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81 強力な助太刀

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ウィリアムさんとは少し前にマシューさんと会った時以来の再会だった。

殿下の前で礼を取ったウィリアムさんは私を見て「久しぶり」と声を出さずに挨拶してくれた。
私も軽く手を振り挨拶を返した。

そのやり取りを横から見ていた殿下が、すっと私とウィリアムさんの間に入り視界を遮る。

「話は書斎で聞こう。彼らのことは執事に任せる。チャールズ、後を頼む。馬を厩舎へ、今日はもう代理の仕事はいい」

最後の指示は私に向けて発せられ、手綱を私に預け、中に入ろうとする。

「ドルグラン、何をしている。ついてこい」

「はい」

立ち上がり殿下の後を追いかける前に、ウィリアムさんは私の方を見て「またあとでな」と手を振った。
私は承諾の意味で人差し指と親指で丸を作る。

ウィリアムさんの頭の向こうでこちらを睨む殿下の視線があって、慌てて馬を連れて行く。
また急に機嫌が悪くなったみたいだ。

クリスさんたちは騎士団同士の会話で盛り上がっている。

急にお役ごめんとなった私は馬を厩舎に連れていき、ネヴィルさんのところへ行くことにした。



「これが国王陛下と宰相閣下からの書簡です」

「兄上からもか?」

書斎の入り口で差し出された二つの書簡を見て、それを持ってきたドルグランという男を見る。

「座れ」

書簡を受け取り、手前の応接椅子を指し示し、自分は奥の執務机の方に歩いていく。

まず、どちらから読むべきか迷い、宰相からの方を手に取る。
勘だが、兄からの書簡はロクなことを書いていないような気がする。

ジークからの書簡には、自分が問い合わせた内容についての回答が書かれていた。
ローリィはロイシュタールの南の国境近くの都市、カナンの準貴族の娘で、武術も読み書きもひととおりのことはできるということで今回雇いいれたとあった。
ひととおりであそこまでできるとか、にわかに信じられなかったが、ジークが嘘を言う必要もなく、ジークの人脈ならそういった伝もあるのかもとも思う。
受けた教育が高度なだけに、間者では?という疑いもあり問い合わせたたが、間者ならもっと控えめで、目立たないものであるはずだ。
彼女は目立ちすぎる。
後は昨日の襲撃の件を受けて警護の増員を図るべく、人を派遣するというものだった。

次にしばらく考え、兄からの書簡に手を伸ばす。
兄のことは好きだし尊敬している。だが時々煩わしいくらい干渉してくる。
今回もそのようなものかもしれないと、半ば覚悟して目を通す。

「……………」

そこに書かれた文字を見て、しばらく固まる。そして裏返してみたり、もう一度封筒の中を覗いてみたり、宰相からの書簡が入っていた封筒も覗いてみる。

「ドルグラン………と言ったか?」

「はい、殿下」

書簡を携えてきた人物に訊いてみる。

「書簡の内容について、何か伝言はなかったか?」

「………?いえ、特には宰相閣下からお預かりしたままをお渡ししただけで、中身については特に何も伺っておりませんが」

「…………そうか」

もう一度兄からの書簡に目を向け、そこに書かれている言葉の真意を考える。

『頑張れ、健闘を祈る。兄より』


何を頑張る?何かを後押しされているようだが、さっぱりわからない。襲撃犯の捜索についてだろうか。それをわざわざ手紙で?もう一枚あるのかと探してみるが、それもない。

ちらりとそこにいる人物の方を見て、訊いてみるか考える。
わからないのは自分だけで、これを見たら彼なら何のことかわかるかも、と思い、なぜか踏み切れない。
先ほど、彼は彼女と以前から見知っているようだった。それも単なる顔見知りでなく、とても親しい間柄のように見受けられた。
自分の頭を通り越して、まるで家族やそれに近い関係の者だけが放つ親密さを二人の間に感じた。

兄からの書簡について彼に訪ねるということが、何やら負けたような気がする。
だが、疑問を疑問のままにしておくのも気がすまない。

「そなた、この意味がわかるか」

兄からの書簡を掲げ、彼に訊ねる。

ドルグランは立ち上がり、書簡を受け取りその文面を読む。

「…………あー」

彼はわかったのかわからないのか、どちらとも言えない反応をする。

ウィリアムはどう答えていいかわからず、困惑した。

ローリィとのことを言っているのはわかるが、それを言ってもいいのだろうか。

「………申し訳ありません。陛下のお考えなど、私のような者がわかろうはずがございません」

ここは知らないことにする。

「そうか………変なことをきいて悪かったな」

「いえ………お役に立てませず、申し訳ありません」

ウィリアムは改めて王弟殿下の顔を間近で眺めた。
彼は座っていてウィリアムが立っているので見下ろす形になったが、ロイシュタール王家に多い国王と同じ銀髪、整った顔立ちの貴公子。顔の傷は目を引くが決して彼の美貌を損なっておらず、むしろ引き立てている。
国王の明るい琥珀の瞳とは反対に、濃い紺色、というか藍色の瞳は冷ややかに見えがちだが、こうして見るとそれほど冷たい印象はない。

