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101 おもしろい女性
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喫煙室での話が一段落し、皆がそれぞれ数人ずつで談笑を始めた。
デリヒ邸の使用人はその間を縫うように各々に酒やつまみを配っていく。
私も何人かと入れ替わり立ち替わり話をし、そろそろ帰る時間だと思っているときにフィリップが話しかけてきた。
「先ほどは、助力感謝する」
彼が皆の気持ちを再確認してくれたお陰で、六年間の不在に対して彼らとの溝を埋めることができたことに礼を言う。
「お役に立てて私も嬉しい限りです。ところで、例のネヴィルの代理だったローリィさんですが、おもしろい方ですね」
そう言えば、ここへ来る前に彼と話をしていたと彼女が言っていた。
「おもしろい……とは?」
彼女がどんな人物であるか少なからず知っているが、他人からそのように言われると、何があったのか気になる。
「初めてお会いした時は、線の細い男性だと思っていましたが、溌剌とした女性だとわかり、着ているものや雰囲気でずいぶん印象が変わる方ですね」
「そう思うか?」
「ええ、あのような女性はこの領内はおろか、例え人口の多い王都に行っても二人といらっしゃらないでしょう。殿下が興味を示されるのも頷けます」
「………私が、なぜそう思う」
カマをかけているのか、迂闊に挑発には乗らない。
自分が彼女に興味……好意を寄せていると、今は悟られたくはない。
もっと外堀を埋めてからでなければ、彼女は高位貴族の愛人と蔑まれるだけだ。
「私の勘違いでしたか?殿下は使用人と言えども大事に扱われる立派な君主様ですから、殊更に大事にされているわけではなくても、そのように見えたのかもしれませんね」
言葉の裏で何やら嫌味に聞こえるのは気のせいだろうか。
彼女のことについて、少々過敏に反応しているだけかも知れない。
「確かに、先ほど皆に言ったように今回は特に貢献してくれている。ネヴィルの代理についても頑張ってくれたこともある。その点で言えば、貴重な人材だ」
「それに、お美しいですしね。あ、誤解なさらないでください。殿下から奪おうとは思っておりません。私は聖職に在る身ですから」
「私から奪う?彼女は物ではないし、私のものでもない」
いずれは名実共に、とは思っているが、そのことは今ここで話すことではない。
「彼女が気になるのか?」
ここまで彼女の話題にこだわるのは、司祭自身が何か気になっているからだろう。
「そのように聞こえてしまったのでしたら、申し訳ございません。彼女にティオファニアの教えについてお話いたしましたら、興味がおありにだったようですので、司祭としては嬉しく思ったまでです」
「ローリィがティオファニア教に?初めて聞く。もちろん、人の信仰にまでとやかく言うつもりはないが」
考えてみれば、彼女の両親や育った環境のこと、何が好きで嫌いか、知らないことが多い。
知っていることと言えば、変わったお茶の淹れ方ができて、ヨガができて、マッサージもできる。腕も立つ。傷の手当ても上手く、馬にも乗れて、旨い飲み物も作れる。
彼女の生い立ちなどはおいおいこれから聞いていけばいい。大事なのはそれらを含めて彼女だということだ。
そして彼女は大きな秘密を明かしてくれた。幼い頃に負ったという矢傷。女性が普通に結婚を望む中で恐らく負い目となるだろう大きな秘密。
それを彼女は自分を信頼して打ち明けてくれた。恐らくそれで自分が彼女を拒絶するかも知れないというリスクを抱えて。
今更ながら、彼女が見せてくれたその勇気に感服する。
そして、改めてその信頼に答えられる自分であろうと心に誓った。
「それで、彼女は何と言っているのだ?」
「教えを請う者にいつも神はその門戸を広げて待っていてくれます。一度ティオファニア教についての私の説教を聞きに来ていただきたいとお誘い致しました。子どもたちに会いに来てくれるだけの気軽なお気持ちでと、快く承諾してくれましたよ。彼女が教会に来たいと言った際には、是非殿下も許可していただけますよね」
「もちろんだ。自由時間ですることなら、文句はない」
フィリップが言いたかったのはその許可のことだったのかと、考える。
