上 下
74 / 266

74 頑張ります

しおりを挟む
その後すぐに、レイさんたちがやって来た。私と殿下は互いにそれ以上気まずい思いをせずにすんだ。

遺体と共に男たちを荷馬車に乗せ、殿下と私はそれぞれ別々の馬に乗る。私たちが乗っていた馬は逃げた後、共に領主館の近くで見つかった。

館に戻ると殿下はチャールズさんやクリスさんと共に後始末に追われ、私は殿下の指示でマーサさんに傷の手当てを受けるべく自分の部屋に行くように言われた。

そして今に至る。

遠慮がちに扉が叩かれ、そっとフレアが中を除き込む。

「ローリィ、入っていい?」

「どうぞ」

私は寝台から体を起こし、手招きして彼女を迎え入れる。

「たいへんだったね、大丈夫?」

私のケガのことを心配して訊いてくれる。

「ありがとう、ちょっと背中に打ち身があるだけ。すぐに治るから」

そう聞いて彼女もホッとしたようだ。

「あのね、ケガで大変だと思うけど、今日、他の皆も連れてきたんだ。それと、昨日の衣装の話なんだけど、ちょっと試作品ができたから、見てほしいんだ」

昨日の今日でもう試作品ができたと聞いて驚いた。

「今朝、一番に話をしに行ってきたから」

へへへとフレアが笑う。それだけ楽しみにしているのだろう。気合いのいれ具合がすごい。

「みんなにも、ローリィを紹介したいし、入ってもらっていい?」

「ちょっと手狭かもしれないけど、どうぞ」

「みんなー、入っていいって」

扉から外に顔を出してフレアが声をかけると、ミーシャさんを先頭に同じ山車に乗る面々が入ってきた。
仕立て屋に勤めるマリリンさんの妹二人は双子さんで、マリーとモリー、メンバーの中で最年長ミーシャさんのお姉さんはジュリアさん。
二人部屋を一人で使わせてもらっているが、六人が入るとかなり窮屈だ。

「ミーシャに聞いた通り作ってみたんだけど、どうかな?」

マリーが祭りの衣装を既に着用しており、変更した部分を見せるように、裾を少しあげる。

私が提案したのはスカートの中に鮮やかな色裏地を付けるもの。表のスカートを持ち上げてチラチラと見せる。
前世でのフレンチカンカンの衣装を元にしている。
本場ならストッキングやガーターベルトを着けるが今回は葡萄を踏み潰すのでそれは止めておく。変わりにテニスのアンダーコートのような物を履く。いわゆる見せパンだ。

振り付けによっては太ももから下を丸見せすることもあり、かなり冒険的な試みだ。

「せっかくだから、それぞれ色違いにしようと思って、ほら、青、緑、黄、赤、紫、ピンクとかね」

ちなみにマリーは黄色だ。

「ほんとに皆いいの?その、足がかなり見えてしまうし、いやならいやって言ってください」

私は皆に確認する。男性には喜ばれるかもしれないが、一部の方からは確実に批判をいただくことになるだろう。
もちろん、振り付けではできるだけ足を見せる頻度も少なくするつもりだ。

「まあ、まったく恥じらいがないわけではないけど」

ジュリアさんたちもそこは少し考えたという。

「でも、今やらないと来年には結婚してできなくなるかも、それに、もしどこかの子達が先にやっちゃったら、二番煎じになってしまうでしょ?」

そうだ、そうだ、とみんなが頷く。
皆が思い切りのいい子達ばかりで助かった。

その後、私の衣装のために採寸をし、一通りの振り付けを教えあった。
互いの立ち位置を決め、連携した振り付けについて打ち合わせをし、誰がどの色にするか決めた。

マリーは黄、モリーがピンク、フレアが青、ミーシャが緑、ジュリアが赤、私は紫。

パン屋のジュリアは朝が早いということで、その日は早いうちに解散とした。各自練習をして三日後くらいにまた会うことにして、私の衣装もその時に仮縫いということになった。

マリリンさんの旦那様が皆を迎えに来てくれ、三人はそれぞれの家に帰って行った。

皆が帰ってからしばらくフレアたちと練習をし、彼女たちは残りの仕事に戻っていった。

フレアたちが部屋を出ていくと、マーサさんが夕食を運んできてくれた。
今日だけはゆっくりしなさい、という気遣いからだったが、収穫祭の踊りのことや何やらで少しもおとなしくしていないことで、マーサさんに小言を言われた。

マーサさんはこちらの世界の母さまより、前世のお母さんに似ていた。共働きでいつも忙しくしていた印象がある。
大学進学と同時に家を出て、就職してからも殆ど帰らなかった。いつでも会えるという甘えがあったかもしれない。
あんなに突然、死ぬなんて思わなかった。
私が胸を撃たれて死んだって聞いた時、お母さんはどう思っただろう。親不孝だったなぁ、ごめんね、お母さん。なんて思っていると、じわっと涙が滲んだ。

「え、あら、ごめんなさい、きつく言ったつもりはなかったんだけど」

私の涙を勘違いしたマーサさんが慌てる。
私は違う違うと首を横に振るが、通じなかったようだ。

「兎に角、今日はもう休みなさい」

私はマーサさんに無理やり寝台に押し込められた。

まだ眠くはなかったが、彼女の言うとおりにする。いきなり涙ぐんで驚かせてしまった負い目もある。

「マーサさん」

ポンポンと私の頭を撫でるマーサさんに声をかける。

幼児扱いには目をつぶる。

「何ですか?」

優しく見下ろしてくれる彼女の目を見つめる。

「質問の答えですけど……」

「ああ、キルヒライル様が好きか嫌いか、という話?」

マーサさんは寝台に腰掛けた。

「安心して下さい」

「……え?」

「キルヒライル様のことは好きです。立派な方だと思います。私、もっともっとお役に立てるように頑張りますね」

「…………」

「?………マーサさん?どうかしましたか?」

「いえ……そう、そうね、でもあんまり気負い過ぎてはだめよ」

「はい」

「じゃあ、私はまだ仕事があるから。ゆっくり休んで」

「……はい、ありがとうございます」

キルヒライル様のことは好き。
ありのまま、受け入れてくれる懐の大きい人。無茶をすればきちん叱ってくれて、身分が高くても奢らず、下の者にも分け隔てなく大事にしてくれる。
ちょっと意地悪なところもあるけど。
暖かくて力強い腕に抱きすくめられると、こんな自分でもか弱い存在に思えた。
でもそれではダメだ。
護衛なら、殿下にあんな心配をさせてはいけない。
ちゃんと殿下に護衛として受け入れてもらえるように、もっと頑張らなくては。

護衛としてならいつまでも側にいられる。落馬でこんなケガをしている場合ではない。

祭りでもしっかり盛り上げて、殿下の威信を示すのだ。

いつか、キルヒライル様がどこかのご令嬢と結婚しても、優秀な護衛として、側にいさせてくれるかも知れない。

キルヒライル様がどこかの誰かと結婚する。
その時は笑って祝福しよう。
胸が苦しいのは落馬のせい。そうに決まってる。

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...