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108 居場所

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隊長が慌ただしく殿下を迎えに走り、レイさんもエリックさんも共に殿下を迎えに行き、ウィリアムさんと二人でその場に残った。

「あまり殿下に心配をかけるなよ」

ウィリアムさんが私に話しかけてきた。

「……私のせいじゃない。ウィリアムさんも過保護過ぎ。私は平気だって言ってるのに。護られるのは性に合わない。アイスヴァインから王都までも一人で旅して来たんだから」

今日のことは私が関係しているか知れないが、私が自ら起こした騒動ではない。

「だからって、自分から火中に飛び込んで行くことはないだろう。これまでは恐らく狙いは殿下ご自身だった。だが、お前に危険が迫っているとわかったら、殿下が黙ってお前を自由にさせておくわけがないだろう?」

ウィリアムさんの意見はもっともだ。でもだからこそ、いちいち腹が立つ。

「私は護衛で来たんだから、その私が護衛されてどうするんですか?そんなことされたら、私はお荷物になるだけで、宰相閣下に知られたらそれこそ私は首です。ただでさえ、私が護衛になることに難色を示されていたのに」

昨日は自分から辞退を申し出るつもりだった。
でも、殿下に好きだと言ってもらえて、できる限り側にいたいと思ったのに、これでは強制送還されても文句は言えない。

「もし、私に関連があるなら私を囮にして、それで犯人が捕まるなら…」
「そんなことして、何かあったら苦しむのは自分だけじゃないってわかって言ってる?」

かつてないほど冷ややかなウィリアムさんの言葉に、私は思わず息を飲んだ。

「昨日も言ったが、過信は禁物だ。ローリィがそこいらの男より腕が立つのはわかってる。クリスたちより腕がいいのも知ってる。だが、相手は簡単に人を切って目を抉り出すようなやつだぞ。本当の意味で人を殺したことがないお前に太刀打ちできるのか」

「どうして、私が人を殺したことがないって………」

ウィリアムさんには話したことがなかったのに。

「見ていればわかる。少し前の襲撃でも殿下は相手の息の根を止めた。だが、お前が相手をしたやつは生きていた。お陰で尋問ができたわけだが、殿下は自分とお前の身が危ないとわかって躊躇わなかったが、お前は違うだろう?いざという時はきっと迷う。殺しに慣れたやつならその隙を狙ってくる。だからさっきも反対したんだ」

指摘され、私は何も言えず下を向く。強情を張る自分が馬鹿みたいに思えてくる。
剣の腕も体術も自信があった。自分の倍近い体格の師匠を相手にしてきたのだ。
だけど、私に圧倒的にないもの。それは人を殺す覚悟だ。
前世では任務中に犯人を誤って死に至らしめてしまった場合は本当にそれが正しい判断だったか調査が入る。
いくら罪を犯したものでも相手にも人権というものが存在するからだ。

この世界では違う。自分の命を護りたかったら、相手の命を奪う覚悟が必要だ。

「その、怒って悪かった………」

すっかり黙り込んだ私に戸惑い、ウィリアムさんが謝った。

私は黙って首を左右に振った。

「あんまり頭でっかちに考えるなよ。ただ素直に殿下の側にいたい。それだけじゃあ、ダメなのか?無理矢理側に居られる理由を探さなくても、殿下なら素直にそう言えば許してくれるだろう」

「それじゃあ、ただの我が儘みたいでしょ、私だって役に立ちたい」

ウィリアムさんが殿下に対する私の気持ちをどこまで理解してくれているかわからないが(まさか駄々漏れということはないだろうが)、頭でっかち…確かにそうかもしれない。
父さまと母さまを失い、アイスヴァインでの居場所を失った。ルークや師匠が居場所を与えてくれようと手をさしのべてくれたが、その手を振り払って王都に新しい居場所を探してやって来た。
もちろんアイスヴァインが故郷だと思っているが、そこに私を本当の意味で縛るものはなかった。
私が両親の側のように、そこに居て当然と思える場所をずっと探している気がする。
肉親でなければ、それはきっと好きな人の側。
キルヒライル様の側。
でも今の私にはこの身以外何もない。
身ひとつで彼の側に居続けるためには、私が彼にとって役に立つ存在でなければ、意味がない。
そう考えてがちがちになっているのかもしれない。

「こっちに来た時」

私が黙ったままなので、ウィリアムさんがこの際だから言うが、と話し始めた。

「殿下に、失礼だと思ったが、物珍しさや気紛れならローリィに構うのは止めてくださいって言ったんだ」

「え」

驚いてウィリアムさんの顔を見た。人によっては罰せられても文句は言えない行為だ。

「ローリィが元伯爵令嬢だってことを、殿下はご存知ない。国王陛下が殿下には伏せておけとおっしゃるから、この前話したように商人の娘、平民だと思われている」

国王陛下がどうしてそんなことをされるのかわからない。私は競い舞のおりにちらりと見た陛下を思い出した。
キルヒライル様と同じシルバーブロンドだったことしか覚えていないが。

「それで、殿下は何て?」

「侮辱するなと怒られた。身分を笠に使用人に手を出す輩と同じにするな、とな」

その時のことを思い出してウィリアムさんが笑う。

「昨日、殿下と話をしたんだろう?傷のこともご存知なのか?何があったか一から十まで聞きたいわけではないが」

色々思い出して顔が赤くなる私の顔を見て、ウィリアムさんはそこまで野暮ではないと言った。私は黙って頷いた。

「………そうか、よかったな。その、ローリィにも殿下にとっても」
「その、まだ私が伯爵家の娘だったとは言ってないんです。今の私には身分を取り戻すこともできないし」
「身分のことは…まあ、爵位を剥奪されて平民に落ちたわけでもないし、意外に何とかなるとは思うがな。まあ、色々あるだろうが、頑張れ。特に殿下はここで男を見せないと大変だ」
「………?どういうこと?」

障害は色々あるが、どうして殿下が男を見せないといけないんだろう。

「その、まあ、なんだ、国王陛下がな……」

ウィリアムさんが歯切れ悪く言いよどむ。

「陛下がどうしたの?」

「その、冗談でおっしゃったんだ。これまでどんな令嬢をあてがっても首を縦に振らなかった殿下が、もし本当に好きだと望む女性がいて、ものにできないようなら………」

「できないようなら?陛下が?どうしてそんなこと………」

会ったとは言えないくらいほんの一時顔を会わせただけの陛下がどうしてそこまでおっしゃるのか。どうしてそんな話になっているのか。ウィリアムさんがここに来るまでに、すでにそんなところまで話が発展していたことに恐れおののいた。
私ですら昨日、やっと殿下の気持ちを聞いたところなのに。
一体全体、何がどうなっているのか。

「それだけ、殿下が女性に興味を示したことが奇跡に近いということらしい。陛下はすっかりローリィに興味津々だったぞ。ここでものにできないようなら、弟とは思わない。妹にしてやる。名前も変えてやるとおっしゃったんだ。何て呼ぶかも決めていらっしゃった」

「え、ええー!」

当人より先に身内にそんな風に言われて、しかもそれが国王陛下だなんて、私のことを過大評価し過ぎではないだろうか?それに、これまで本当に殿下は女性に興味がなかったのだろうか。嬉しいが、本当に私でいいのか、私の何がいいのか不安になった。
すっかり頭が混乱しているうちに廊下を歩いてくる音がして、隊長や殿下の話し声が聞こえてきた。












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