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110 どっちがリード

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「殿下!」
「名を呼べ」
身動ぐ私の腰を掴んだまま、しつこく名前呼びを強制してくる。

「キルヒライル……離して………」

「動くな。動くと色々困るのは自分だぞ」

その言葉にぴたりと私の動きが止まった。顔だけを殿下の方に向ける。

「私の言葉の意味を理解したようだな」

私のお尻の下に殿下の膝がある。少し膝を割った隙間にすっぽり嵌まる形で。下手に動けば余計な刺激が伝わってしまう。

「理解が早くて助かる」

至極ご機嫌で、これ以上ないという色っぽい顔を向けられる。

「怒っていたのではないのですか?」

怒らせてしまったと思い、下手に出ていたのにすっかり騙された。

「怒っているさ。無茶なことばかりしようとする。フェリクスの話を聞いて胆が冷えたぞ」

私が逃げようとしないとわかって腰にあった手の片方は外れたが、今度は膝に置いた私の手を片手で包み込む。殿下の親指が私の手を擦る。

そのさりげない仕草に抵抗すらせず自然に身を任せていることに自分でも驚いた。

ウィリアムさんが先ほど殿下が女性に興味を示すのは初めてだと言っていたことを思い出す。
しかし、この状況を考えるととてもそうは思えない。女性の扱いがやけにお上手だ。
女性に興味のない振りをして、裏でこそこそやっていたのではと思ってしまう。

「何を考えている?」

俯いたままの私に殿下が訊く。

「ずいぶん、女性の扱いに慣れていらっしゃるなぁ、と考えておりました」

正直に話す。

「そう見えるか?」
「はい」
「なら、私の演技力も満更でもないな」

「はい?」

殿下はそう言って腰にあてていた手で私の頭の後ろを持ち、そのまま自分の胸の鼓動を聞かせる。

早鐘のように鼓動する心臓の音が聞こえた。

「すごく……早いですね」

それだけ緊張しているということだ。

押さえつけられているわけではなかったので、簡単に頭を起こし、殿下の顔と向き合う。

「余裕など……ない。だが、側にそなたがいると、ああもしたい、こうもしたいと欲が出てくる」

そんな風に言われて平静でいられるわけがなかった。
急に喉が渇き、ごくりと唾を飲み込む。唇も乾燥し、思わず舌で舐めた。殿下がそれを見逃すはずがなかった。

「それは、わざとか?」

互いに恋愛初心者だが、私はテレビや映画でこのシチュエーションは知っている。次にどんな展開になるのかも想像できる。私が頭のなかでどんどん次の段階に進んでいることを殿下は知らない。知ったら、はしたないと思うだろうか?

「わざと、とは?」

こんなことを言ったら誘っていると思われるだろうか。実際、女優はシナリオ通りにやっているのだから、次の展開はわかっていただろうが、同じようにいくとは限らない。

「そなたこそ、手慣れているように見えるな」
「だったら私も、女優になれますね」

実際は女優の真似事をしているのだが、わざとらしかっただろうか。

「話を戻すが、グスタフの可能性はないか?」

私だって彼とのスキンシップは嬉しい。

でも、真面目な話をしているのにこれでは、話に集中できない。

「……わかりません。でも直接私を狙うならわかりますが、殺されたのはまったく縁も所縁もない人達です。それに、花束はどういう意味が?」

やってることが意味不明だ。領主館や私の行く先々に届いた花束。まるでいつでも見ているぞ、と言っているようだ。攻撃したいならこんな回りくどいことをなぜするのか?
不意打ちこそ最適な攻撃ではないのか。

「フェリクスの言うとおり、しばらく一人にはならないことだ。幸い、もうすぐ王都からジャックたちもやってくる。今日のパレードは仕方ないが、終わったら館に戻って彼らと明日の用意を手伝え。明日も大勢がやってくるから館は人でいっぱいになる。一人になることはないだろう。強情を張らずに言うことを聞いてくれるな?」

流し目でそう言われては、何も言えなかった。真っ赤になって固まる私を見て殿下はとても満足そうだ。

ちょっとスキンシップが過ぎやしませんか?

