転生して要人警護やってます

七夜かなた

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59 好きか嫌いか

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翌朝、部屋に衣服を届けてくれたのはマーサさんだった。

「チャールズさんに頼まれて用意したけど、これでよかったの?」

チュニックとズボン、ベルトを渡しながら訊かれた。

「ネヴィルの代わりにキルヒライル様の補佐をすることになったと聞いたわ。本当に読み書きできるの?馬にも乗れると言うことだけど……なのに、どうしてメイドなんて?」

マーサさんが不信に思って訊いてくるのも無理はない。

「何か事情があるの?言いにくいなら……」

答えに困っているとマーサさんは、逆に気遣って無理に言わなくていいと言ってくれた。

「昨日会ったばかりだけど、あなたが悪い人じゃないと思ってる。フィリアに向けた気遣いも嘘じゃないと思うの。こう見えて人を見る目はあるのよ。キルヒライル様にとって悪いことでないなら、詮索はしないわ。私に取ってキルヒライル様の安全は何よりも優先すべきことなの。早くに亡くなったあの方のお母上にも約束したの」

「当然です。でも、安心してください。私も殿下を護る側の人間です」

私がどこの誰か話すことは簡単だが、それを話してもマーサさんが私を味方だと断定する材料にはならない。

だから、彼女が一番安心する答えを言った。

「なら、私はこれ以上詮索しないし、あなたの味方でいてあげるわ」

「ありがとうございます」

私たちは互いに微笑み会った。

「ひとつ訊いていいかしら」

マーサさんは、部屋を出ていく際に振り向いて訊いてきた。
私はどうぞ、と答えた。

「あなたから見て、キルヒライル様はどんな人に見える?」

「………?それは、仕える者としてですか?」

「雇い主としてでもいいし、人として、一人の男性としてでもいいわ」

マーサさんが聞きたい答えが何なのかわからず、少し考え込む。

「そうですね。忍耐強い方だと思います。お兄様思いとも伺ったことがありますし、身内を大事にされる方なのでしょう。生真面目で仕事熱心でもあられます」

ポツリポツリと私が語る内容にマーサさんはうんうんと頷いている。

「お体も傷だらけでしたので、誰かを盾にすることをよしとせず、誰よりも先頭に立って解決されてきたようで、良く言えば責任感の強い、悪く言えばご自分を大事にしなさすぎる無鉄砲?…すいません」

言い方が悪かったかと謝った。

「いいのよ。本当にそうだから。他には?」

「女性に関して言えば……不器用な方ではないでしょうか。他のことは器用にこなされそうなのに」

「……それは、言い返す言葉もないわ。それで、あなたはキルヒライル様のことをどう思う?」

「どう、とは?」

「あなたがキルヒライル様をどんな方と思っているかはわかったわ。それで、男性としては、どう思ってるの?」

「……殿下にお仕えするのに、そのことが重要とは思いませんが」

乳母として、素性の知れない者が大切な人の側にいるのは心配だろうが、私が彼を人としてどう思うか訊くのはわかるが、男としてどう思っているかを答えることが、彼女を安心させることになるとは思わない。


「好きなの?嫌いなの?」

はっきりしない私にマーサさんは直球で答えを迫る。

「………嫌いではないと思いますが……」

真剣に訊かれて返答に困った。

「じゃあ、好きなのね」

「嫌いではないと言っただけで、好きだとは………」

二択しかないのか。間を取って「何とも思ってない」はないの?

「人としては素敵な方だと思います」

シリアさんやマーサさんが家族のように彼を大事に思っているのを見ればわかる。
彼女たちと彼が積み上げてきた年数に比べれば、まだ全然日の浅い私がいきなり彼女たちと同じだけの思いを持てるものではない。
男として、とは、彼が私の恋愛対象としてなり得るかというで……それを今ここで答えるのか。

「わかったわ………キルヒライル様もまだまだね。はぁ、育て方を間違えたかしら……」

私の答えを諦めてくれたようで、ほっとしたが、次の言葉を訊いてそうではないとわかった。

「今日のところは諦めるわ。また日を改めて訊くから考えておいてね」

「え………」

「キルヒライル様は朝からお出かけだから、あなたは着替えたらとりあえずネヴィルの所に行って、補佐の仕事について色々訊いてきなさい」

マーサさんはそう言って部屋を出ていった。

部屋に残された私は呆気にとられてしばらく動けなかった。

マーサさんがあまりに真剣だったので、私も真面目に対応してしまったが、メイドにあんなことを訊いて一体どうするのか。

「あ、そうか」

ちょっと考えて、あることに気づいた。

シリアさんも言っていたではないか、公爵のところで働くメイドの中には彼の寵愛を得ようと過去に色々なことがあったと。
この領主館で働くメイドだって同じなのかもしれない。
あれは、乳母としてのマーサさんがここで働くメイド皆に訊いていることに違いない。
殿下を男として見ているかどうか試されたのだ。

「なんだぁ、きっとそうだわ」

そう考えれば納得が行く。
仕える者として主のことを理解しているか、敬っているかで仕え方も違ってくる。
でも恋愛感情を持っているかどうかは別だ。
そこに身分差というものが立ちはだかるなら、尚更。
それに私は今日からネヴィルさんの代わりに彼に付き従って行動する時間も多くなる。
マーサさんとしても私が殿下に変な気を起こさないか心配だったのだろう。

さっきの私の答えはきっと間違っていない。メイドとして合格点間違いなしだ。

ああ言ったのは、私に肝に命じて立場を考えて常に対応しろと釘を差す意味で言ったのだろう。

間違っても「好きです」と言わなくて良かった。
危うく「好きかも」と言ってしまいかけ、すんでのところで思い止まったことには目を瞑り、私は自分自身を戒める。

不用意に関わってしまったとは言え、私には縁遠い人なのだ。
囁く声にときめいても、羞恥に照れる顔が可愛いいと思っても、今以上の関係を築ける立場にはない。
私は持って来てもらった服に着替える途中で、胸の傷を見下ろした。

星型に付いた傷は一生消えない。
この傷ごと私だと、これを気にする人ならこちらから願い下げだと強がってみても、もし、本当に好きな人が出来て、拒絶されたら、やはり立ち直れないに違いない。

いつから?あの街道で手当てした時は会話なんてなかった。
でも、明らかに私の印象には残った。
王宮の宴?あの時、破れた衣装を気遣ってマントを巻いてくれて囁かれた時?
あの時は、もう会うこともない人だと思ってた。
ハレス子爵から仕事を任され、引き受けた後に相手が彼だと訊いて、怖じ気づいたのは、いつかこんな風に思ってしまうのではと漠然とした不安があったからなのかも知れない。

そっと傷に触れて自分自身に言い聞かせる。
私にできることはあの方の体が、あれ以上傷つくことのないように護ることだけ。それ以上の関係を望んではいけない。自分が苦しくなるだけだ。

これは私だけの気持ち。私だけが知っていればそれでいい。








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