53 / 266
53 落馬事故
しおりを挟む
チャールズと共にネヴィルが寝ている部屋に向かいながら、先ほどの玄関でのやり取りについて、さすがに悪かったなと思った。
ネヴィルのことが気になっているところに、いきなりローリィが美人かと話を向けられ、思わず思考が停止した。
失礼なくらい顔をじっと見てしまった。
赤みがかった金髪に縁取られた顔は、愛らしいというより、きりりとしている。少しつり目のアーモンド形の目にアメジストの瞳。化粧などしていなくても色艶のいい肌に紅を引いたように赤い唇。
マーサが言う「美人さん」ではあるかもしれない。
どうして言えなかったのか、男として、それくらいのことが言えないほど朴念仁ではないはずだ。
素直に「そうだ」と言えばよかった。
深い意味もなく社交辞令で言ったと取り、それで終わっただろう。それ以上でも以下でもなくマーサも彼女もそう思ってくれたに違いない。
言う言葉が見つからず、何も言えなかった。
それが余計に意味ありげに取られることになると、今なら思う。
「こちらです」
いつの間にかネヴィルが寝込んでいる部屋の前にたどり着いていた。
今は他に考えなければならないことが有りすぎる。
「失礼します。フィリアさん、公爵様がお着きになられました」
「殿下が……は、はい、どうぞ」
部屋の中で慌てて立ち上がる音が聞こえた。
すぐに扉に近づいてくる足音が聞こえ、扉が開かれた。
「公爵様、も、申し訳ございません、お出迎えもいたしませんと」
扉の側で泣いて真っ赤な目をした女性が非礼を詫びた。
「いや、ネヴィルが大変な時に私に気を使う必要はない。出迎えもチャールズやマーサがしてくれた。あなたが夫の側で付きっきりなのは承知だ」
そう言われて明らかに彼女はほっとした。
「目が覚めたと聞いたが、入ってもいいか」
「あ、は、はい、少しうとうとしていますが、今まで話をしていたので、大丈夫です」
「あまり長居はしない」
扉から少し離れ、彼女が中に入るよう促してくれたので、チャールズと共に中に入る。
「あなた、あなた、公爵様がいらっしゃいました」
「で、殿下………う」
「ああ、動かなくていい。そのまま」
ネヴィルは妻の呼び掛けに慌てて起き上がろうとしたが、体が動かず痛みに声を漏らした。
先ほどまでフィリアが座っていた椅子に腰掛け、改めて彼を見た。
頭に包帯を巻き、はだけた夜着の胸元からも包帯が見える。
息をするのも苦しいのか、息が荒い。
熱があるのか顔も少し赤く、目が潤んでいる。
「何があったか覚えているのか?」
尋ねると、弱々しく頷く。
「葡萄農家の、畑の…収穫の状況を、馬で見回っておりましたとき、馬が………何かに驚いて暴れてそのまま落ちてしまいました」
息苦しさと、記憶を思い出しながらとで途切れ途切れにそう答えた。
「申し訳……ございません、長い期間ご不在…で、色々…お忙しい…ときに」
迷惑をかけたことに心底悔しそうにネヴィルが言う。
「謝る必要はない。むしろ、謝るのは私だ。訳があったとは言え、領地の管理を全て任せて、戻ってきたのに、すぐに領地に来ずそなたに全てを押し付けてしまった」
頭を下げて彼がそう言うと、ネヴィルもフィリアも慌てた。
「こ、公爵様、お止めください!公爵様が頭を下げるなど」
「そうです、そんな………それが私の仕事ですのに………」
「いや、例え仕事とは言え、もらった報告書を見る限りそなたは十二分に勤めを果たしてくれている。後は私が引き継ぐ。少なくとも収穫祭が終わるまではいる。そなたの怪我の治り具合によってはもっといるつもりだ。今は怪我の回復に努めてくれ」
「公爵様………ありがとうございます」
「必要なものがあれば言ってくれ、できるだけ用意させる。フィリアも他のことはいいから看病に専念してくれ」
「もったいないことです」
「怪我人が遠慮するな」
涙ぐんでネヴィル夫妻は礼を繰り返す。
長話は負担だと言うことで早々に部屋を出る際、後で医者を呼びに行かせると伝えた。
「居間にお茶をご用意いたします」
部屋を出るとチャールズがそう言うので、居間に向かった。
「旦那様………」
居間に行く途中でクリスが待ち構えていた。
真剣な表情に何かあったとわかり、立ち止まる。