「仕事だとおっしゃるなら、従います」

私はそれだけ言った。

「……雇用主としてでなく、恋人として心配しているのだがな」

こ、恋人?えっと、つまりそういう……私の知ってる恋愛は、告白して、デートをしてという前世のものだったが、私と彼の場合はそんな普通のデートは期待などしていなかったし、そんなものを色々ないままのいきなりの恋人宣言に戸惑ってしまった。

「すまない。困らせてしまった。どうも戦や国政と違って勝手がわからない。昨日の今日で急ぎ過ぎたか?」

意気消沈し、上目遣いに私を見る。
いきなり膝乗せなんてしておきながら、その自身無げな表情はギャップありすぎでしょう。

「ローリィ?」

黙ったままの私の頬に手を添え、自分の方に向き合わせる。

「言ってくれ、私にどうして欲しい?私だけが一人有頂天になりすぎているのか?……その、兄夫婦は昔からの許嫁(いいなずけ)で、二人きりでいるときの様子など見たことも聞いたこともなく、気付いたときには夫婦になっていた。誰も私に普通がどういうものか教えてくれる者がいなかった。そんな風に黙られると、どうしていいかわからない。戦う相手が次にどう仕掛けてくるか、交渉相手が何を考えているか読むのは慣れているのに、今はまるでわからない。そなたは特に…私の予想を越えてくる」

予想を越えてくるのは殿下も同じだ。
そんな言い方をされて、おそらく私だけに見せてくれる色っぽい表情で下から見上げられて、これが萌えですか。

たぶん……おそらく殿下はチェリーボーイではないと思う。肉体的には初体験を済ませていても、感情面では多分私が初恋?

私だって多分殿下が初恋だ。でも、私と殿下の違い………私には前世の経験がある。前世では初恋もし、男女のお付き合いも経験豊富とまではいかないが、ある。
ここは私がリードするべきなのかな。

「嫌なら………されて嫌だと思ったことをされたら、私なら簡単に抵抗できると思いませんか?」

力もない、か弱い令嬢ならいざ知らず、武術のできる私なら、文字通り体を張って拒絶できる。

「なるほど……確かに」

少し考えて殿下が頷いた。

「つまりはそう言うことです。さっきはいきなり膝に乗せられて驚きましたが、膝の上に乗せられるのも、手を握られたり擦られたり、こんな風に顔に手を添えられるのも、嫌ではありません」

頬に添えられた殿下の手に自分の手を重ねる。

「殿下……コホン……キルヒライルは、こうされるのは嫌ですか?」

「嫌なはずがないだろう」
「じゃあ、これは?」
私は熱を測るように額と額をくっつける。

「嫌なはず………ない」

言いかけて、殿下は頬にあった手に少し力を入れて私の顔を引き寄せると、そっと口づけした。

痺れるような感覚が体に走った。

静かに目を閉じてすべての五感を殿下に向ける。触れているところ全てに殿下を感じる。

「私は……そなたを気持ち良くさせているだろうか?嫌な思いをさせてはいないか?」

僅かに唇を離し、恐る恐る訊いてくる。
一方的に押し付けるのでなく、私の反応を気にしながらなのが、恋愛初心者らしくて初々しい。

「キルヒライルは?」

今度は私からは口づけを求める。頬と腰にあった彼の手は私の背に回され、私の両手は彼の両頬を包み込む。
彼の頬の傷の感触が手のひらに伝わり、それも刺激的だ。

「嫌なはずかない。もっと………もっと触れて欲しい」

素直な彼の言葉に、お腹の奥がキュンとなる。

何もかも主導権を握らせたがる男性もいるだろう。それがいいと言う女性も。

けれど、こうやってひとつひとつ確認しながら不器用ながら素直に気持ちをぶつけてくる彼が、私にはちょうどいい。

「でも、だからと言って全て、何もかも私に確認しながらは止めてくださいね。時々びっくりさせてください。さっきみたいに……嫌ならはっきり言います」

我ながら我が儘だとは思ったが、時にはサプライズも欲しい。

「……わかった。考えよう」

唇を離し、背中に回していた手を前に滑らせて私の手首を掴む。
掴んだ手を下に下ろす。剣を握っていたため、剣ダコができていて、小さいとは言えない私の手のひらを、親指でゆっくりと撫でる。
それでも彼の手の方が大きい。

「祭りが終わったら………」

口づけはもうしていない。それでも唇が触れそうな距離にはあった。

「また、あのマッサージを……やってくれるか?」

どうしていきなりマッサージ?とも思ったが、お疲れなのかもしれない。

「はい……」

私が答えると、彼はいたずらっ子のように微笑んだ。

「今度は以前より、もっと念入りに……私の体の傷を撫で回してくれたらいい」

「……や!」

昨日私がうっかり言った言葉だ。しっかり覚えられていた。

腕を取られているので手で顔を隠すこともできず、赤面する私の顔を覗きこみ、うれしそうに殿下が笑う。

サプライズは欲しいと言ったが、いきなりエロ過ぎ。

「楽しみにしている」
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