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54 お母さん
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お茶をいただき、一息ついたところで、マーサさんがネヴィルさんと奥さんのいる部屋に案内してくれた。
「フィリア、今少しいいかしら、紹介したい人がいるの」
マーサさんがそう言ったので、フィリアさんはこちらを振り返り、マーサさんの隣に立つ私に視線を向けた。
「こちら、ローリィです。キルヒライル様と一緒に王都からお手伝いに来てくれたの」
「ローリィです」
「フィリアです。来ていただいてありがとうございます」
私たちは互いに軽く会釈しあい、自己紹介した。
「ご主人、気がつかれたと伺いました。よかったですね」
「ありがとう。公爵様にも急なことですぐにおいでいただけると思っていませんでしたので、申し訳ないですわ」
「奥様もお疲れでしょう?しばらく私どもが側にいますから、少し横になられては?」
疲れた様子のフィリアを見てそう提案した。
「そうね、そうしなさい。まだまだこれから大変なんだし、あなたが体を壊しては元もこもないわ」
マーサさんが同意する。
「……でも、来たばかりの方に……」
フィリアさんはちらりと寝台に横たわる夫を見る。
公爵との短い会話でも疲れたらしく、熱があるのもあって彼はまたすぐに眠ってしまっていた。
「何かあれば呼びます。少し横になるだけでも違いますよ」
フィリアさんはなおも躊躇していたが、夫が意識を取り戻した安堵と、公爵が来てくれた安心感がそれまで張り詰めていた気持ちを弛ませたのか、若干押し寄せる睡魔に勝てず、礼を言って部屋を出ていった。
ここは客間で、普段二人が寝泊まりに使っている部屋は別にあるそうだ。
「少し熱があるみたいね」
濡らした布を取ってマーサさんが額に手をあてる。
「来たばかりのあなたに任せて申し訳ないけど、キルヒライル様の部屋やあなた達の部屋を準備してくる間、お願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫です。看病は母の時に慣れていますから」
「お母様?」
「はい、もともと体が弱くて、四年ほど前に亡くなりましたが、亡くなる数年前からよく寝込んでいましたから」
その頃のことを思い出して、少し悲しくなった。
「そう、お母様お気の毒ね」
マーサさんは私の腕にそっと手を触れて優しい言葉をかけてくれた。
線の細かった母と生気あふれるマーサさんではまるで違うが、同じ母である彼女の気遣いが嬉しかった。
「悲しかったですが、ずっと側にいて看病できたので悔いはありません」
それは本当だった。
亡くなる直前まで、母とは読書をしたり色々な話をしたりすることができた。徐々に覚悟も出来ていった。
亡くなった時は悲しかったが、私と父で互いに母の手を握り、最後の瞬間を看取ることが出来た。
反対に父とはあまりに突然の別れだったため、未だに私の中で消化しきれない想いがある。
「お母様、幸せだったのね」
「そうだといいですが」
「私なら、そう思うわ」
「ありがとうございます」
ぎゅっと私の体に腕を回し、マーサさんが私の背中をぽんぽんっと優しく叩いてくれた。
「マーサさん、何だかお母さんみたい」
「あら、うれしいわ。娘はシリアしかいなくて、後は息子ばかりだから、もう一人娘ができた気分よ。息子は全員結婚してしまっているから残念だわ。嫁もいい子たちだから離縁させるわけにもいかないし、独身なのはキルヒライル様だけね」
冗談だとはわかっているが、話がとんでもない方向に行ったのでびっくりした。
「マーサさん、冗談でもそんなこと言わない方がいいですよ。私はただのメイドですから」
伯爵令嬢ですが、元ですし。
それに、私には胸に傷がある。普通の結婚は難しいのはわかっている。
「わかってるわ、ここだけの話よ」
体を離し、下から私の顔を見上げてマーサさんはイタズラが見つかった子どもみたいに笑った。
「じゃあ、ネヴィルをお願いね」
「はい、わかりました」
マーサさんが部屋を出ていくのを見てから、私は寝台の側にあった椅子に座り、ネヴィルさんの額にあてられた布を変えた。
