転生して要人警護やってます

七夜かなた

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88 お心のままに

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そして現在、私は顔役代表のアルバ・デリヒ氏の商会にある応接室に座っている。

あの後私はウィリアムさんに身を任せ樽から出た。
ウィリアムさんは領内の人間ではないので、既婚者であることは知られていないため、不審に思う人はいなかった。

すぐにでも殿下が何やら言ってくるかと思ったが、祭りの最中であるため、それは後でということになった。

ワイン娘の人気投票は、私たちチューベローズの圧勝だった。
樽に付けられた印ですでに樽の側面は真っ黒になり、ジュリアさんたちは歓喜していた。
しかも皆、それぞれに思う相手、悪くない相手とカップリングが成立しており、喜びは二乗三乗になっていた。

私を除いては。

特に誰かを期待していたわけでもなく、逆に誰かよく知らない人よりはウィリアムさんでよかったのだが、その後の機嫌のすこぶるよろしくない殿下との対面を考えると胃が痛い。

優勝が決まって再び皆で壇上に上がり、観衆から声援を受けたり色々事務的な段取りが待っていたので、すぐに対面というわけにはいかなかったが、満面の笑みで盛り上がっている皆のように楽しめなかった。

表向きは殿下は主催者の一人としてとても礼儀正しく振る舞われ、ジュリアさんたちにはとても優しく接せられている。

壇上から降りて私たちのその日の義務的行事は済んだけれど、殿下はまだ主催者として顔役さんたちと執り行わなければならないことがあるということで、私は先にここへ連れてこられた。

足を拭いたとはいえ、着ていた衣装には葡萄の汁がたくさんこびりついていて、早く着替えたかったがそうもいかず、後でフレアたちが着替えを持ってきてくれると言っていたので、汚れた衣装のまま殿下を待つ。

足音が聞こえ、扉が開いて殿下が入ってきた。扉が開くと同時に座っていた椅子から立ち上がる。

「待たせたな」

「いえ」

待たされたのは本当だが、そうです、とも言えずそう答える。

その答えが嘘だとわかっていて、殿下はちらりとこちらを見て、口元を緩ます。嫌味だと思ったみたいだ。
目の前の椅子にどかりと座り、私にも座れと合図をしてから上着の上部を少し外す。

私の視線に気づき、堅苦しいのはあまり好きでない、と言い訳をする。

「王宮でも式典や伝統的な儀式はあまり得意ではない。王位継承を放棄した理由のひとつにそれもある」

私が何も言っていないのに、今日の殿下はやけに饒舌だ。
そうか、堅苦しいのはお好きでないのか、と聞いた話に頷く。

「ドルグランは下で待機してもらっている」  

入ってきたのが殿下だけだったので、不思議に思っていると、それを察したのか殿下が言った。

「まずは、優勝おめでとう。些かきわどい演出ではあったがな」

意外にも殿下の口から祝いの言葉が出て拍子抜けした。

「あ、ありがとう、ございます」

「なんだ?私が素直に誉めて驚いたか?私も誉めるときは誉めるぞ」

心のうちを見透かされて気まずくなり、視線を反らして口ごもると殿下は楽しそうに笑った。

先ほど射殺されそうに睨まれた感じからまったく予想していなかった態度に、あれは気のせいだったのかと思い始めた。

「クレア」

突然、殿下の口から発せられた名前に思わずビクリとする。

顔色の変わった私をまっすぐに見据える殿下と目が合い、ここで知らぬふりをしても仕方がないと諦めのため息を吐いた。

「認めるのだな」

「隠していたわけではないのです。あの時のことと、今の私の役割とはまったく関係ないことのため、話す必要もないことだと思いましたので」

「ドルグランも知っていたのか」

殿下がウィリアムさんに話を向けたので慌てて庇う。

「ウィリアムさんが踊り子クレアとして私が王宮に行ったことを知ったのは、私が護衛を引き受けた後です。本当にあの事は、お世話になっていた舞屋の皆さんに協力しただけで、仕組んだものではありません」

「それを信じろと?」

「私は今言ったことを真実だと証明するものを何も持っていません。ですが」

「嘘だと証明するものもない、か」

私の言葉を継いで殿下が言う。

「そうです」

「まあ、そうだろうな。私に取り入るにしてはあの日はあまりに引き際が良すぎた」

あっさりと貸し与えたマントを侍従を通じて返したことを思いだす。

「正直に申し上げますと、もうお会いすることもないと思っていました。護衛の件もお引き受けしてからお相手が殿下だと伺いました」

「相手が私だと知っていたら、引き受けなかったと言うことか?」

「そうです……いえ、わかりません」

本当に嫌なら護衛の相手が彼だとわかってからでも何かしら理由をつけて断ることもできた筈だ。

でも、そうしなかった。何故だと言われてもうまく説明できない。

「まあ、嫌われてはいなかったわけだ」

「そんな、殿下を嫌うなど……」

「王族だとわかると媚びへつらってすり寄ってくるか、恐れをなして逃げるか、そのどちらかだからな」

自嘲気味にそう言う。少し悲しげに見えたのは気のせいだろうか。王族だというだけで、殿下自身を見ない人が多いのかもしれない。

「いつ、私がクレアだと?」

「踊っている君を見て、背格好が似ていると思った。黒髪にもしていたのだから、金髪でもあり得る。よほど足を見せるのが好きらしいな」

揶揄されて赤面する。

「別に見せるのが好きなわけでは………露出魔みたいにおっしゃらなくても……」

「周りの男どもの目を抉りたくなった」

「え?」

聞こえた言葉に耳を疑い、聞き返す。

聞き間違いでなければ、とても物騒な話だ。別の見方をすれば嫉妬しているようにも聞こえる。

「そんなこと、あり得ない」

「何がだ?」

思わず声に出してしまっていたらしく、聞き返されてそのことに気づく。

「あ、いえ、別に………あの、お話というのは、そのことでしょうか、それで、殿下は私をどうされるのですか?」
   
殿下に近づいて何か企んでいると疑いをかけられ、その疑惑を抱えたまま自分を側に置いてもらえるとは思わない。

「殿下のお立場を考えると怪しいと思う者を側においたままにもしておけないでしょう。私が殿下の護衛としてお側にあがったのは本当に偶然です。ウィリアムさんからハレス卿を紹介していただき、ハレス卿が私の腕を見込んで宰相閣下に推薦してくれた。本当に他意はございません。小さい頃から自分の身を護るためだけでなく、誰かの役に立てたらと思っていました。そう思って護衛を引き受けました」

黙ったまま、殿下は私の話を聞いてくれている。
私は失敗したのだろうか。
メイドとしては、もちろんスーパーメイドさんの域には達していない。私がメイドとして価値がないことはわかっている。
では、私が殿下の側にいる価値は?
護衛として役立てられないなら、いつ首になってもおかしくない。

「ですが、護衛としてお役に立てないなら、私がこのまま殿下のお側に居続けることも無意味だと思います。ワイン娘の約束もあり、今日までずるずると来てしまいましたが、正式には私を雇われた宰相閣下なりから通達を受けるべきでしょうけど、もしご不満なら、首になる覚悟はあります。ご指示に従います」

殿下のお心のままに。

そう言って私は臣下の礼を取って胸に手をあて頭を垂れた。
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