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67 突然婚約者
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会場の視察を終えたのはお昼少し前だった。
商会で簡単な軽食をいただいていると、デリヒ氏がもしよかったら馬を一頭お貸しいたしましょうか、と提案してくれた。
会場の視察に行く際も私が殿下と同じ馬に乗っているので、街の人たちが奇異な目を向けていた。
ただでさえ、公爵、ご領主様御一行ということで注目を集めるところに、殿下に手綱を握らているとあれば申し訳ないと思ってくれたようだ。
「では、表に馬をまわしておきます」
デリヒ氏は傍らにいた使用人に馬を回すように指示する。
表に回ると、殿下たちが乗ってきた馬に加え、黒い鬣の茶色い雌馬が私たちを待っていた。
私たちはそれぞれ馬に跨がり、午後の巡回に出発した。
殿下と同じ馬に乗る緊張から解放されて、私は今にも踊り出しそうなくらいご機嫌だった。
あまりにもニコニコしていたのが気にさわったのか、殿下はそんなに私と一緒にいるのが嫌だったのか、と嫌味をぶつけてきた。
「いえ、いやとかそういうのではなくてですね…」
恥ずかしかったとも言えず、わたわたしてしまった。
「殿下もお嫌だったでしょう?もっと小柄ならいいですが、こんなでっかい女。しかも、ズボンを履いて男みたいですし」
「ズボンを履けとは誰も言っていない」
勝手にズボンを履いたのは確かに私だ。
「それに、小柄だとか背が高いとか、そんなことで私の評価は変わらない。本当に嫌なら最初から乗せはしない」
少し前を行く殿下は振り返らずにそう言った。
少々ぶっきらぼうに聞こえたが、その言葉が本心かどうかは別にして、見かけで評価は変わらないという言葉が胸を差した。
「殿下のおっしゃるとおりだ。それになかなか似合ってる。さっきの商会の受付にいたお嬢さん方も見惚れてたじゃないか」
クリスさんも、レイさんも誉めて(?)くれた。
「うまいこと言っても何も出ませんよ」
私は何だかふわふわした気持ちになった。
殿下は身分や見かけで人を判断せず、ありのままを受け入れてくれる。
私だけに向けた特別な言葉でなかったとしても、認めてもらえたようでうれしかった。
「また、今朝差し入れてくれた飲み物を作ってくれればいい」
何も出ませんという言葉に殿下がそう言う。
「そうだ、あれ、旨かったぞ」
レイさんもまた頼むと声をかけてきた。
「あんなので良ければ、いつでもどうぞ」
そんな風に、会話をしながら今日最初の農場に着いた。
農場に着いて、昨日回った所と対応が違うことに気がついた。
畑にまわり収穫の様子を見せてくれたりするのは昨日と同じだったが、見回りが終わりお茶でも、ということになった時に昨日とは違うことがあった。
相変わらず、あれもこれも食べてくださいと薦めてくれるのだが、昨日は農場主は殿下の側に娘やら姪やらを座らせていたのが、今日はピタリとなくなった。
たまたまそう言った女性がいなかったかも知れないと思いつつ、次の場所に行くと、そこもやはり同じだった。
それはそれで殿下にとってはありがたいことだったが、手の平を返したような対応の違いに薄気味悪さがにじみ出る。
三ヶ所目もそうだったので、これは何かあるかと確信する。
四ヶ所目で畑の見回りを終えて案内されたテーブルに殿下が座る。
お連れのかたもどうぞ、と言われたので殿下と反対側の隅に皆で座ろうとすると、私だけ手を引かれて殿下のすぐ側に連れて行かれた。
「あの、どうして私をここに?」
案内してくれた農場主の奥方に訊ね、殿下の方も見るが、知らないと首を振る。
「あら、お聞きしましたよ。ご婚約者でしょう?」
「「え」」
奥方の言葉に私と殿下は同時に驚き、ひきつった顔で互いを見つめた。
「わざわざ男装までなさってご一緒に領地を巡回されていらっしゃるなんて、ご立派ですわ」
「ど、どどどど」
「どどどど?」
「どこの誰がそのようなことを?」
そう言いたかったが、動揺して上手くしゃべれなかった私の代わりに殿下が訊ねる。
動揺しているのは私だけなのか、この大きな勘違いにどうしてそんなに冷静なのか謎だ。
テーブルの向こうで、話が聞こえているのか、複雑な顔をしているクリスさんとレイさんが見えた。
「農場長からうかがいましたわよ。てっきり男の方だと思っていたら、殿下から女性の方だと伺って、農場長のお嬢様の給仕を断られてご婚約者様の入れたお茶をご所望になられたとか」
違ってましたかしら?と奥方は言う。
確かにあっている。合っているが、何かが間違っている。
「どうして彼女が私の婚約者だと?」
そうだ、婚約者のこの字だって出ていないじゃないか、どう聞き間違えたらそうなるのか。
「王都からわざわざお連れになられたのでございましょう?」
それも間違っていない。
でも婚約者だと勘違いされるような出来事もなかった筈だ。
「ネヴィルさんの代わりといえど、男装してまで殿下の側に付き添われて、殿下も一緒に馬に乗って楽しそうでいらっしゃったとうかがいましたわよ。娘や姪を売り込もうとした方々が真っ青になっていたそうですわ。よりによってご婚約者の前で他の女性を売り込もうとしたのですから」
「……そうか」
殿下は愉快そうに笑った。だめだ。そこで否定して下さいよ。勘違いを肯定したことになってしまう。
「ち、ちが……違います!誤解です!私は本当にネヴィルさんの代理ですから」
自分でも驚くくらい大声で否定する。
「あ、あら、違うのですか?」
