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64 祭りの踊り
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その日の夜、夕食の後、今日記入した書類について殿下の検分をしてもらうことになった。
書き記した書類を殿下が確認する間、私は書斎の応接椅子に座って待つ。
ワイン醸造所で居眠りしかけている所を見つかり、かろうじて涎は垂れていなかったが、初日から失態を演じてしまった。
パサリと書類を置く音がしたので、そちらを見ると殿下の視線とぶつかった。
居眠りしかけていたのを見られてから、何かを探るような視線を向けられている。
「………いかがですか?」
あまりに沈黙が続くので何か不手際があるのかと心配になる。
「あの、殿下……何か間違っていましたか?」
「……いや、初めてにしてはよく書けている。字も読みやすい」
「ありがとうございます」
とりあえずは及第点と考えていいのだろうか。
その割には顔つきが険しい。
「何かお気に召さないことでも?」
「……少し考え事をしていただけだ。気にするな。今日はもう下がっていい。明日は朝の内に街の顔役代表のところに行く。今日と同じ時間には仕度を終えておくように。それとチャールズを呼んでくれ」
「……はい」
気にするなと言われたが、今日ほとんど一日を一緒に過ごし、怒ったり機嫌がよくなったり、最後には何やら考え込んでいる。
気にするなという方が無理だ。
それでも言われたとおり下がり、チャールズさんを呼びに行った。
体より精神的に疲れた一日だったが、休むにはまだ早い時間なので、私は使用人の休憩室に行くことにした。
「よう、もう今日はいいのか?」
休憩室にはクリスさん、レイさん、エリックさん、そしてミーシャさんとフレアがいた。皆でお茶を飲んでいる。
他にも何人か初めて会う使用人さんたちがいて、軽く自己紹介し合う。
マリリンさんたち既婚者は基本、通いのため、夕食前には帰宅していた。
今日一日別行動で動いていたエリックさんが、最初に声をかけてきた。
「………やだ、ローリィ、素敵ね」
フレアが私の出で立ちを見て見惚れるように呟いた。
クリスさんたちは私の男装は見たことがあるため、特に驚いていないが、ミーシャさんとフレアにはまじまじと見つめられた。
「ほんとう、なかなかの美少年ね。お姉さんはまっちゃうわ」
とは、ミーシャさん。からかうのはやめてくださいと、言って皆の側に座る。
「皆さんで何の話をしていたんですか?」
「お祭りのことを話していたの。そういえば、殿下に許可はいただいたの?」
ミーシャさんに訊かれ、初日に休みをもらう許可をいただいたと話す。
「じゃあ、代表に話しておくわね」
フレアは楽しみだわぁと既にお祭りモードだ。
ひとつの山車にだいたい五人から六人のグループになって乗り込む。メンバーは同じ職種だったり同じ村の出身だったり色々らしい。
ミーシャさんとフレアは同じ山車に乗り、他は仕立て屋で働くマリリンさんの二人の妹と、ミーシャさんのお姉さんだ。
ミーシャさんのお家はパン屋さんで、お姉さんはそこを継いでいるそうだ。最年長であるため、グループの代表になっている。
「そういえば、祭りの時は殿下はどのようなことをなさるんですか?」
領主なので、主催者の一番偉い人になる。当然会場でも一番高いところに座るだろう。
ミーシャさんの説明によれば、街の真ん中に大きな広場があり、そこが祭りのメイン会場となり、広場に山車の数だけの樽が置かれ葡萄踏みが行われるということだった。
山車は領内から四方に伸びる街道の入口からスタートして中央の広場までたどり着き、広場の時計塔前に作られた貴賓席の前で整列する。山車が全て整列してから、山車ごとに娘たちが順番に貴賓席へ挨拶をしてそれぞれの樽の前に行き、足を拭いたり準備をしてから梯子を使って中に入り合図と共に葡萄を踏む。
樽の中では踊ったり歌を歌ったり、楽器を鳴らしたりとそれぞれアピールしてもいいらしい。
そうして一番人を集めたグループが優勝し、最終日の領主館での宴会で領主とダンスが出来るらしい。
「で、皆さんはどんなことをするんですか?」
私ができる楽器といえばカスタネットやマラカスくらいだ。楽器がうりだと言われたら、たいした楽器もできない私は向こうから断られるかもしれない。
「いつも踊りなんだけど、そうするグループは多いからね。あまり目立たないんだ」
「どんな踊りを踊っているの?」
試しにどんな踊りか訊いてみると、ミーシャさんがフレア二人で踊ってみせてくれた。
それはフォークダンスに似ていた。
手を叩きあったり、繋いでくるくるまわったり。
舞屋の皆が踊る踊りは鎮魂や英雄への賛辞など、目的によって型が決まっていた。
彼女たちの踊りは円になって踊るものだ。
確かにこれを見せられた人は、どれも同じに見えてしまうだろうし、退屈だ。うまいか下手かも分かりにくい。
「どう?」
感想を求められて言葉につまる。
「特別上手く踊らないと目立たないんじゃないか?」
可もなく不可もない踊りに彼らは真面目に答える。
「優勝を目指すなら、それではダメだな」
観覧者から大多数の支持を得なければ一番にはならない。
この場合、男性の意見は至極大事だ。
要は目立てばいいのだ。何か決まりや、やってはいけないことはあるのか聞けば、人を傷つけるようなことはダメで、もちろん裸やそれに近い格好もダメ。
公衆衛生上よくない。
マリリンさんの妹二人が仕立て屋なので、衣装をつくるのは困らないそうだ。
「今年の衣装は決まってるんですか?」
祭りまで後少ししかない。加えて今から私の分も用意してもらうのだ。手を加えられることに限りがある。