「お願いいたします」
司祭がそう言った時、デリヒがそろそろお開きとしていいかと訊ねて来た。
デリヒ邸の使用人はその間を縫うように各々に酒やつまみを配っていく。
私も何人かと入れ替わり立ち替わり話をし、そろそろ帰る時間だと思っているときにフィリップが話しかけてきた。
「先ほどは、助力感謝する」
彼が皆の気持ちを再確認してくれたお陰で、六年間の不在に対して彼らとの溝を埋めることができたことに礼を言う。
「お役に立てて私も嬉しい限りです。ところで、例のネヴィルの代理だったローリィさんですが、おもしろい方ですね」
そう言えば、ここへ来る前に彼と話をしていたと彼女が言っていた。
「おもしろい……とは?」
彼女がどんな人物であるか少なからず知っているが、他人からそのように言われると、何があったのか気になる。
「初めてお会いした時は、線の細い男性だと思っていましたが、溌剌とした女性だとわかり、着ているものや雰囲気でずいぶん印象が変わる方ですね」
「そう思うか?」
「ええ、あのような女性はこの領内はおろか、例え人口の多い王都に行っても二人といらっしゃらないでしょう。殿下が興味を示されるのも頷けます」
「………私が、なぜそう思う」
カマをかけているのか、迂闊に挑発には乗らない。
自分が彼女に興味……好意を寄せていると、今は悟られたくはない。
もっと外堀を埋めてからでなければ、彼女は高位貴族の愛人と蔑まれるだけだ。
「私の勘違いでしたか?殿下は使用人と言えども大事に扱われる立派な君主様ですから、殊更に大事にされているわけではなくても、そのように見えたのかもしれませんね」
言葉の裏で何やら嫌味に聞こえるのは気のせいだろうか。
彼女のことについて、少々過敏に反応しているだけかも知れない。
「確かに、先ほど皆に言ったように今回は特に貢献してくれている。ネヴィルの代理についても頑張ってくれたこともある。その点で言えば、貴重な人材だ」
「それに、お美しいですしね。あ、誤解なさらないでください。殿下から奪おうとは思っておりません。私は聖職に在る身ですから」
「私から奪う?彼女は物ではないし、私のものでもない」
いずれは名実共に、とは思っているが、そのことは今ここで話すことではない。
「彼女が気になるのか?」
ここまで彼女の話題にこだわるのは、司祭自身が何か気になっているからだろう。
「そのように聞こえてしまったのでしたら、申し訳ございません。彼女にティオファニアの教えについてお話いたしましたら、興味がおありにだったようですので、司祭としては嬉しく思ったまでです」
「ローリィがティオファニア教に?初めて聞く。もちろん、人の信仰にまでとやかく言うつもりはないが」
考えてみれば、彼女の両親や育った環境のこと、何が好きで嫌いか、知らないことが多い。
知っていることと言えば、変わったお茶の淹れ方ができて、ヨガができて、マッサージもできる。腕も立つ。傷の手当ても上手く、馬にも乗れて、旨い飲み物も作れる。
彼女の生い立ちなどはおいおいこれから聞いていけばいい。大事なのはそれらを含めて彼女だということだ。
そして彼女は大きな秘密を明かしてくれた。幼い頃に負ったという矢傷。女性が普通に結婚を望む中で恐らく負い目となるだろう大きな秘密。
それを彼女は自分を信頼して打ち明けてくれた。恐らくそれで自分が彼女を拒絶するかも知れないというリスクを抱えて。
今更ながら、彼女が見せてくれたその勇気に感服する。
そして、改めてその信頼に答えられる自分であろうと心に誓った。
「それで、彼女は何と言っているのだ?」
「教えを請う者にいつも神はその門戸を広げて待っていてくれます。一度ティオファニア教についての私の説教を聞きに来ていただきたいとお誘い致しました。子どもたちに会いに来てくれるだけの気軽なお気持ちでと、快く承諾してくれましたよ。彼女が教会に来たいと言った際には、是非殿下も許可していただけますよね」
「もちろんだ。自由時間ですることなら、文句はない」
フィリップが言いたかったのはその許可のことだったのかと、考える。
「お願いいたします」
司祭がそう言った時、デリヒがそろそろお開きとしていいかと訊ねて来た。
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