転生して要人警護やってます

七夜かなた

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66 顔役たちとの会議

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次の日の朝早く、殿下は裏庭でクリスさんたちと剣の鍛練を行っていた。
王都にいた頃は王宮の騎士団専用の訓練場で鍛練していたそうで、実際に彼の剣技を見るのは初めてだった。

幼い頃から騎士たちと剣の鍛練をしてきただけあって、太刀筋は正統な騎士そのものだった。
そこに彼なりのセンスが加えられ、確かにかなりの腕前だった。
打ち負かすのでなく、言うならば、サッカーのドリブル、テニスのラリーのように、体力の続く限り檄を交わし合う。
一撃一撃を大事にしながら丁寧に斬り込んでいく。
少しクリスさんの方が押されぎみになり、どんどん後ろに下がり防戦一方になっている。
あっという声と共にクリスさんの手から剣が飛び、そこで打ち合いは終了した。
鍛練のはずなのに何だか殿下の気迫がすごい。

朝の気温はそれほど高くないが、二人ともうっすら汗をかいているのを見て、私は厨房に向かった。

水と塩、蜂蜜を混ぜレモンを絞る。
もう一つ、水と葡萄ジュース、塩を混ぜた簡単スポーツドリンクを作った。
モーリス師匠と鍛練の際に良く作っていたのを思い出す。

「お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

タオルで汗を拭き、エリックさんとレイさんが打ち合いをしているのを見ていた二人にすすめる。

先にはちみつレモン水の方を注いで渡し、クリスさんにも同じものを渡す。

「うまい」

殿下はごくりとはちみつレモン水を一口飲み、そう言ってごくごくと一気に残りを飲み干した。
この世界の飲み物といえば、水、ワイン、お茶、果実を絞ったジュース、後はハーブティ。乾きを潤したり、それ自体を楽しむものばかり。
経口補水液やスポーツ飲料の考え方はほとんど知られていない。

あまり詳しいことを言ってもなぜそんなことを知っているのかと問い詰められるため、ただ水を飲むよりはこちらの方が美味しいからだと適当にごまかす。
殿下はその言葉を素直に受け取っていないのか、目を少し細めて窺うように私を見たが、敢えて何も言わず、色の付いた方のドリンクに目を向けた。

「こっちは?」

一度口にしてしまえば、もう一方の方も気になる。

葡萄ジュースを混ぜたものだと答えた。

空になったグラスにそちらを注ぐと、今度は躊躇うことなく一気に飲み干す。

レイさんたちも手を止めて、私たちの側に近寄ってくる。

「何が入っている?甘いのはハチミツか?」

「そうです。砂糖でもいいのですが、後はほんの少しの塩と、レモンの絞り汁。こちらは葡萄ジュースと同じ量の水と塩です」

四人は二種類のドリンクをいっぱいずつ飲み、一息付いたところで朝の鍛練を終えた。

手早く着替えを済ませ、昨夜言っていたように、まずは街の顔役代表のところへ行くことになった。

エリックさんは今日も別行動ということで、ネヴィルさんの馬ももうしばらく養生が必要なため、私は今日も殿下と同じ馬に乗っていく。

顔役代表は街で商いをやっていて、名前をアルバ・デリヒというそうだ。ワインは公爵の直轄でつくっているが、容器である瓶やラベルは彼の商会から買いつけている。
そして出来上がったワインも彼の商会の流通を使っている。
他にも手広くやっていて、領内の品物はほぼ彼が関わっていると言っていい。

着いたのは彼の自宅ではなく、商会の事務所の方だった。

商会の事務所は街に入って少しのところにある。

クリスさんが先に馬から降りて中に入り、殿下の到着を告げると、慌てて出てきたのは、チャップリンのような髭をした細身のおじさんだった。

「殿下、お待ち申し上げておりました。申し訳ございません。本来なら私どもが伺うべきところ、お越しいただきまして」

デリヒ氏が恐縮して近づき、馬上の殿下を仰ぎ見る。

一瞬、殿下の右頬の怪我にちらりと目を向けたが、交渉慣れした商人である、顔の表情は崩さず右手を胸に置いて四十五度のお辞儀をする。

「祭りの準備で忙しいだろう。それに、私も準備の様子を見たかったから、そうかしこまるな」

殿下が馬から降りたので、私も降りる。
殿下はデリヒ氏に向かって「ネヴィルの代理だ」と、私を軽く紹介する。
互いに「よろしく」と挨拶を交わす。
デリヒ氏と一緒に出てきた下男の方が手綱を受け取り、馬を裏口につれていく。

「さあ、どうぞ、中へ」

殿下、私、クリスさん、レイさんと続いて中に入る。

そこは受付とロビーを兼ねている空間で、簡単な打ち合わせのできる応接セット、美しい絵画や調度品が置かれていた。
受付には綺麗なお姉さんが二人、立ち上がって主と共に入ってきた私たちを、お辞儀をするのも忘れて見つめている。

