転生して要人警護やってます

七夜かなた

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106 死体検分

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街の中にある警羅隊の詰め所で、私は警羅隊隊長のフェリクスさんに睨まれながら座っていた。

原因はもちろん、花束とともに届けられた木箱の中身についてである。

あの後、落ちた木箱の中身を見た周囲の人々から悲鳴があがり、辺りは一時騒然となった。

鑑識用手袋も、保存袋もないため、私は買ったばかりの衣装の包装紙を破って落ちた眼球とともに木箱を包んだ。

セルジオさんはすっかり青ざめ腰を抜かしている。
私は最初は驚いたが、獣を解体したこともあり臓物には免疫があるため、すぐに冷静を取り戻した。

誰かが呼んだのか、警羅隊が来たときには証拠保全も終わり、先にセルジオさんを荷物とともに領主館へ出発させていた。
ぐずぐずしていてはセルジオさんも足止めとなり、頼まれた荷物が遅れてチャールズさんたちが困ると思ったからだった。

そのあまりの冷静な対処に、警羅隊の私に対する態度が厳しくなったのは言うまでもない。

白い花束と眼球を包んだ紙を持って立つ女など、初めてだろう。

フェリクス隊長はモーリス師匠に雰囲気が似ていた。
師匠ほど体が大きくも厳つくもなかったが、丸太のように太い腕を組み十分威圧的である。
だが、五歳の時に師匠を初めて見ても動じなかった私にはへのカッパである。どんなに睨まれてもちっとも怖くない。
殿下の睨みの方がよっぽど怖い。

私が平の警羅隊員でなく、隊長自ら尋問を受けているのは、一応領主館の使用人で領主様の支配下にいるからに他ならない。

「本当に、心当たりはないのか?」

件の眼球の送り主について心当たりはないかと、すでに何度も訊かれている。

「そんな悪趣味な知り合いはいません」

対して私の答えも同じだ。
例の眼球はとっくに没収され、花束とともに別の場所に保管されている。
残念なことに眼球は人のものだった。動物のものなら質の悪いいたずらで済んだかもしれなかったが、そうはならなかった。
謎の人物からの花束攻撃のことも既に報告済みだ。

「そちらこそ、眼球の持ち主に心当たりは?腐臭もあまりしなかったし、ごく最近のもののようでしたけど」

いい加減、同じ質問にうんざりしてこちらから問いかけると、明らかに彼は動揺した様子を見せた。

「お前、どうしてそれを!」

「恐らく、明け方に殿下を呼び出した件と関係があるのでは?」

勘だったが彼の顔色を見れば図星だったとわかる。

眼球を抉られた死体。その異常性に彼が呼び出されたのだろう。もしかしたら失くなっていたのは眼球だけではないかも知れないが、少なくも眼球は色違いだった。ということは少なくとも遺体は二人かそれ以上。

「現場を見ていないお前がどうしてそこまでわかる?」

私を疑いの目で隊長は見つめる。確かに現場を見ていないが、彼の顔色を見れば大体の察しはつく。人のことは言えないが、もう少しポーカーフェイスを身に付けた方がいい。

「私を疑っているなら無駄です。犯人が白昼堂々戦利品を人目の多い場所にばら蒔くはずがないでしょう。馬鹿ではないんですから。それにすぐ見つかるようなところに遺体を置いたということは、見つけて下さいと言っているようなものです。ただ殺すならすぐに遺体が見つからないよう隠してその間にどこかへ高飛びすればいいことです。それに、これ、まだ続きますか?昼からパレードにでないと行けないのですが」

私の指摘に隊長はぐぬぬと唸り声を上げた。
反論したいがもっともな意見に口を挟む余地がない、と言ったところだ。

「確かにお前が犯人だとは今のところ考えにくい。だが、花のことと言い、まるっきり無関係とは言い難い。パレード……確かに欠席させるわけにはいかないが……」

隊長の意見ももっともだ。彼も無能ではないということだ。領主館に届けられた花束も、仕立て屋に届いた花束も宛名はなかったが、最後の花束はセルジオさんの間違いでなければ私宛てだということだった。
それに、警羅隊長としては、大事な行事に穴を空けるわけにはいかない。

「その、見つかった遺体……見せていただくことはできますか」

眼球だけでは死んだ人が男か女か、誰かもわからない。性別だけなら隊長から聞いてもいいが、実際に遺体を見れば犯人に繋がる何か、もしくは花が本当に私宛なのかわかるかもしれない。

さすがにこの提案に腕組みして睨んでいた隊長も驚いて目を見開いた。

「いや、男が見ても気持ちいいものではない。ましてや女のお前が………」

「ここでおしゃべりしていても、何の解決にもならないですよね、私だって好きで見たいと言っている訳ではありません。人の遺体は見慣れていませんが、獣なら解体だってしたことがあります。そこいらの男性よりましなはずです」