ミーシャさんが部屋にあるというので、後で見せてもらうことにした。
書き記した書類を殿下が確認する間、私は書斎の応接椅子に座って待つ。
ワイン醸造所で居眠りしかけている所を見つかり、かろうじて涎は垂れていなかったが、初日から失態を演じてしまった。
パサリと書類を置く音がしたので、そちらを見ると殿下の視線とぶつかった。
居眠りしかけていたのを見られてから、何かを探るような視線を向けられている。
「………いかがですか?」
あまりに沈黙が続くので何か不手際があるのかと心配になる。
「あの、殿下……何か間違っていましたか?」
「……いや、初めてにしてはよく書けている。字も読みやすい」
「ありがとうございます」
とりあえずは及第点と考えていいのだろうか。
その割には顔つきが険しい。
「何かお気に召さないことでも?」
「……少し考え事をしていただけだ。気にするな。今日はもう下がっていい。明日は朝の内に街の顔役代表のところに行く。今日と同じ時間には仕度を終えておくように。それとチャールズを呼んでくれ」
「……はい」
気にするなと言われたが、今日ほとんど一日を一緒に過ごし、怒ったり機嫌がよくなったり、最後には何やら考え込んでいる。
気にするなという方が無理だ。
それでも言われたとおり下がり、チャールズさんを呼びに行った。
体より精神的に疲れた一日だったが、休むにはまだ早い時間なので、私は使用人の休憩室に行くことにした。
「よう、もう今日はいいのか?」
休憩室にはクリスさん、レイさん、エリックさん、そしてミーシャさんとフレアがいた。皆でお茶を飲んでいる。
他にも何人か初めて会う使用人さんたちがいて、軽く自己紹介し合う。
マリリンさんたち既婚者は基本、通いのため、夕食前には帰宅していた。
今日一日別行動で動いていたエリックさんが、最初に声をかけてきた。
「………やだ、ローリィ、素敵ね」
フレアが私の出で立ちを見て見惚れるように呟いた。
クリスさんたちは私の男装は見たことがあるため、特に驚いていないが、ミーシャさんとフレアにはまじまじと見つめられた。
「ほんとう、なかなかの美少年ね。お姉さんはまっちゃうわ」
とは、ミーシャさん。からかうのはやめてくださいと、言って皆の側に座る。
「皆さんで何の話をしていたんですか?」
「お祭りのことを話していたの。そういえば、殿下に許可はいただいたの?」
ミーシャさんに訊かれ、初日に休みをもらう許可をいただいたと話す。
「じゃあ、代表に話しておくわね」
フレアは楽しみだわぁと既にお祭りモードだ。
ひとつの山車にだいたい五人から六人のグループになって乗り込む。メンバーは同じ職種だったり同じ村の出身だったり色々らしい。
ミーシャさんとフレアは同じ山車に乗り、他は仕立て屋で働くマリリンさんの二人の妹と、ミーシャさんのお姉さんだ。
ミーシャさんのお家はパン屋さんで、お姉さんはそこを継いでいるそうだ。最年長であるため、グループの代表になっている。
「そういえば、祭りの時は殿下はどのようなことをなさるんですか?」
領主なので、主催者の一番偉い人になる。当然会場でも一番高いところに座るだろう。
ミーシャさんの説明によれば、街の真ん中に大きな広場があり、そこが祭りのメイン会場となり、広場に山車の数だけの樽が置かれ葡萄踏みが行われるということだった。
山車は領内から四方に伸びる街道の入口からスタートして中央の広場までたどり着き、広場の時計塔前に作られた貴賓席の前で整列する。山車が全て整列してから、山車ごとに娘たちが順番に貴賓席へ挨拶をしてそれぞれの樽の前に行き、足を拭いたり準備をしてから梯子を使って中に入り合図と共に葡萄を踏む。
樽の中では踊ったり歌を歌ったり、楽器を鳴らしたりとそれぞれアピールしてもいいらしい。
そうして一番人を集めたグループが優勝し、最終日の領主館での宴会で領主とダンスが出来るらしい。
「で、皆さんはどんなことをするんですか?」
私ができる楽器といえばカスタネットやマラカスくらいだ。楽器がうりだと言われたら、たいした楽器もできない私は向こうから断られるかもしれない。
「いつも踊りなんだけど、そうするグループは多いからね。あまり目立たないんだ」
「どんな踊りを踊っているの?」
試しにどんな踊りか訊いてみると、ミーシャさんがフレア二人で踊ってみせてくれた。
それはフォークダンスに似ていた。
手を叩きあったり、繋いでくるくるまわったり。
舞屋の皆が踊る踊りは鎮魂や英雄への賛辞など、目的によって型が決まっていた。
彼女たちの踊りは円になって踊るものだ。
確かにこれを見せられた人は、どれも同じに見えてしまうだろうし、退屈だ。うまいか下手かも分かりにくい。
「どう?」
感想を求められて言葉につまる。
「特別上手く踊らないと目立たないんじゃないか?」
可もなく不可もない踊りに彼らは真面目に答える。
「優勝を目指すなら、それではダメだな」
観覧者から大多数の支持を得なければ一番にはならない。
この場合、男性の意見は至極大事だ。
要は目立てばいいのだ。何か決まりや、やってはいけないことはあるのか聞けば、人を傷つけるようなことはダメで、もちろん裸やそれに近い格好もダメ。
公衆衛生上よくない。
マリリンさんの妹二人が仕立て屋なので、衣装をつくるのは困らないそうだ。
「今年の衣装は決まってるんですか?」
祭りまで後少ししかない。加えて今から私の分も用意してもらうのだ。手を加えられることに限りがある。
ミーシャさんが部屋にあるというので、後で見せてもらうことにした。
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