転生して要人警護やってます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
54 / 266

54 お母さん

しおりを挟む
お茶をいただき、一息ついたところで、マーサさんがネヴィルさんと奥さんのいる部屋に案内してくれた。

「フィリア、今少しいいかしら、紹介したい人がいるの」

マーサさんがそう言ったので、フィリアさんはこちらを振り返り、マーサさんの隣に立つ私に視線を向けた。

「こちら、ローリィです。キルヒライル様と一緒に王都からお手伝いに来てくれたの」

「ローリィです」

「フィリアです。来ていただいてありがとうございます」

私たちは互いに軽く会釈しあい、自己紹介した。

「ご主人、気がつかれたと伺いました。よかったですね」

「ありがとう。公爵様にも急なことですぐにおいでいただけると思っていませんでしたので、申し訳ないですわ」

「奥様もお疲れでしょう?しばらく私どもが側にいますから、少し横になられては?」

疲れた様子のフィリアを見てそう提案した。

「そうね、そうしなさい。まだまだこれから大変なんだし、あなたが体を壊しては元もこもないわ」

マーサさんが同意する。

「……でも、来たばかりの方に……」

フィリアさんはちらりと寝台に横たわる夫を見る。
公爵との短い会話でも疲れたらしく、熱があるのもあって彼はまたすぐに眠ってしまっていた。

「何かあれば呼びます。少し横になるだけでも違いますよ」

フィリアさんはなおも躊躇していたが、夫が意識を取り戻した安堵と、公爵が来てくれた安心感がそれまで張り詰めていた気持ちを弛ませたのか、若干押し寄せる睡魔に勝てず、礼を言って部屋を出ていった。

ここは客間で、普段二人が寝泊まりに使っている部屋は別にあるそうだ。

「少し熱があるみたいね」

濡らした布を取ってマーサさんが額に手をあてる。

「来たばかりのあなたに任せて申し訳ないけど、キルヒライル様の部屋やあなた達の部屋を準備してくる間、お願いしてもいいかしら?」

「はい、大丈夫です。看病は母の時に慣れていますから」

「お母様?」

「はい、もともと体が弱くて、四年ほど前に亡くなりましたが、亡くなる数年前からよく寝込んでいましたから」

その頃のことを思い出して、少し悲しくなった。

「そう、お母様お気の毒ね」

マーサさんは私の腕にそっと手を触れて優しい言葉をかけてくれた。

線の細かった母と生気あふれるマーサさんではまるで違うが、同じ母である彼女の気遣いが嬉しかった。

「悲しかったですが、ずっと側にいて看病できたので悔いはありません」

それは本当だった。
亡くなる直前まで、母とは読書をしたり色々な話をしたりすることができた。徐々に覚悟も出来ていった。
亡くなった時は悲しかったが、私と父で互いに母の手を握り、最後の瞬間を看取ることが出来た。

反対に父とはあまりに突然の別れだったため、未だに私の中で消化しきれない想いがある。

「お母様、幸せだったのね」

「そうだといいですが」

「私なら、そう思うわ」

「ありがとうございます」

ぎゅっと私の体に腕を回し、マーサさんが私の背中をぽんぽんっと優しく叩いてくれた。

「マーサさん、何だかお母さんみたい」

「あら、うれしいわ。娘はシリアしかいなくて、後は息子ばかりだから、もう一人娘ができた気分よ。息子は全員結婚してしまっているから残念だわ。嫁もいい子たちだから離縁させるわけにもいかないし、独身なのはキルヒライル様だけね」

冗談だとはわかっているが、話がとんでもない方向に行ったのでびっくりした。

「マーサさん、冗談でもそんなこと言わない方がいいですよ。私はただのメイドですから」

伯爵令嬢ですが、元ですし。
それに、私には胸に傷がある。普通の結婚は難しいのはわかっている。

「わかってるわ、ここだけの話よ」

体を離し、下から私の顔を見上げてマーサさんはイタズラが見つかった子どもみたいに笑った。

「じゃあ、ネヴィルをお願いね」

「はい、わかりました」

マーサさんが部屋を出ていくのを見てから、私は寝台の側にあった椅子に座り、ネヴィルさんの額にあてられた布を変えた。

「本当に惜しいわ」

私を部屋に残し、廊下に出たマーサさんが呟いた声は私の耳には届かなかった。


しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...