転生して要人警護やってます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
104 / 266

103 眠れない朝

しおりを挟む
すっかり寝入っていたが、慌ただしく扉を叩く音で目が覚めた。

同室のフレアたちも飛び起き、皆で夜着の上にガウンを羽織り玄関に駆けつけた。
まだ朝も明けていない早い時刻にも関わらず、すでに館内の殆どが起きていて、人垣の向こうでシルバーブロンドの頭が見え、殿下自ら玄関口で来客の応対をしている。

「わかった。支度をするので少し待て」

彼がそう言い、チャールズさんに出かける支度を手伝うよう指示する声が聞こえた。

玄関口から踵を返して階段へ向かう彼に道を開けるため、階段下にいた使用人たちが後ろに下がり、その後ろにいた私たちも自然と後ろに下がった。

階段に向かう殿下と視線が合った。帰宅が遅いと聞いてたので、恐らく殆ど寝ていないのだろうが、シルクの夜着の上に少し厚手の茶色のガウンを肩で羽織り、堂々とした足取りで歩いていく。

少し寝乱れた髪が見え、少しは休むことが出来たのかなぁと心配になった。

その心配が顔に出ていたのか、安心させるように微笑み返してくれる。

「ねえ、何があったのかな」

横にいたフレアが私の袖を引っ張り、二人で玄関口にいる人物に注意を向けると、男は警羅隊の制服を来ていた。

「街で何か事件でもあったのかな」

「どうやら人が死んでいたみたいだぞ」

私がそう言うと、私たちよりも早く着いて殿下たちの側にいた使用人の一人が教えてくれた。

「ええ!こわい」

フレアがそう言って震えた。

ただ人が死んでいただけでここまで慌てて警羅がやって来ることはない。恐らく大きな事故、もしくは殺人。

その場にいる使用人たちの間でざわめきが起こり、色々な憶測が飛び交う。

そうこうしているうちに支度を終えた殿下が降りてきた。
急いでいるとは言え、身支度は完ぺきだ。
白いシャツの上に濃紺のジャケット、ベージュのスラックス。膝丈の焦げ茶色のブーツを履き、腰には剣を帯びている。

階段を降りながら、後で着替えを警羅隊の詰め所まで届けるようにとチャールズさんに話をしている。

「ウィリアム、そなたは帰宅したばかりだろう?警護は他の者に任せるから、そなたはゆっくり休んで後から来い。他の者もな」

玄関口で渡された皮の手袋に手を通しながら、慌てて駆け寄ってきたウィリアムさんに気づいて殿下が声をかけた。

「……しかし」

「先は長い。あまり根を詰め過ぎるな。体が持たないぞ」

殿下も同じ時刻に帰宅しているにも関わらず、呼び出しに応じ出掛けていこうとしているが、そのことは抜きにしてウィリアムさんたちを休ませようと気遣いを見せる。

呼びに来た警羅の者が朝早くの呼び出しに申し訳なさそうに謝った。

「そなたのせいではない。これが私の務めだ」

なおもついていこうとするウィリアムさんを押し止めながら、先に帰宅していたエリックさんや他の騎士団の人を指名し、これは命令だと言う。

改めて殿下の代わりはいないのだと痛感する。
すべてを統括し、権限を持ち、その責任を果たさなければならない。

「起こしてすまなかったが皆も休むように。今日は王都の屋敷からも助っ人がやってくるが、今日明日と収穫祭はまだ続く。準備は滞りなく」

そう言い、後のことをチャールズさんに任せ、殿下は出掛けていった。

殿下が出掛けてしまうと他の使用人たちはもう少し休もうと自室に引き上げていく。私もフレアたちに部屋へ戻ろうと声をかけられ、休むまもなく出掛けていった殿下が気になり休む気も無くなっていたが、無理矢理にでも休んでおかないと後がきつい。

前世、警察官に成り立ての頃、私が主に赴いたのは交通事故現場が殆ど。轢き逃げ、衝突事故、玉突き事故。鉄屑のようにひしゃげた車、水没した車。
赤い血を流し、救出される遺体や重傷者たち。
ここでは、当然自動車もバイクもない。
乗り物は馬車や馬だから救出に重機もレッカーも必要ない。

死亡原因で言えば低い方だ。

戦争を除けば圧倒的に多いのは病死。そして強盗などに殺される殺人。乱闘などで殺し会うというのもある。
それらはまだ殺人が判明するだけましだ。
開発されていない山道での転落死などや獣に襲われて死ぬ、なんてのもあるし、何よりも遺体が見つからないのが権力者などに秘密裏に殺され、行方不明になるとともに生死もわからなくなるなどということ。

警察ドラマのような臨場はあまり経験がなかった。検死解剖も立ち会ったことはない。

前世なら人一人の不審死など大事件だ。

だが、ここでは素性が知れない者の死などいちいち騒ぎ立てることはない。
それが、まだ暗いうちから警羅が領主を呼びに来るほどの事件だ。

事件のことも気になるし、殆ど休むまもなく出ていった殿下のことも気になった。

フレアたちはまた寝入ったのか寝息が聞こえてくる。

今日は午後からパレードが待っている。館では明日の宴に向けた準備もある。休んでいた方がいいのはわかるが、寝られないならぐずぐずと寝転がっているのももったいないと思い、同室のフレアとミーシャさんを起こさないよう静かに身支度をして部屋を出た。

厨房担当の者はすでに起きている時間なので、厨房からは物音が聞こえる。
手伝うことはないかと聞きに行こうとしたところで、マーサさんに出くわした。

「まだ起きるのは少し早いのではなくて?」
「何だか、目がさえて……」
「そう、だったら私の部屋でお茶でもどう?」

休憩室ではなく、マーサさんの部屋に呼ばれたことに、何か個人的な話があるのだろうと思ったが、断る理由もなく、お言葉に甘えて、と言われるままに従った。

「今、お茶を入れるからそこに座っていてね」

寝台と衣装棚。小さな物書き用の机と椅子が二脚。整理箪笥の上には茶器のセットが置かれている。
マーサさんはポットを持って厨房にお湯をもらいに行き、私は二脚ある椅子のひとつに腰かけて待った。

昨日、祝いの食卓でマーサさんに思わず口を滑らせたことが気にかかり、内心は穏やかではなかった。
乳母である彼女としては、殿下のこれからを案じ、私のような者が殿下のまわりを彷徨くのを快く思っていないのではないだろうか。

「お待たせ。もう少し待っててね」
お湯を持って戻り、揃えた茶器でお茶を入れ始める。
マーサさんの様子から、別に私を牽制しようとしているようには見えないが、わざわざ自室に私を呼び寄せる程、個人的な話をしたいと思っているなら、殿下のこと以外ないと思う。

「さあ、どうぞ、クッキーも召し上がれ」

お茶とクッキーを目の前に置き、もう一脚の椅子にマーサさんも座る。

「……ありがとうございます。いただきます」

クッキーを一つ手に取り、口に頬張る。

「どう?美味しい?ここのクッキーは私も好きなのよ」
「はい、とっても美味しいです」
微かにハーブがきいていて本当に美味しかった。
甘すぎないのもいい。
「気に入ってもらえてよかったわ。これ、キルヒライル様も好きなのよ」
「そ、そうですか」

殿下の名前が出て、動揺を隠すようにお茶を飲む。
黙って見ていたマーサが、私がお茶を飲み込むのを待って話を切り出した。

「単刀直入に聞くわね。あなた、殿下のことはどう思ってるの?」

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...