「どうした?」
「至急厩屋にお越し下さい。見ていただきたいものがあります」
「わかった」
クリスの後に続き、チャールズと二人厩屋に向かう。
「旦那様をお連れした」
厩屋に入ると、そこにレイもいて、一頭の馬の前に連れて行く。
馬房の中にはエリックがいた。
「この馬は?」
「管財人のネヴィルさんが落馬したときに乗っていた馬です。ここを見てください」
言ってエリックは馬のお尻の辺りを指差す。
彼が示した指の先には傷があった。
「これは………」
「誰かが馬を傷つけたのでしょう。ここの馬丁に聞きましたが、落馬した日の朝まではこんな傷はなかったそうです」
「では、視察に廻る途中でついたと?」
「いつ付いたのか、皆ネヴィルさんを探すのに必死ですぐにはわからなかったのでしょう」
「ネヴィルは馬が何かに驚いたと言っていたが…」
「はっきり断言できませんが、これが原因で馬が驚いて落ちたのなら」
「誰かがわざと、馬を驚かせたと?」
「可能性はあります」
ネヴィルの落馬事故が単なる事故ではない可能性が出てきた。
ネヴィルが狙われただけなら、失敗ということになる。
だが、ネヴィルに怪我を負わせ、自分をここに誘き寄せるのが目的なら、成功したと言える。
「チャールズ、明日の朝、ネヴィルが倒れていたという現場に行く。何か手がかりがあるかもしれない。案内できる者を手配してくれ」
「旦那様、危険では?」
チャールズは心配して出来れば思い止まらせたかったが、それは無理だともわかっていた。
「くれぐれもお気をつけて…お一人では行かれませんよう、お供も数人お連れください」
「大丈夫だ。優秀な者を連れていく」
クリスたちは、それが自分たちのことを言ってくれているのだとわかり、少し照れ臭そうにする。
「それと、チャールズ、屋敷の者にもきいて、最近このあたりで不振な者を見かけたり、おかしいと思ったことがなかったか情報を集めてくれ」
「畏まりました」
そう指示を出し、今度こそ居間でお茶を飲むために館の中に戻って行った。
ネヴィルのことが気になっているところに、いきなりローリィが美人かと話を向けられ、思わず思考が停止した。
失礼なくらい顔をじっと見てしまった。
赤みがかった金髪に縁取られた顔は、愛らしいというより、きりりとしている。少しつり目のアーモンド形の目にアメジストの瞳。化粧などしていなくても色艶のいい肌に紅を引いたように赤い唇。
マーサが言う「美人さん」ではあるかもしれない。
どうして言えなかったのか、男として、それくらいのことが言えないほど朴念仁ではないはずだ。
素直に「そうだ」と言えばよかった。
深い意味もなく社交辞令で言ったと取り、それで終わっただろう。それ以上でも以下でもなくマーサも彼女もそう思ってくれたに違いない。
言う言葉が見つからず、何も言えなかった。
それが余計に意味ありげに取られることになると、今なら思う。
「こちらです」
いつの間にかネヴィルが寝込んでいる部屋の前にたどり着いていた。
今は他に考えなければならないことが有りすぎる。
「失礼します。フィリアさん、公爵様がお着きになられました」
「殿下が……は、はい、どうぞ」
部屋の中で慌てて立ち上がる音が聞こえた。
すぐに扉に近づいてくる足音が聞こえ、扉が開かれた。
「公爵様、も、申し訳ございません、お出迎えもいたしませんと」
扉の側で泣いて真っ赤な目をした女性が非礼を詫びた。
「いや、ネヴィルが大変な時に私に気を使う必要はない。出迎えもチャールズやマーサがしてくれた。あなたが夫の側で付きっきりなのは承知だ」
そう言われて明らかに彼女はほっとした。
「目が覚めたと聞いたが、入ってもいいか」
「あ、は、はい、少しうとうとしていますが、今まで話をしていたので、大丈夫です」
「あまり長居はしない」
扉から少し離れ、彼女が中に入るよう促してくれたので、チャールズと共に中に入る。
「あなた、あなた、公爵様がいらっしゃいました」
「で、殿下………う」
「ああ、動かなくていい。そのまま」
ネヴィルは妻の呼び掛けに慌てて起き上がろうとしたが、体が動かず痛みに声を漏らした。
先ほどまでフィリアが座っていた椅子に腰掛け、改めて彼を見た。
