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57 そう思う
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チャールズさんについて一階にある書斎に行く。
そこは普段ネヴィルさんも使っているということだったが、今は殿下が使用している。
中に入ると執務机に彼が座っていて、呼ばれた理由がわからないので、私はただ軽く会釈だけする。
彼とはここに着いてから一度も顔を合わせていなかった。
まさか、今さら美人かそうでないかの意見を言うために呼んだのではないだろう。
すっと、彼は自分が手に持っていた書類を私に差し出した。
「………?」
「読みなさい」
その意味がわからず戸惑っていると、少し苛立ったように言われた。
「おっしゃるとおりに」
「………失礼します」
側にいたチャールズさんに言われたので、机に近づき両手で書類の束を受け取り、目を通す。
そこにはいくつかの数字が書かれていた。
「何かわかるか?」
一枚一枚書類をめくり目を通す。
「ワインの出荷に関する書類でしょうか。各商会への出荷本数と出荷時の価格。売上高と返品数。こちらは各商会からの入金額ですね」
「そうだ」
何も言わず渡された書類が何なのか、私が本当に文字が読めるか試したのだろう。
「他には?」
言われてもう一度最初から書類を見直す。
「何ヵ所か計算が間違っていますね。ココとココ、それからココ」
「なるほど、計算もできるというのは本当か」
どうやらさっきネヴィルさんとチャールズさんに話したことが彼に伝わったらしい。
「ご用件はこのことですか?」
「ああ………いや」
どっちとも言えない返事が帰ってくる。
「馬は大丈夫か」
「はい」
「収穫祭のことは聞いているか?」
「………もうすぐあると伺いました」
「正確には十日後だ」
思ったよりすぐだとわかって驚いた。
「ある程度の準備はネヴィルもしてくれているが、これからますます忙しくなる。領内の顔役たちが主になってやってくれているが、最後の日に領主が開く宴会の準備はこちらで行わなくてはならない」
「そうですね。主催が公爵様ですから」
「だが、ネヴィルがああいう状態になり、収穫やワインの醸造所の方も忙しく、一人ではそこまで手がまわらない。ネヴィルの変わりに補佐をやってくれる者が必要だ」
話の展開がいやな方に向かっている予感がする。
「読み書きや計算ができると聞いた。宴会が終わるまでの間、私に同行し補佐として色々と手助けして欲しい」
「え、でも、私はただのメイド………チャールズさんが」
「チャールズ達は宴会の準備で手一杯だ。そこまではできない」
「………でも」
「やってくれるなら、私ができることなら望みは何でも叶える。お金でも宝石でも欲しいものがあるなら用意しよう」
ちょっと大盤振る舞い過ぎないかと驚いた。
それだけ重要だということなのだろう。
自信はないが、ここは覚悟を決めるしかない。
それに、護衛をするためには、同行を認められているのだから好都合だ。
「わかりました。私でお役にたてるなら」
「礼を言う。明日の朝早くは別の用で出かける。戻ったら一緒に頼む。それで、褒美は何がいい?」
「いえ、これも仕事ですので」
「目標があった方が頑張れるだろう?」
言われてみれば確かにそうだ。でも、急なことで今すぐ思い浮かぶことはあまりない。
「では、収穫祭の初日にお休みをいただけますか?」
「そんなことでいいのか?」
「はい、私も収穫祭に参加させていただきたいと思いまして」
「収穫祭なら私も視察に回るぞ。わざわざ休みを取らなくても観ることができるが」
「いえ、こちらのメイドの方々に誘われまして、それに殿下なら貴賓席からの観賞でしょうから、そこはさすがにご一緒はできません」
私の言葉に殿下は少し考えていたが、それもそうか、と納得された。
「しかし、今日来たばかりなのにもう皆と打ち解けたのか?」
「マーサさんのお陰です。とても、親切にしていただいています」
「そうか………そう言えば」
不意に殿下が何か言いたそうに私をじっと見た。
「………?どうかされましたか?」
「私もそう思うぞ」
「………マーサさんですか?」
話の流れから、マーサさんが親切だと、殿下もそう思っていると言うことだろうか。ご自分の乳母なのだから、当然だろう。
「いや、違う。なんでもない」
「………え………?」
殿下が何を言ったのかわからなかったが、何がそう思うのかそれ以上何もおっしゃられなかったので、追及することもできなかった。
そこは普段ネヴィルさんも使っているということだったが、今は殿下が使用している。
中に入ると執務机に彼が座っていて、呼ばれた理由がわからないので、私はただ軽く会釈だけする。
彼とはここに着いてから一度も顔を合わせていなかった。
まさか、今さら美人かそうでないかの意見を言うために呼んだのではないだろう。
すっと、彼は自分が手に持っていた書類を私に差し出した。
「………?」
「読みなさい」
その意味がわからず戸惑っていると、少し苛立ったように言われた。
「おっしゃるとおりに」
「………失礼します」
側にいたチャールズさんに言われたので、机に近づき両手で書類の束を受け取り、目を通す。
そこにはいくつかの数字が書かれていた。
「何かわかるか?」
一枚一枚書類をめくり目を通す。
「ワインの出荷に関する書類でしょうか。各商会への出荷本数と出荷時の価格。売上高と返品数。こちらは各商会からの入金額ですね」
「そうだ」
何も言わず渡された書類が何なのか、私が本当に文字が読めるか試したのだろう。
「他には?」
言われてもう一度最初から書類を見直す。
「何ヵ所か計算が間違っていますね。ココとココ、それからココ」
「なるほど、計算もできるというのは本当か」
どうやらさっきネヴィルさんとチャールズさんに話したことが彼に伝わったらしい。
「ご用件はこのことですか?」
「ああ………いや」
どっちとも言えない返事が帰ってくる。
「馬は大丈夫か」
「はい」
「収穫祭のことは聞いているか?」
「………もうすぐあると伺いました」
「正確には十日後だ」
思ったよりすぐだとわかって驚いた。
「ある程度の準備はネヴィルもしてくれているが、これからますます忙しくなる。領内の顔役たちが主になってやってくれているが、最後の日に領主が開く宴会の準備はこちらで行わなくてはならない」
「そうですね。主催が公爵様ですから」
「だが、ネヴィルがああいう状態になり、収穫やワインの醸造所の方も忙しく、一人ではそこまで手がまわらない。ネヴィルの変わりに補佐をやってくれる者が必要だ」
話の展開がいやな方に向かっている予感がする。
「読み書きや計算ができると聞いた。宴会が終わるまでの間、私に同行し補佐として色々と手助けして欲しい」
「え、でも、私はただのメイド………チャールズさんが」
「チャールズ達は宴会の準備で手一杯だ。そこまではできない」
「………でも」
「やってくれるなら、私ができることなら望みは何でも叶える。お金でも宝石でも欲しいものがあるなら用意しよう」
ちょっと大盤振る舞い過ぎないかと驚いた。
それだけ重要だということなのだろう。
自信はないが、ここは覚悟を決めるしかない。
それに、護衛をするためには、同行を認められているのだから好都合だ。
「わかりました。私でお役にたてるなら」
「礼を言う。明日の朝早くは別の用で出かける。戻ったら一緒に頼む。それで、褒美は何がいい?」
「いえ、これも仕事ですので」
「目標があった方が頑張れるだろう?」
言われてみれば確かにそうだ。でも、急なことで今すぐ思い浮かぶことはあまりない。
「では、収穫祭の初日にお休みをいただけますか?」
「そんなことでいいのか?」
「はい、私も収穫祭に参加させていただきたいと思いまして」
「収穫祭なら私も視察に回るぞ。わざわざ休みを取らなくても観ることができるが」
「いえ、こちらのメイドの方々に誘われまして、それに殿下なら貴賓席からの観賞でしょうから、そこはさすがにご一緒はできません」
私の言葉に殿下は少し考えていたが、それもそうか、と納得された。
「しかし、今日来たばかりなのにもう皆と打ち解けたのか?」
「マーサさんのお陰です。とても、親切にしていただいています」
「そうか………そう言えば」
不意に殿下が何か言いたそうに私をじっと見た。
「………?どうかされましたか?」
「私もそう思うぞ」
「………マーサさんですか?」
話の流れから、マーサさんが親切だと、殿下もそう思っていると言うことだろうか。ご自分の乳母なのだから、当然だろう。
「いや、違う。なんでもない」
「………え………?」
殿下が何を言ったのかわからなかったが、何がそう思うのかそれ以上何もおっしゃられなかったので、追及することもできなかった。
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