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63 一喜一憂

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その日朝早くからネヴィルが倒れていた現場に行き、急いで戻ってくると、チャールズにつれられて玄関に来た彼女は、あろうことか男装をしていた。

夕べ二人で何をこそこそしていたのか、朝から一緒に行動している中で、クリスには聞き出せないままだった。

何をしていたのか聞けば、そこを自分が見ていたと教えるようなものだ。

だが、二人の関係が気になって仕方がなかった。

彼女はズボンを履いて自分一人で馬に乗るつもりだったようだ。
最初から同じ馬に乗せるつもりだった。

普通なら喜ぶものだが、彼女は何を躊躇っているのか。

やるべきことがたくさんあるのに、ぐずぐずしている暇はない。

ようやく諦めて私と一緒に乗る気になってくれたらしい。

馬に乗るために手を貸したつもりが、さっさと自分で乗ってしまう。
何だ、あの得意気な顔は。

そうか、挑発しているつもりなのか。

すかさず後ろに乗って少し強引に身を寄せると、大丈夫だと身動ぎするので、仕方なく手足を緩めた。第三者から見たら男に抱きついているように見えるかもしれないので、自重しなければいけない。
予定どおりスカートでくればいいものを。
それにしてもズボンを履いているのは初めて見たはずだが、どこかで見た気もする。

道すがら馬の揺れに合わせて時おり体がふれ合ったが、彼女が身を強張らせてできるだけ離れようとしているのがわかる。

他の女性ならもっとしなだれかかってくるところを、必死でこちらに諭されまいとしているが、そんなに嫌なのかと腹が立ち、時折わざと耳許で話したり意地悪をしてやりたくなった。

行く先々で予想どおり歓待を受けたが、やはり彼女を初対面から女だと思う者がおらず、自分も敢えてそう紹介しなかった。

ネヴィルの代わりが女で務まるのかと偏見を持ってくる者もいるだろう。男か女かは関係なく、仕事ができればどちらでもいい。

私と一緒に動き、私が言ったことをきちんと書き記してくれているならそれでいいと思う。

しかし、行くところ行くところ、娘やら姪やらを側に侍らそうとするのは貴族も平民も変わらない。私を好色と勘違いしていないか。

今日最後に訪れた農場長のところでもそれは同じだった。

その様子を見て彼女がクリスと目配せして笑ったように見えたので、つい苛立ってあんな風に命令してしまった。

いくら公爵だからと言って、感情で人に命令していいわけがない。

何が気に入らなかったのか。

農場主に対してか、それとも彼女がクリスと目でわかりあったように思えたからか。

自分の狭量さに自己嫌悪になり、教会まで何も言えなかった。

子どもたちに会ってくださいと司祭が誘った時、顔の傷を気にして遠慮した。

顔の傷は子どもにとって恐怖となる。厳しく礼儀を叩き込まれている王子や王女でもびくついたのに、普通の子が泣かないわけがない。

今さら顔や体の傷が一つ二つ増えても大して気にはならないが、いつか本当に大事だと思う人ができたときに、相手が自分を見て顔をひきつらせるのは見たくない。

教会から帰る馬上で精一杯私を励まそうとしてくれる彼女の気遣いに気持ちが和んだ。
こんなことで一喜一憂するなど、自分もまだまだ修行が足らないとは思う。

互いに前を向いていたので表情はわからなかったが、いたずらしてやろうと耳許で囁けば面白い反応を返してくる。

そのうち馬から落ちるのではと心配してきいたが、曲芸でもやって見せる。と言うので笑った。
サーカスとは初めて聞いた言葉だったが。

醸造所はベンジャミンという優秀な管理者のお陰で概ね順調だった。

試飲で飲んだワインもまあまあのできだ。

私は自分がいない間に出荷されたワインを年代をさかのぼるように飲んだ。
どれも全く同じ品質とは言えないが、年毎に違いがあって面白かった。

ワインをクリスたちは勤務中と言うことで断っていた。
本当は飲みたいだろうに。
これ以上彼らを我慢させてはと思い、帰ろうとしたが彼女がいないことに気づいた。

外に出たのでは?とベンジャミンが言うので近くの扉から出ると、ベンチに座っている彼女を見つけた。
頭がぐらぐらしている。
まさか居眠りでもしているのか。

「ローリィ、もう引き上げるぞ」

後ろから声をかけると、ビクッとして慌ててこちらを振り向いた。
驚いたその顔を見て、あっと閃いた。

髪の色は違うが、それはあの宿屋の厩舎で見かけた少年だった。
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