頭に包帯を巻き、はだけた夜着の胸元からも包帯が見える。
息をするのも苦しいのか、息が荒い。
熱があるのか顔も少し赤く、目が潤んでいる。
「何があったか覚えているのか?」
尋ねると、弱々しく頷く。
「葡萄農家の、畑の…収穫の状況を、馬で見回っておりましたとき、馬が………何かに驚いて暴れてそのまま落ちてしまいました」
息苦しさと、記憶を思い出しながらとで途切れ途切れにそう答えた。
「申し訳……ございません、長い期間ご不在…で、色々…お忙しい…ときに」
迷惑をかけたことに心底悔しそうにネヴィルが言う。
「謝る必要はない。むしろ、謝るのは私だ。訳があったとは言え、領地の管理を全て任せて、戻ってきたのに、すぐに領地に来ずそなたに全てを押し付けてしまった」
頭を下げて彼がそう言うと、ネヴィルもフィリアも慌てた。
「こ、公爵様、お止めください!公爵様が頭を下げるなど」
「そうです、そんな………それが私の仕事ですのに………」
「いや、例え仕事とは言え、もらった報告書を見る限りそなたは十二分に勤めを果たしてくれている。後は私が引き継ぐ。少なくとも収穫祭が終わるまではいる。そなたの怪我の治り具合によってはもっといるつもりだ。今は怪我の回復に努めてくれ」
「公爵様………ありがとうございます」
「必要なものがあれば言ってくれ、できるだけ用意させる。フィリアも他のことはいいから看病に専念してくれ」
「もったいないことです」
「怪我人が遠慮するな」
涙ぐんでネヴィル夫妻は礼を繰り返す。
長話は負担だと言うことで早々に部屋を出る際、後で医者を呼びに行かせると伝えた。
「居間にお茶をご用意いたします」
部屋を出るとチャールズがそう言うので、居間に向かった。
「旦那様………」
居間に行く途中でクリスが待ち構えていた。
真剣な表情に何かあったとわかり、立ち止まる。
「どうした?」
「至急厩屋にお越し下さい。見ていただきたいものがあります」
「わかった」
クリスの後に続き、チャールズと二人厩屋に向かう。
「旦那様をお連れした」
厩屋に入ると、そこにレイもいて、一頭の馬の前に連れて行く。
馬房の中にはエリックがいた。
「この馬は?」
「管財人のネヴィルさんが落馬したときに乗っていた馬です。ここを見てください」
言ってエリックは馬のお尻の辺りを指差す。
彼が示した指の先には傷があった。
「これは………」
「誰かが馬を傷つけたのでしょう。ここの馬丁に聞きましたが、落馬した日の朝まではこんな傷はなかったそうです」
「では、視察に廻る途中でついたと?」
「いつ付いたのか、皆ネヴィルさんを探すのに必死ですぐにはわからなかったのでしょう」
「ネヴィルは馬が何かに驚いたと言っていたが…」
「はっきり断言できませんが、これが原因で馬が驚いて落ちたのなら」
「誰かがわざと、馬を驚かせたと?」
「可能性はあります」
ネヴィルの落馬事故が単なる事故ではない可能性が出てきた。
ネヴィルが狙われただけなら、失敗ということになる。
だが、ネヴィルに怪我を負わせ、自分をここに誘き寄せるのが目的なら、成功したと言える。
「チャールズ、明日の朝、ネヴィルが倒れていたという現場に行く。何か手がかりがあるかもしれない。案内できる者を手配してくれ」
「旦那様、危険では?」
チャールズは心配して出来れば思い止まらせたかったが、それは無理だともわかっていた。
「くれぐれもお気をつけて…お一人では行かれませんよう、お供も数人お連れください」
「大丈夫だ。優秀な者を連れていく」
クリスたちは、それが自分たちのことを言ってくれているのだとわかり、少し照れ臭そうにする。
「それと、チャールズ、屋敷の者にもきいて、最近このあたりで不振な者を見かけたり、おかしいと思ったことがなかったか情報を集めてくれ」
「畏まりました」
そう指示を出し、今度こそ居間でお茶を飲むために館の中に戻って行った。
3
お気に入りに追加
1,930
あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹


異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる