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112 マリーとモリー

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デリヒ商会に着くと、すでにミーシャさんたちが集まっていた。
ミーシャさん、フレア、ジュリアさんにマリー。

「モリーは?」

集まったメンバーに一人足りないことに気付き、マリーに訊ねる。

「それが……昼になっても帰ってこなくて……一緒にいる筈のティモシーの家にも行ってみたんだけど、誰もいなくて」

ティモシーとは靴屋の職人でモリーの結婚相手。昨日、樽からモリーを抱き抱えた茶色い髪の青年を思い出す。
もっと田舎の農家の息子で、靴屋に住み込みで働いていたが、最近になってモリーとの結婚後に住む新居に引っ越していた。
夕べ帰ってこなかったのはお泊まりデートだと思っていたが、パレードを忘れているのでなければ、何かあったのかも知れない。
このときになってマリーも青ざめている。
一応、ここにいる警羅にも先ほど報告したところだと言う。
何かの犯罪に巻き込まれているのか、夕べの殺人はたまたま発見されただけで、他にも被害者がいるのか。
夕べの殺人についてマリーたちは知らない。だが、殺されたのは私に絡んできた奴ら。もし、モリーを私の関係者だと知っている者がいたら………私はマリー以上に青ざめた。背中を冷たいものが走る。

「いたぞ」

その時、誰かが走り込んできた。

「モリー!」

皆で一斉に振り向くと、警羅の一人に抱え込まれたモリーがいた。
マリーを先頭に皆で駆け寄る。

「モリー、心配したのよ!どこにいたの!」

心配から解放され、マリーが責めるように言う。

「公園のところでうずくまっているところを見つけた。いつからそこにいたのか、声をかけるとここに連れてきてくれと……」
彼女を連れてきた警羅の青年が説明する。
「ありがとうございます。すぐに見つかって良かった」
「ご、ごめんなさい………ちょっと……」
「真っ青じゃない、どこか具合が悪いの?」

ジュリアさんが言うのもわかる。モリーは明らかに顔色が悪く、カタカタと震えている。
心配のあまり責める口調になっていたマリーもその様子に言葉を失っている。

「ごめん……………わたし……」
「モリー?!」
そこまで言って、彼女は気を失った。
「やだ、モリー!どうしたの!やだぁ!」
モリーはマリーに倒れこみ、その重さにマリーもよろめき、私は慌ててモリーを抱き抱えた。
「やだ、モリー………モリー」
マリーはすっかりパニックだ。
「ジュリアさん、お医者様を呼んで来て下さい。フレア、商会の誰かに言ってモリーを寝かせる場所がないか聞いてきて、エリックさん、場所を確保できたらモリーを運んでもらえますか?」
「「わかったわ」」「まかせろ」
皆が私の指示に従い動き出す。こういうときは人を指名して的確に指示を出さなければ、いけない。
すっかりパニックのマリー以外に指示を出す。
マリーよりは力がある私だが、意識のないモリーを抱える程の腕力はない。モリーをマリーから受け取り、その場に座り込んで膝の上にモリーの頭を乗せる。
異常事態に階下に集まった人たちが取り囲む。モリーを連れてきた警羅の人が少し離れるようにと人々を整理してくれている。

「モリー、モリー」

グシュグシュと涙を浮かべてモリーにすがり付くマリーに声をかける。

「しっかりして、マリー。大丈夫、モリーは生きてるから、詳しくはわからないけど、気を失ってるだけ」

簡単に体に触れて確認したが、どこかに怪我をしている様子もない。内出血でもしていれば別だが、ここでは確認できない。
「ほ、本当に?」
私の言葉にマリーが涙で濡れた顔を向けて確認する。

「ローリィ、聞いてきたわ、こっちの部屋を使っていいって」

フレアが商会の職員とともに戻ってきた。

「エリックさん、彼女を運んでください」
「わかった、任せろ」

エリックさんにモリーを託し、こっちです、と言って商会の人が部屋に案内する。マリーもそれについていく。

「お騒がせしてすいません、とにかくお医者様を呼びましたので、心配なさらず」

私はその場に集まった人たちに大丈夫、ご迷惑お掛けしましたと謝り、警羅の人にも礼を言ってマリーたちの後を追った。

入ったのは昨日、私が着替えに使わせてもらった部屋で、エリックさんがすでにそこの長椅子にモリーを横たえてくれていた。

「ジュリアさんにお医者様を呼んできてもらうように頼んだので、とりあえずはお医者が来てから……ほら、マリー床に座ってないでこっちに座って」

呆然とするマリーを反対の長椅子に座らせる。

血の気のないモリーの顔を見下ろし、額にかかった髪を払う。熱に特はない。一体彼女に何があったのか……。

「何ともないといいな……こっちの子はパレード参加できそうか?」

エリックさんがマリーを見て言う。マリーは今は泣くのを止めて食い入るようにモリーを見つめている。

「無理そう。マリリンさんたちを呼んで来た方がいいかな」
「じゃあ、私が行くわ」
ミーシャさんが立ち上がる。
私が、と言うと「ローリィは場所を良く知らないでしょ」と言われ、確かに昨日、場所の説明は聞いたが、方向音痴の私では役に立たないだろうと思い引き下がった。

ミーシャさんが部屋を出ていき、部屋には意識のないモリーと泣き腫らしたマリー、フレアと私、エリックさんが残った。

「二階に殿下たちがいるはずだ。俺は無事ローリィと着いたことと、彼女のことを報告に行く。さっきの騒ぎだからもう耳に入っているだろうがな。この部屋から出るなよ」
エリックさんは私を指差し命令する。
「……わかってます。おとなしく待ってます」
さっきのやり取りからエリックさんから逃れることはできないと観念した私は、素直に答えた。
「絶対に出るなよ」
半分以上部屋を出ていきかけながら、最後にもう一度こちらを向いて念を押す。
「……しつこい!」
私も少し意固地になりすぎた所はあるが、ここまで信用されないのでは対応を少し改めないといけない。
「フレア、ローリィが一人でどこかへ行かないようにしっかり見張っててくれ」
ついには新たにフレアを見張り役に任命する。
「………?……よくわからないけど、わかったわ」
どうしてエリックさんが私を一人にするなと言うのか理由がわからないながら、フレアは見張り役を引き受け、ようやくエリックさんは安心していなくなった。

「何だか色々大変だね」

どうしてエリックさんがあそこまでしつこく言うのか、その理由を話すと、フレアが同情する。
私たちは同じ長椅子に並んで座り、モリーの様子を見つめながら女子トークを始めた。

「私だったらそんなもの見たら絶対に気絶しちゃうわ」

そんなものとは、もちろん木箱に入った眼球のことだ。
マリーが腫れた瞼の下にハンカチを当てながら言う。

「でも、そこまで殿下に心配してもらえるなんて羨ましいわ」

フレアが違う角度から感想を言う。マリーもうんうんと頷く。
「……そうなのかな…」

何でもない振りをしたが、彼女たちの意見にちょっと罪悪感を覚える。
せっかく心配してくれていた殿下の気持ちを汲まずに頑固になりすぎたことを反省する。
加えてフレアたちが羨ましいと言ったことについて考える。
「ローリィ?」
フレアたちに見られないように両手で顔を覆い俯く。
「どうしたの?具合でも?」
「ごめん、いやなこと思い出した?やっぱり気持ち悪かったよね」
私が今になって怖がったと勘違いして心配して訊いてくる二人に大丈夫、と答える。

昨日からのあれこれを思い出し、にやけ出した顔を見られたくないだけだから。


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