それに、先ほど自分とローリィが挨拶を交わした際に取った彼の行動は、勘違いでなければ、嫉妬のようにも見える。

「ところで、そなたはローリィとは面識があるのか?」

今まさに彼女について考えていたので、ウィリアムはビクッとした。

「はあ、面識というか、家にも招いたことがあります」

「家に?それほど親しいのか」

自分とローリィの仲が思った以上に親密だとわかり、途端に殿下の表情が険しくなる。

「親しいというか、もともとは私の父の知り合いでして、父が娘のように大事にしているので、私や弟としては妹のようなものです。妻ともども仲良くさせてもらっています」

本当は自分と彼女の仲を誤解させてもよかったのだが、ここはそういう点で敵ではないことを明かす。

「ですので、彼女には家族のような愛情はありますが、恋愛感情はありません。ご安心ください」

「な………」

ウィリアムの言葉は彼を動揺させたようだ。

「私は……そのような」

耳まで赤くして動揺する姿にウィリアムは好感を覚えた。
それなりに自覚はあるようで、国王の心配は杞憂だとわかる。

宰相と国王の間で彼女は商家の出だということになっているはずなので、出自については触れないでおく。

「無礼を承知で申し上げます。殿下がこの先どうされるか私の口出しすることではございませんが、一時の気まぐれや物珍しさからなら、どうか考えをお改めいただきますように」

王弟殿下ほどの地位にあれば、気まぐれに手を出されても使用人の立場では拒むこともできない。かなり不敬ではあるが、ウィリアムは彼の気持ちがどの程度のものなのか推し量るため、あえてそう言った。

「気まぐれや物珍しさ?そなた、私をそのような男だと思っているのか、侮辱にも程があるぞ」

彼はウィリアムが自分を男としては最低の部類に入る者たちとひとくくりにされて腹を立てた。
確かに一部にはそういう者がいることは知っている。高い地位にいるからと言って行いも立派とは言えない輩もおり、身分の低い者は泣き寝入りするしかないことも知っている。
世の中が力のある者に都合のいいようにまわることがあることも、理解している。
すべてを罰することも、そういった考えを持つ者をすべて改心させることが不可能であることもわかっている。
だが、自分がそういった者たちと同類だと思われるのは心外だ。

「これは、大変失礼いたしました。けっして殿下がそのような方だと思っているわけでは………」

ウィリアムは慌てて謝罪した。

「ですが、殿下がそういう価値観の方であったとしても、世の中はそう甘くはありません。この世には法というものがあり、秩序を重んじる傾向があります。前例のないこと、そこから大きくはみ出す行いは、時として反発をかいます」

身分差のことを指摘する。
気まぐれに手をだしても殿下ほどの身分なら、痛くも痒くもない。泣くのは立場の弱い方、この場合はローリィだ。

「声を荒げて悪かったな。言われなくてもわかっている。立場を考えて行動するべきなのは私の方だ。身分は偉ぶるためにあるのではない。必ずそこに責任が伴う。そしてそれを盾に無理矢理推し進めても、必ず上手くいくとは限らない。政治にしても同じことが言える」

そこまで考えているのであれば、ウィリアムにはそれ以上何も言うべきことはなかった。

「私は何があっても殿下の味方です。このウィリアム・ドルグラン、誠心誠意お仕えいたします。どうか、殿下の腹心としてお使い下さい」

深々と立礼し、絶対の服従を誓う。

「頼りにしているぞ」

護衛としての力量はどの程度のものかわからないが、ウィリアムという強力な助太刀を得て、キルヒライルは宰相の采配に満足していた。

「ああ、それから、第一近衛騎士団団長から伝言がございます」

「ミハイルから?」

「はい、『お祭りを楽しんでください』ということです」

「ミハイルがそう言ったのだな」

「はい」

「………そうか」

アウグステン公爵と殿下の間にどのような話し合いがあったかわからないが、殿下は公爵からの伝言を訊き、その意味するところを察したようだった。
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