「オホン」

その様子を見て、デリヒ氏が軽く咳払いすると、はっと我に返り慌ててお辞儀をして「いらっしゃいませ」と挨拶をする。

「申し訳ございません。指導が行き届かず」

デリヒ氏が失礼を詫び、殿下は気にするなと取り成す。

雇い主に窘められ、彼女たちはすっかり青ざめ涙目になっている。

私は彼女たちを安心させようと、にっこりと大丈夫ですよ、と微笑んだ。

「………!」

彼女たちは今度はたちまち頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。

視線を感じ横を見ると、何やら言いたげな殿下の目とぶつかった。

「………どうかされましたか?」

勝手に声をかけてはいけなかったのだろうかと考え、訊ねると「いや……」と言う答えが返ってきた。

何かしてしまったかと首をかしげていると、今度は後ろから笑いを噛み殺すクリスさんとレイさんの声が聞こえた。

何がおかしいのかと振り向むく。

「何がおかしいんですか?」

振り向くと二人は私と受付のお姉さんたちをちらりと見たが、最後に殿下を見てさっと笑いを引っ込めた。

「行くぞ」

そう殿下が言った時にはこちらに背を向けて歩きだしたので、どんな表情をしていたのか見ることはできなかった。

私は受付のお姉さんたちに一礼し、数歩先に進んだデリヒ氏と殿下の後を追いかけた。

「皆さんこちらでお待ちです」

二階に上がり、あがってすぐの部屋の前でデリヒさんがそう言って「殿下がお着きです」と扉を開けて先に入り、入り口で体を避けて殿下を先に通す。
ガタガタと部屋にいた人たちが立ち上がる音が聞こえた。

殿下はクリスさんとレイさんに入り口前で待つように指示し、私を連れて中に入る。

殿下の後ろから入ると、お辞儀をして頭頂部をこちらに向け立っている人たちがいた。

「こちらへどうぞ。あなたはこちらへ」

殿下を上座に案内し、私には入口側の椅子をすすめると、デリヒ氏は一番殿下に近い所に設けられた自分の席まで行く。

「皆、顔を上げてくれ。昔のように堅苦しいのはなしだ」

殿下がそう言うと、皆緊張を解いてほっと顔を上げた。

ほとんどの人が久しぶりの領主を見て安堵し、顔の傷を見て辛そうな顔をしてから、はっと失礼をことをしたと戸惑いを見せた。

「気にするな。初めて見たら驚くのも無理はない。逆に男振りが上がったと思っている」

にこやかに顔の傷について殿下が語り、再び緊張した空気が緩む。

身分が高いことを鼻にかけず、見せた気遣いに私は思わず感心した。

「ネヴィルのことは聞いてくれていると思う」

殿下が先に座り、皆に座るように指示してから、入口に座る私を側に手招きして呼び寄せた。

「代わりを勤めるローリィだ。普段は王都の邸にいる」

側に立つ私を見上げ、自己紹介するように言われたので、転校生のような気持ちで挨拶する。

「ローリィと申します。ネヴィルさんのケガが治るまでの間、代理を勤めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

胸に手をあて会釈すると、その場にいる方たちから自己紹介を受けた。

集まったのは商会を切り盛りするデリヒ氏を含め五人。
鍛治職人、宿屋の亭主、大工の棟梁、仕立て屋の主。
この五人が顔役として祭りを初め、領内の色々な行事を取り仕切っている。

自己紹介が終わると、私は元の席に戻るよう言われ、会議が始まった。

議題は当然目前に迫った収穫祭のことである。

各々がそれぞれの立場から現在の進捗と今後の作業内容、考慮すべき事案などを報告し、問題について話し合う。
会議の議事録はデリヒ氏の秘書が行っているため、私は専ら皆の話を聞いているだけだった。

殿下は一人一人の話を熱心に聞き、意見が割れた時は自らの考えでどちらかを支持するか、別の打開策を打ち出すなどして、議長として会議を円滑に進めていく。
決して特定の誰かを贔屓することなく、必ず皆を納得させて決定を下す。
すぐに答えが出せない事案は、指示を出して調査に当たらせる。
まさにタイム イズ マネー、時は金なり。これまで見たどの会議より有意義にすすみ、時間が有効に使われていると感じた。

その日の案件が全て終わると、殿下はネヴィルさんの落馬について、誰かが故意に事故を起こした疑いがあると告げると、彼らの中に動揺が走った。

「あの生真面目なネヴィルに恨みを持つものなど………」

皆が口を揃えて言う。ネヴィルさんが管財人としてその能力も人柄も認められていることが彼らの様子を見てもわかる。
彼個人を狙ったとはやはり考えにくい。

「狙いは私かも知れない」

皆が遠慮して言えなかったことを殿下が自ら言う。

「殿下………それは」

誰も否定もできなければ肯定もできない。

「今は収穫期で祭りも近い。普段より人の出入りも多く、見知らぬ者もたくさんいる。難しいだろうが、何か不審な点があれば何でも報告してくれ」

「わかりました」

デリヒ氏が代表して答えた。

最後にメイン会場となる広場を視察することになり、その場での話し合いは終了した。
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