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97 言い間違いです
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洗濯室から戻ってくると、短時間の間に皆すっかり出来上がっていた。
食卓には蔵出しされたワインも何本か置かれ、既に空になった瓶が転がっている。
私は空いている席のひとつに座り、近くにあった前菜から口をつけた。
こっちの世界の料理は前世の欧米とよく似ていたので、難なく受け入れられたが、日本人なら懐かしいと思う米や味噌汁の食文化はないため、時折無性に食べたくなる。
ローリィという今の体はこちらの世界で生まれたので、体質的にはこの食で問題ないが、魂の記憶というものに時々引っ張られる。
かと言って、私には米の品種を探して栽培する知識も手段もないので、諦めるしかない。
「ローリィ、ちゃんと食べてる?」
いつの間にか隣にいたマーサさんがいくつかの料理を皿に盛って置いてくれた。
「ありがとうございます。はい、おいしくいただいています」
「そう?何だか寂しそうだったけど……」
日本食を懐かしく思っていたのが顔に出ていたのか、心配してくれたようだ。本当にお母さんみたい。
「この前も落馬してケガをした時に泣いてたでしょ?何だか気になって………」
少し前のことなのに、気にしてくれていたみたいだ。
「あれは……マーサさんを見て…母を思い出して……今もちょっと故郷の味を思い出してました」
本当は前世だが、そのことは言えないので誤魔化して言う。
「あら、そうだったのね。私、てっきりケガの痛みに泣いていたのかと……キルヒライル様にもそう言ってしまったわ」
「殿下に?」
マーサさんに誤解させてしまったみたいだが、殿下にも泣いたことが伝わっていたことに恥ずかしさを覚えた。
あれくらいのケガで泣いてしまって、軟弱だと思われたのではないだろうか。だから護衛に向いていないと思われた?
一方で強情者だと思われているのに、もう一方で軟弱と思われたかも知れない。
えー、好かれる要素まったくないのでは?なんで私のこと好きなんだろう?
告白されたけど、今さら考えてみると、殿下の趣味がわからないわ。単なる物珍しさなんじゃ?
「何を考え込んでるの?」
黙ってしまった私の顔をマーサさんが覗き込む。
「あ、いえ……キル……殿下に落馬くらいで泣いたと思われてたらイヤだなぁ……と」
「何を言ってるの、落馬くらいじゃないでしょ!ケガまでして、女の子なんだから泣いて当たり前です。もしキルヒライル様がそうおっしゃったなら、叱ってやらなくては、キルヒライル様や男性陣は何ともなくても、か弱い女性が同じと思ってるならお育てする方法を間違えたわ!」
マーサさんの剣幕にこれでは本当に殿下が怒られると思った。
「マーサさん、殿下は何も、むしろ無茶をした私を叱ってくれたくらいですし」
慌ててフォローするが、言い方を間違えた。
「え、叱ったの?落馬して傷ついたあなたを?」
まずい。この言い方ではケガをした私を労るどころかさらに叱ったひどい人みたいだ。
「ケガをした女性にそんなことを……いくら使用人でもそのような鬼畜にお育てした覚えは……」
マーサさんの表情が鬼のようになりつつあり、私はどう言ったら彼女の怒りが収まるのだろうかと、殿下の言動を少しでも良く思ってもらえる言葉を探した。
「で、でも。その後で心配したと、抱き締めてくれましたから」
「え……?」
私の言葉にマーサさんが反応した。
「え……?」
あれ、何だ?私、変なこと言った?
「キルヒライル様が?あなたを?」
マーサさんが信じられないという顔で私を見た。
機械人形がギギギギと振り向くような、そんなぎこちなさでマーサさんが私を見る。
「え……あれ?」
覆水盆に還らず。言ってしまった言葉を無かったことにはできない。
幸い周りはすっかりお酒で盛り上がり、今の言葉を聞いたのはマーサさんだけのようだ。
「キルヒライル様が、本当に?」
黙ったままの私に再度マーサさんが訊ねる。
「いえ……落馬した私を、抱き起こしてくれたと言いたかった……言い間違えました」
小声で呟く。
「そ、そうです。言い間違い……あの、ちゃんと起き上がるのを手伝ってくれましたから……だから、叱らないであげてください」
「言い間違い?」
なおも疑わしそうに見るマーサさんに、私は思い切り頭を縦に降り、そうです、と言い切った。
「言い間違い……ねぇ」
「そうです。私ってばかだなぁ………ハハハ」
我ながらわざとらしかったかなぁ……とマーサさんをちらりと見るとまだ納得いかないようだったが、そういうことね、と引き下がってくれた。
「明日も大変だから、あなたもほどほどにしなさいね」
そう言ってマーサさんは他の人たちのところに移動していった。
その夜、宣言したとおり殿下達の帰宅は真夜中過ぎとなり、その頃私は夢の中にいて、マーサさんが帰宅した殿下を待ち構えていたことも知らなかった。
そして、もうひとつ……祭りの初日で賑わう街中での起こった事件のことも
食卓には蔵出しされたワインも何本か置かれ、既に空になった瓶が転がっている。
私は空いている席のひとつに座り、近くにあった前菜から口をつけた。
こっちの世界の料理は前世の欧米とよく似ていたので、難なく受け入れられたが、日本人なら懐かしいと思う米や味噌汁の食文化はないため、時折無性に食べたくなる。
ローリィという今の体はこちらの世界で生まれたので、体質的にはこの食で問題ないが、魂の記憶というものに時々引っ張られる。
かと言って、私には米の品種を探して栽培する知識も手段もないので、諦めるしかない。
「ローリィ、ちゃんと食べてる?」
いつの間にか隣にいたマーサさんがいくつかの料理を皿に盛って置いてくれた。
「ありがとうございます。はい、おいしくいただいています」
「そう?何だか寂しそうだったけど……」
日本食を懐かしく思っていたのが顔に出ていたのか、心配してくれたようだ。本当にお母さんみたい。
「この前も落馬してケガをした時に泣いてたでしょ?何だか気になって………」
少し前のことなのに、気にしてくれていたみたいだ。
「あれは……マーサさんを見て…母を思い出して……今もちょっと故郷の味を思い出してました」
本当は前世だが、そのことは言えないので誤魔化して言う。
「あら、そうだったのね。私、てっきりケガの痛みに泣いていたのかと……キルヒライル様にもそう言ってしまったわ」
「殿下に?」
マーサさんに誤解させてしまったみたいだが、殿下にも泣いたことが伝わっていたことに恥ずかしさを覚えた。
あれくらいのケガで泣いてしまって、軟弱だと思われたのではないだろうか。だから護衛に向いていないと思われた?
一方で強情者だと思われているのに、もう一方で軟弱と思われたかも知れない。
えー、好かれる要素まったくないのでは?なんで私のこと好きなんだろう?
告白されたけど、今さら考えてみると、殿下の趣味がわからないわ。単なる物珍しさなんじゃ?
「何を考え込んでるの?」
黙ってしまった私の顔をマーサさんが覗き込む。
「あ、いえ……キル……殿下に落馬くらいで泣いたと思われてたらイヤだなぁ……と」
「何を言ってるの、落馬くらいじゃないでしょ!ケガまでして、女の子なんだから泣いて当たり前です。もしキルヒライル様がそうおっしゃったなら、叱ってやらなくては、キルヒライル様や男性陣は何ともなくても、か弱い女性が同じと思ってるならお育てする方法を間違えたわ!」
マーサさんの剣幕にこれでは本当に殿下が怒られると思った。
「マーサさん、殿下は何も、むしろ無茶をした私を叱ってくれたくらいですし」
慌ててフォローするが、言い方を間違えた。
「え、叱ったの?落馬して傷ついたあなたを?」
まずい。この言い方ではケガをした私を労るどころかさらに叱ったひどい人みたいだ。
「ケガをした女性にそんなことを……いくら使用人でもそのような鬼畜にお育てした覚えは……」
マーサさんの表情が鬼のようになりつつあり、私はどう言ったら彼女の怒りが収まるのだろうかと、殿下の言動を少しでも良く思ってもらえる言葉を探した。
「で、でも。その後で心配したと、抱き締めてくれましたから」
「え……?」
私の言葉にマーサさんが反応した。
「え……?」
あれ、何だ?私、変なこと言った?
「キルヒライル様が?あなたを?」
マーサさんが信じられないという顔で私を見た。
機械人形がギギギギと振り向くような、そんなぎこちなさでマーサさんが私を見る。
「え……あれ?」
覆水盆に還らず。言ってしまった言葉を無かったことにはできない。
幸い周りはすっかりお酒で盛り上がり、今の言葉を聞いたのはマーサさんだけのようだ。
「キルヒライル様が、本当に?」
黙ったままの私に再度マーサさんが訊ねる。
「いえ……落馬した私を、抱き起こしてくれたと言いたかった……言い間違えました」
小声で呟く。
「そ、そうです。言い間違い……あの、ちゃんと起き上がるのを手伝ってくれましたから……だから、叱らないであげてください」
「言い間違い?」
なおも疑わしそうに見るマーサさんに、私は思い切り頭を縦に降り、そうです、と言い切った。
「言い間違い……ねぇ」
「そうです。私ってばかだなぁ………ハハハ」
我ながらわざとらしかったかなぁ……とマーサさんをちらりと見るとまだ納得いかないようだったが、そういうことね、と引き下がってくれた。
「明日も大変だから、あなたもほどほどにしなさいね」
そう言ってマーサさんは他の人たちのところに移動していった。
その夜、宣言したとおり殿下達の帰宅は真夜中過ぎとなり、その頃私は夢の中にいて、マーサさんが帰宅した殿下を待ち構えていたことも知らなかった。
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