私の勢いに押され、隊長は頷くしかなかった。倒れても責任は持ちませんよ。と念を押して、部下を呼んで私を連れて遺体安置所へと案内してくれた。

廊下に出ると、ちょうどウィリアムさん、エリックさんに出会った。

知らせを受けて慌てて飛んできたのか少し息が荒い。

「ローリィ、何があった」

どこまで知らされてここにいるのかわからないので、とりあえずは安心させるためににっこり微笑んだ。

「私は大丈夫です。別に危ない目にあったわけではありませんので」

「セルジオさんが真っ青な顔で戻ってきて、目がどうとか花がどうとか、何か意味不明なことを叫んでいるところに、警羅隊がやってきて、お前を拘束していると報告してきた。一体何があったんだ?」

ウィリアムさんが訊ねる。

「私がお話します」

フェリクス隊長が割って入ってきた。
私が犯人とは思っていないがまだ私への不信感が拭えない隊長が事の経緯を話している間、ウィリアムさんたちは努めて冷静に聞いていたが、これからどこへ向かおうとしているか話した瞬間、顔をしかめた。

「隊長、あんな遺体を女に見せるのか!気は確かか」

「私から言ったわけでありません」

私を気遣ってくれるのはありがたいが、私から提案したことであるため、今度は私がウィリアムさんと隊長の間に割って入った。

「私から見せてくれと言いました。気持ちのいいものではありませんが、私は多分大丈夫です。内臓ぐっちゃぐちゃの獣なら何度も見ました」

人と獣では違うかも知れないが、それでも臓物のひとつも見たことがない人に比べれば、いくらかましだろう。

「ぐっちゃぐちゃ………」

私の言い方にその場にいた全員が固まった。

「気分が悪くなったらすぐに言いなさい」

私が遺体を見ることに不安を隠せないウィリアムさんは同行すると言って譲らなかった。
隊長も困っていたが、しぶしぶながら、隊長、私、ウィリアムさん、エリックさんで安置所へ向かった。

安置所へ向かう途中ウィリアムさんが側に来て、本当は殿下も知らせを受けて誰よりも心配して来たがっていたと教えてくれた。

だが、事情もよくわからない中、いきなり殿下が動いては大事となるので、とりあえずはウィリアムさんたちで様子を見てくると無理矢理宥めて来たということだった。

地下に設けられた安置所は薄暗かった。天井近くにある小さな天窓だけが地上に通じていて、空気の入れ換えと明かりとりの役目を担っている。
もちろんそれだけでは暗すぎるため、ランプは欠かせない。

「ここだ」

階段を降りてすぐは留置所になっている。詰所裏にも留置所はあるが、こちらはより罪状が重いもの、凶悪なものが入る。
取り調べの部屋を通りすぎ、一番奥の扉の前に立ち隊長が持っていた鍵で扉を開けた。

冷凍庫というものがないため、遺体の痛み具合は早い。死臭が部屋に充満している。

事前に渡された布地で鼻と口を覆い、隊長に続いて部屋に入る。

遺体は二つ。だとするなら眼球はこの遺体それぞれから取り出されたのだろう。

「死因はわかっているのですか?」

私は幌を被せられた遺体の前に進み出て訊いた。

「二人とも背中から剣でばっさり。殆ど即死だったろう」

背中からということは不意打ちだろうか。

「顔を見てもいいですか?」

隊長に確認すると、彼は頷いた。

そっと一人目の遺体の幌を捲る。
焦げ茶色の巻き毛の男だった。右目があったところがぽっかりと穴が空き、左目は閉じているためどちらの眼球が彼の者かわからない。

上から顔を覗き混み、どこか見覚えがあると思った。どこで見たのだろう。

考えながらもうひとつの幌を捲る。

こちらはくすんだ金髪の男だった。同じように右目をくり貫かれもう片方も閉じているためわからない。

「彼らの眼球で間違いないんですよね」

閉じている方の瞼を開いてみてもよかったのだが、確認のため訊いてみる。

「こっちの焦げ茶色の髪の毛をした男が茶、そちらの男の瞳が青だった」

隊長の説明に頷いた。

「大丈夫か?」

私がいつ倒れても支えられるよう、ウィリアムさんが声を掛ける。

「どうだ、見覚えがあるか?」

二人目の顔を覗き混む私に隊長が訊ねる。

「えっと………どこかで見た……覚えがあります」

二人の顔に見覚えがあった眼球が取られているため生前の顔とは弱冠異なっているので、自信無げに答える。

「本当か?どこで」

「あ!」

「どうした!」

「私……知ってる。この二人」

「本当か、どこの誰だ」

隊長が詰め寄るが、近づきすぎて後ろからウィリアムさんが黙って私を引っ張り少し隊長から離す。

「名前は………わかりません」

ウィリアムさんと隊長の顔を交互に見て、そう言う。

「知らない?ではどこで会った?」

「昨日、領主館へ帰る途中で……」

そうだ。この人達だ。

「私に絡んできたんです。ワイン娘の踊りを見て……もう一度足を見せろって」

「なに!なんてやつらだ。それでどうした」

「えっと………こっちの焦げ茶色の髪の方にはお腹に一発拳を入れて、もう一人は向こう脛を蹴って腕を締め上げてやりました」

「「「え」」」





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