「本当に惜しいわ」
私を部屋に残し、廊下に出たマーサさんが呟いた声は私の耳には届かなかった。
「フィリア、今少しいいかしら、紹介したい人がいるの」
マーサさんがそう言ったので、フィリアさんはこちらを振り返り、マーサさんの隣に立つ私に視線を向けた。
「こちら、ローリィです。キルヒライル様と一緒に王都からお手伝いに来てくれたの」
「ローリィです」
「フィリアです。来ていただいてありがとうございます」
私たちは互いに軽く会釈しあい、自己紹介した。
「ご主人、気がつかれたと伺いました。よかったですね」
「ありがとう。公爵様にも急なことですぐにおいでいただけると思っていませんでしたので、申し訳ないですわ」
「奥様もお疲れでしょう?しばらく私どもが側にいますから、少し横になられては?」
疲れた様子のフィリアを見てそう提案した。
「そうね、そうしなさい。まだまだこれから大変なんだし、あなたが体を壊しては元もこもないわ」
マーサさんが同意する。
「……でも、来たばかりの方に……」
フィリアさんはちらりと寝台に横たわる夫を見る。
公爵との短い会話でも疲れたらしく、熱があるのもあって彼はまたすぐに眠ってしまっていた。
「何かあれば呼びます。少し横になるだけでも違いますよ」
フィリアさんはなおも躊躇していたが、夫が意識を取り戻した安堵と、公爵が来てくれた安心感がそれまで張り詰めていた気持ちを弛ませたのか、若干押し寄せる睡魔に勝てず、礼を言って部屋を出ていった。
ここは客間で、普段二人が寝泊まりに使っている部屋は別にあるそうだ。
「少し熱があるみたいね」
濡らした布を取ってマーサさんが額に手をあてる。
「来たばかりのあなたに任せて申し訳ないけど、キルヒライル様の部屋やあなた達の部屋を準備してくる間、お願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫です。看病は母の時に慣れていますから」
「お母様?」
「はい、もともと体が弱くて、四年ほど前に亡くなりましたが、亡くなる数年前からよく寝込んでいましたから」
その頃のことを思い出して、少し悲しくなった。
「そう、お母様お気の毒ね」
マーサさんは私の腕にそっと手を触れて優しい言葉をかけてくれた。
線の細かった母と生気あふれるマーサさんではまるで違うが、同じ母である彼女の気遣いが嬉しかった。
「悲しかったですが、ずっと側にいて看病できたので悔いはありません」
それは本当だった。
亡くなる直前まで、母とは読書をしたり色々な話をしたりすることができた。徐々に覚悟も出来ていった。
亡くなった時は悲しかったが、私と父で互いに母の手を握り、最後の瞬間を看取ることが出来た。
反対に父とはあまりに突然の別れだったため、未だに私の中で消化しきれない想いがある。
「お母様、幸せだったのね」
「そうだといいですが」
「私なら、そう思うわ」
「ありがとうございます」
ぎゅっと私の体に腕を回し、マーサさんが私の背中をぽんぽんっと優しく叩いてくれた。
「マーサさん、何だかお母さんみたい」
「あら、うれしいわ。娘はシリアしかいなくて、後は息子ばかりだから、もう一人娘ができた気分よ。息子は全員結婚してしまっているから残念だわ。嫁もいい子たちだから離縁させるわけにもいかないし、独身なのはキルヒライル様だけね」
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「マーサさん、冗談でもそんなこと言わない方がいいですよ。私はただのメイドですから」
伯爵令嬢ですが、元ですし。
それに、私には胸に傷がある。普通の結婚は難しいのはわかっている。
「わかってるわ、ここだけの話よ」
体を離し、下から私の顔を見上げてマーサさんはイタズラが見つかった子どもみたいに笑った。
「じゃあ、ネヴィルをお願いね」
「はい、わかりました」
マーサさんが部屋を出ていくのを見てから、私は寝台の側にあった椅子に座り、ネヴィルさんの額にあてられた布を変えた。
「本当に惜しいわ」
私を部屋に残し、廊下に出たマーサさんが呟いた声は私の耳には届かなかった。
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