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104 誤魔化しのない真実

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覚悟はしていたが、直球過ぎてはっきり言って返答に困る。

「前に言いました。好きです……でも、それは」
「仕える者として、なんてお茶を濁すような答えならやめておきなさい」

先に言葉を封じられ、次の言葉が続かない。

「マーサさんは、私に何を言わせたいんですか?」

カップを机に置き、背筋を伸ばしてマーサさんに向き合う。

「あなたの正直な気持ちが聞きたいと言ったら?殿下のお気持ちはすでにお聞きしました。だから、身構えなくていいのよ」
「え………」

いつの間に、と思った。昨晩食堂ではそれらしきことは何も言っていなかったし、自分だって昨日、デリヒ商会で初めてきいたばかりだ。
殿下が事前にマーサさんに話していたのか、もしくは殿下の帰宅を待ち構えて訊いたとしか思えない。

「キルヒライル様の帰宅を待ち構えて聞き出しました。素直に教えてくれませんでしたので、亡くなった王妃様のことを持ち出したり、泣き落としたりしてね」

マーサさんに詰め寄られる殿下を想像してしまった。

「殿下の結婚についてのお考えは聞きましたか?」
「はい、高位な方からすれば、かなり大胆なお考えですが」
「そうなのです。あのお考えにはお兄様の国王陛下も頭を痛めておいででしたわ。陛下は例え政略結婚だとしても、相手を尊重していれば次第に家族愛のようなものが芽生えるというお考えで、だから王妃様とはもともと好意はお持ちでしたが、夫婦仲も大変よろしく、喜ばしいことなのですが、キルヒライル様はまずはお気持ちが最優先というお考えで」

どんな美姫にも首を縦に振ることがなく、半ば諦めていた、とマーサさんは呟いた。

「その、マーサさんは気にならないのですか?私と殿下では世間では色々言われても仕方ない関係です」
「そうね、殿下はあなたがそのせいで世間から悪し様に言われることを気にされていたわ」
「私は別に気にしません。それより私とのことで殿下が無理押しをして周囲の反感を買うことにならないかと」
「あなたたち……」

マーサさんは呆れた様子だった。

「キルヒライル様もそんなこと、気にならさないと思いますよ。ですが、二人の気持ちもわかります。暫く待って欲しいと、おっしゃっているのでしょう。でも、いつまでもあなたを待たせてもおくな、と釘を刺しておきました。あなたにキルヒライル様以上に相応しい相手ができたらどうするのか、とね」

マーサさんの気遣いはありがたいが、彼以上に私が心引かれる人が現れるとは考えにくい。

「私の方こそ、私のことが殿下の枷になるなら潔く身を引いてもいいと思っています。私を殿下の弱味にしたくはありません。殿下はこの国に必要な方です。私一人のためにこの国にとって、この国の民にとって必要な方を失うわけにはいきません」
「あなたのためにとキルヒライル様が努力したことで、周りとの摩擦が起こった場合は、身を引くというの?そのことでキルヒライル様が傷ついても?」

マーサさんの指摘に心が揺らいだ。私のことで殿下がまわりと歪な関係になるなら身を引いても、とは思っていたが、私が身を引くことで殿下が傷つくということに思い至らなかった。

「確かに、今、あなたがキルヒライル様の胸に素直に飛び込むには勇気が必要ね。けれどあなたとキルヒライル様との間に確かな愛情があるなら、そこは大事にしないといけないわ、そう思わなくて?」

殿下の私に向けてくれる気持ちは嬉しかったが、どこかで有頂天になってはいけないと歯止めをかける自分がいた。
思っている人に思われる人ばかりではない。
普通に考えれば出会う機会などなかった私と彼が、いくつかの偶然が重なり互いに思い会う関係にまでなり、そんなのうまくいくはずがない、どこかに落とし穴があるに違いない、そう思って自分で自分に呪いをかけていたのかもしれない。

「わたし……殿下が好きです。仕えるものとしてとか、誤魔化してきましたが、あの人以外にこんな気持ちになった人はいません。きっとこの先も……」

マーサさんが霞んで見える。ポロポロと涙が溢れるのを止めることができない。胸が苦しくてぎゅっと胸の前を握りしめる。

マーサさんは立ち上がって私の肩をぽんぽんと叩き、涙が止まるまで黙っていてくれた。途中で部屋を出て濡れたタオルを私に渡してもくれた。

「キルヒライル様の結婚感については、私もどうしてあんな風になったのだろうと、私のお育て方が悪かったのかと、随分悩んだのよ」

私の涙が止まるのを待って、冷めてしまったお茶に口をつけてからマーサさんが話し出した。

「でも、あの方の身分も何もかも、恵まれていると羨む人はいても、その影でどれ程努力をされてきているか……あの方自身の光が強すぎて、誰もその影にある彼の努力に気付かない。そんなもどかしさがあったと思うわ」

皆からの期待に応えれば応えるほど、周りからもっともっとと期待が寄せられる。ひとつを成せば次、それが終われば次、と要求は尽きることがない。

「結婚相手となる人もキルヒライル様の表しか見ていないような、そんな令嬢なら、きっと必要ないと思われたのでしょうね。キルヒライル様が誰かを好きになるまで待つのは本当に長かったわ。私の寿命が尽きるのとどっちが早いかと思ったわ」

だから、とマーサさんはテーブル越しに顔を寄せてきた。

「殆ど期待していなかったところにあなたが現れたの、私の気持ち、わかる?」
「………なんとなく」

マーサさんが生きているうちで良かった。つまりは期待されているということだろうか。

「私にできることは応援するわ。だから、負けないでね」
「あ、ありがとう……ございます」

マーサさんに反対されるどころか応援までされて、出だしは好調と考えていいのだろうか。

「じゃあ、とりあえずはこれね」

そう言ってマーサさんは立ち上がり、整理箪笥の一番上から何か小さい袋を出してきた。それを私の手のひらに乗せる。
チャリンと中で音がして、その中身がお金だとわかった。

「明日、ワイン娘の優勝者はキルヒライル様とダンスを踊るんでしょ?ミーシャたちはそれなりに用意があるみたいだけど、そのつもりでここに来ていないあなたは何の準備もしていないでしょ、既成のものしかないかもしれないけど、これでドレスを買ってきなさい。午前中なら大丈夫だから。午後からはパレードでしょ?その衣装はあるの?」
「そんな、そこまでは………パレードは、まあ手持ちのもので何とか…」

返そうとする私の手をマーサさんは押し留めた。

「母親なら、本当の母親ならきっとこうする筈よ。なんたって王弟殿下とのダンスなんだから、目一杯お洒落しないと」
「でも………」
「遠慮はなしよ、悪いと思うならキルヒライル様を幸せにしてあげて」

こういったやりとりで、おばさまに勝てるはずもなく、私の手にはお金の入った皮袋が握らされた。
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