。マリエッタでなく俺らの子どもだったかもしれないんです。その人に、俺ら全員感謝してたって伝えてください。もちろん、殿下や騎士様たちにも感謝してます」
「わかった、皆の気持ちを彼女に伝えよう」
怪我の功名とでも言うべきか、ローリィの評判が忽ちあがり、無茶な行動を叱るどころか、褒美を与えなければならないかもしれない。
「それにしても、ちらっと見たけどなかなか綺麗な人でしたよね、ワイン娘ということは未婚ですね、これは交際の申し込みがわんさか来るのではないですか」
誰かが言った。それを耳にして私は片方の眉をピクリとさせた。
彼女の評判が上がるのは嬉しいが、そういう目で見る男が増えるのは困る。
彼女の評価が上がるのはいいが、彼女を女性として見る人間は一人でも少ない方がいい。
「それはどうかな、彼女には既に決まった相手がいるようだが」
誰とは言わなかったが、これで何人かは諦めるだろう。
これが嫉妬、独占欲というものか。
「ああ、そうなんですね。そりゃそうですね、そんな相手がいてもおかしくないです」
親たちのうちからその言葉が出て周りもそれで納得したようだ。
マーサの言葉が頭に甦る。
もし、今の彼女に相応しい男が現れたら………彼女の気持ちが私にあるかぎりは、私は絶対に彼女を離さない。
万が一、彼女の心が私から離れたなら、その時は心がズタズタに裂かれ血を流しても、彼女の幸せを祈ってやろう。例え傷が癒えるまでにどれほどの年数がかかろうとも。頭ではそう割り切れても、彼女への思いを止めることは容易ではないだろうが
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