勘違いに今度は彼女が慌てている。
「もうばらしたのか」
残念そうに殿下が呟いたのが聞こえた。
商会で簡単な軽食をいただいていると、デリヒ氏がもしよかったら馬を一頭お貸しいたしましょうか、と提案してくれた。
会場の視察に行く際も私が殿下と同じ馬に乗っているので、街の人たちが奇異な目を向けていた。
ただでさえ、公爵、ご領主様御一行ということで注目を集めるところに、殿下に手綱を握らているとあれば申し訳ないと思ってくれたようだ。
「では、表に馬をまわしておきます」
デリヒ氏は傍らにいた使用人に馬を回すように指示する。
表に回ると、殿下たちが乗ってきた馬に加え、黒い鬣の茶色い雌馬が私たちを待っていた。
私たちはそれぞれ馬に跨がり、午後の巡回に出発した。
殿下と同じ馬に乗る緊張から解放されて、私は今にも踊り出しそうなくらいご機嫌だった。
あまりにもニコニコしていたのが気にさわったのか、殿下はそんなに私と一緒にいるのが嫌だったのか、と嫌味をぶつけてきた。
「いえ、いやとかそういうのではなくてですね…」
恥ずかしかったとも言えず、わたわたしてしまった。
「殿下もお嫌だったでしょう?もっと小柄ならいいですが、こんなでっかい女。しかも、ズボンを履いて男みたいですし」
「ズボンを履けとは誰も言っていない」
勝手にズボンを履いたのは確かに私だ。
「それに、小柄だとか背が高いとか、そんなことで私の評価は変わらない。本当に嫌なら最初から乗せはしない」
少し前を行く殿下は振り返らずにそう言った。
少々ぶっきらぼうに聞こえたが、その言葉が本心かどうかは別にして、見かけで評価は変わらないという言葉が胸を差した。
「殿下のおっしゃるとおりだ。それになかなか似合ってる。さっきの商会の受付にいたお嬢さん方も見惚れてたじゃないか」
クリスさんも、レイさんも誉めて(?)くれた。
「うまいこと言っても何も出ませんよ」
私は何だかふわふわした気持ちになった。
殿下は身分や見かけで人を判断せず、ありのままを受け入れてくれる。
私だけに向けた特別な言葉でなかったとしても、認めてもらえたようでうれしかった。
「また、今朝差し入れてくれた飲み物を作ってくれればいい」
何も出ませんという言葉に殿下がそう言う。
「そうだ、あれ、旨かったぞ」
レイさんもまた頼むと声をかけてきた。
「あんなので良ければ、いつでもどうぞ」
そんな風に、会話をしながら今日最初の農場に着いた。
農場に着いて、昨日回った所と対応が違うことに気がついた。
畑にまわり収穫の様子を見せてくれたりするのは昨日と同じだったが、見回りが終わりお茶でも、ということになった時に昨日とは違うことがあった。
相変わらず、あれもこれも食べてくださいと薦めてくれるのだが、昨日は農場主は殿下の側に娘やら姪やらを座らせていたのが、今日はピタリとなくなった。
たまたまそう言った女性がいなかったかも知れないと思いつつ、次の場所に行くと、そこもやはり同じだった。
それはそれで殿下にとってはありがたいことだったが、手の平を返したような対応の違いに薄気味悪さがにじみ出る。
三ヶ所目もそうだったので、これは何かあるかと確信する。
四ヶ所目で畑の見回りを終えて案内されたテーブルに殿下が座る。
お連れのかたもどうぞ、と言われたので殿下と反対側の隅に皆で座ろうとすると、私だけ手を引かれて殿下のすぐ側に連れて行かれた。
「あの、どうして私をここに?」
案内してくれた農場主の奥方に訊ね、殿下の方も見るが、知らないと首を振る。
「あら、お聞きしましたよ。ご婚約者でしょう?」
「「え」」
奥方の言葉に私と殿下は同時に驚き、ひきつった顔で互いを見つめた。
「わざわざ男装までなさってご一緒に領地を巡回されていらっしゃるなんて、ご立派ですわ」
「ど、どどどど」
「どどどど?」
「どこの誰がそのようなことを?」
そう言いたかったが、動揺して上手くしゃべれなかった私の代わりに殿下が訊ねる。
動揺しているのは私だけなのか、この大きな勘違いにどうしてそんなに冷静なのか謎だ。
テーブルの向こうで、話が聞こえているのか、複雑な顔をしているクリスさんとレイさんが見えた。
「農場長からうかがいましたわよ。てっきり男の方だと思っていたら、殿下から女性の方だと伺って、農場長のお嬢様の給仕を断られてご婚約者様の入れたお茶をご所望になられたとか」
違ってましたかしら?と奥方は言う。
確かにあっている。合っているが、何かが間違っている。
「どうして彼女が私の婚約者だと?」
そうだ、婚約者のこの字だって出ていないじゃないか、どう聞き間違えたらそうなるのか。
「王都からわざわざお連れになられたのでございましょう?」
それも間違っていない。
でも婚約者だと勘違いされるような出来事もなかった筈だ。
「ネヴィルさんの代わりといえど、男装してまで殿下の側に付き添われて、殿下も一緒に馬に乗って楽しそうでいらっしゃったとうかがいましたわよ。娘や姪を売り込もうとした方々が真っ青になっていたそうですわ。よりによってご婚約者の前で他の女性を売り込もうとしたのですから」
「……そうか」
殿下は愉快そうに笑った。だめだ。そこで否定して下さいよ。勘違いを肯定したことになってしまう。
「ち、ちが……違います!誤解です!私は本当にネヴィルさんの代理ですから」
自分でも驚くくらい大声で否定する。
「あ、あら、違うのですか?」
勘違いに今度は彼女が慌てている。
「もうばらしたのか」
残念そうに殿下が呟いたのが聞こえた。
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