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87 終わってはみたものの……

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一旦踊りは終わったが、周りの観衆からの拍手が次第に手拍子となり、私たちは相談して一人ずつ中央に進み出て、優雅にカーテシーをした。
まずはマリー、次はモリー、ミーシャ、フレア、そして私、最後はジュリアの順に。

彼女たちの名前を知る人たちが名前を叫ぶと、そちらに向けて手を振る。
そうでなかった人たちもそれを聞いて名前を呼ぶ。

私の名前を知る人たちは少ない。それでもマリリンさんなど、数少ない私を知る人たちから声がかかる。

お辞儀をして再び顔を上げると、正面に護衛騎士に囲まれた殿下がいた。
側にはウィリアムさんやクリスさんたち、それにフィリップ司祭もいた。

周囲の人たちが笑顔で拍手喝采してくれる中、何故か殿下は呆然とした顔をしている。すぐ横のウィリアムさんは手を振ってくれているが、苦笑いしている。司祭も顎に手をあてて何やら考え込んでいる。

いつからそこにいたのかわからないが、私たちの踊りがお気に召さなかったのだろうか。
万人に受け入れてもらえるとは思っていなかったが、せっかく祭りを盛り上げようと皆で頑張ったのに何だか残念だ。

呼び掛けてくれるマーサさんたちに微笑みかけ、ジュリアさんと交代するため後ろを振り向くと、視界にユリシスさんの姿を見留めた。

私がそちらを見たことに気づき、彼が軽く会釈してくれたので、私もぺこりと頭を下げた。

元の位置に戻り再び正面を向くと、カーテシーするジュリアさんの向こうで、まるで信じられないものを見たという風の殿下の表情が目に入った。

すぐさま彼は隣のウィリアムさんに私たちの後ろを指差し、何人かが動く。

護衛騎士の突然の動きに周囲の観衆もただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ざわざわとする。

何があったのかと振り返るが、いつの間にかユリシスさんはいなくなり、そこにいる人たちから特に異変は感じない。

その内護衛騎士たちもそこにたどり着くが、周囲を見渡し目的が果たせなかった様子で殿下のところに戻っていった。

戻ってきた騎士に何やら耳打ちされて殿下は悔しそうな顔をする。

「ローリィ、ほら、みんなに手を降って」

ジュリアさんに促され、私は慌てて周囲に手を振る。
樽の側面に大勢の人たちが炭で印を付けていってくれるのを見て、フレアたちはかなり興奮している。

「これは、もしかすると、もしかだね」

踊りや演奏のために決められた時間外に何かするのは違反となるため、これ以上何かを披露することはできないので、踏み残した葡萄を見つけては潰す。
潰した葡萄の汁は飼料として家畜の餌に回されるということで、無駄にはされない。

そう言えば、お気に入りがいたらどうとかの話があったが、皆はどうするのだろう。
側にいたミーシャさんにそのことを訊ねる。

「実は私、クリスさんがいいかなぁって思ってるんだ。館でもけっこういい感じだったんだけど、今は殿下の護衛だし、無理かな」

恥じらいながらそう言う彼女がとても可愛くて、私は思わず手を握った。

「じゃあ、ここにいたらダメだよ。前に行かないと」

「え、でも、彼がどう思ってるとか、わからないし」

「でも殿下の側にいないといけないなら、こっちにこれないじゃない。ほら」

私は躊躇う彼女の背中を押した。

戸惑いこちらを不安そうに見るミーシャに私たちは頑張れと、口だけを動かす。

おずおずと彼の側にミーシャさんが近づくと、それに気づいたクリスさんがウィリアムさんに何か囁き、頷いたウィリアムさんが殿下に何やら伝える。

厳しい顔つきをしていた殿下が驚きを見せ、クリスさんとミーシャさんに視線を移す。

殿下が頷くとクリスさんが途端顔面に笑みを浮かべ、樽に近づきミーシャさんに手を伸ばした。

彼女は迷うことなく彼の胸に飛び込んだ。

周囲から一気に歓声があがる。

お見合いパーティーのカップル成立の瞬間ってこんな感じなのかと、私はこちらに幸せいっぱいの笑顔を見せるミーシャさんと照れ臭そうなクリスさんを見てホロリとした。

気がつけば、皆もすでに動きだし、護衛騎士や私の知らない誰かの側に近寄っていく。

「ローリィ」

ウィリアムさんに名前を呼ばれてそちらを見ると、彼が手招きしている。

「何ですか?」

近づくとウィリアムさんが布地を持って私に手を差し伸べる。

「え」

私の相手はウィリアムさん?いや、彼には立派な奥さまが、と思っていると、耳を貸せという仕草をされて言われるままにそうする。

「とりあえず、俺に身を預けろ。キルヒライル様が君に訊きたいことがあるそうだ」

「え」

驚いて殿下の方を見ると、目があった。

その視線はクリスさんや他の男性方がミーシャさんたちを見ていた甘いものではなく、眉間に皺を寄せた厳しいものだった。


あれ、私、何かやらかしたのかしら。
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