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51 公爵領へ
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私は次の日、公爵と共に彼の治める領地へ赴く馬車に揺られていた。
彼が公爵邸に戻ってきた時に使った大きな六頭立ての馬車でなく、馬二頭がひく少々小ぶりな馬車のため、向かいに座ると膝が触れそうになるので、それぞれ窓側に少しずれて座っている。
右と左、それぞれに近い窓から流れる景色を眺めながら、ただ黙って座る。
窓から外を見れば、クリスさんたちや道中のために増員された護衛が馬車に付き従う。
前の日の夕刻、公爵が帰宅する少し前に一通の手紙が届けられた。
公爵領の司祭からの手紙だった。
ジャックさんが手紙を受け取り、帰宅した公爵に渡した。
管財人からは定期的に手紙が届けられ、急ぎで返事が欲しい時には直接訪れていたが、その手紙はいつも届けられるものとは違っていた。
差出人が管財人ネヴィルではなかったからである。
玄関でその手紙を受け取り、その場で彼は手紙に目を通す。
にわかに彼は顔を曇らせる。
「ネヴィルが怪我をした。かなり重症らしい」
エドワルド公爵の位を頂いた時に国直轄から彼が賜ったのは、王都から東に位置するメイディアという領地だった。
彼の領地となってからエドワルドと名称を変えている。
ワインの生産が産業の中心で、ワインに使われる葡萄栽培の農家が多い。
管財人のネヴィルは馬で領地をまわっている際に落馬し、全身を強く打って現在も意識不明であると司祭からの手紙には書いてあった。
夏から秋はブドウの収穫が行われ、特にこれからワインづくりが始まる忙しい時期だ。
ワインづくりの始まりには豊穣の神に実りを捧げ、感謝をする祭りも行われる。
本格的な冬の訪れの前に冬支度も始まる。
キルヒライルが不在の折り、彼に変わって領地を管理してきたのがネヴィルだ。
「ジャック、明日の朝、領地へ出発する。用意をしてくれ」
これまでずっとネヴィルに任せきりだった。今自分が行かなければ領主失格だ。
もともと収穫祭の最後の日には顔を出さなくてはと考えていたところだ。
「ですが………」
ジャックの言おうとすることもわかる。
今王都を離れることが良案とは言えない。
「これから領地は収穫や祭りで忙しくなる。領主が不在で管財人も怪我で臥せっていては領民が不安になっているだろう。ネヴィルの怪我の具合も気になる」
「どれくらいあちらに?」
「ネヴィルの怪我の具合にもよるが、少なくとも祭りが終わるまではいる必要があるだろう」
キルヒライルは執務室に行き、ことの次第としばらく領地へ行くことを記し、王宮に宛てて手紙を出した。
同じように司祭と領主館の執事に宛てて、そちらへ赴くことを書いた。
邸内では急なキルヒライルの領地出立の準備に追われていた。
王宮に出した手紙を受けて、宰相がやってきた。
「ジーク、すまない」
多忙な宰相自らがやってきたことに、彼は驚いた。
「いえ、話は王から伺いました。管財人のネヴィルは私も知らない者ではありませんので、落馬したと聞きましたが」
「どういう状況だったのか司祭の手紙には書かれていなかった」
領地に関するネヴィルからの報告書をまとめながら、司祭からの手紙を宰相に見せる。
慌てて書かれたため、筆跡が少し乱れていたが、けっして読めない字ではない。
「それで、領地は誰を連れていかれるのですか?まさか、お一人で行かれるのではありませんよね」
急な出立とはいえ、領地までの護衛は必要だ。
「わかっている。クリスたちに来てもらうつもりだ」
宰相が手配した護衛を連れて行くなら兄たちも安心するだろう。
「領地までは他に騎士団からも護衛をまわしましょう」
馬車で飛ばせば半日の距離とは言え、王都を離れるのである。用心に越したことはない。
「そこまでは……」
「王からのご指示です」
必要ないと言いかけたが、王命と言われれば従うほかない。
明日の朝、護衛を寄越します、と言って宰相は執務室を出た。
玄関まで見送りにきた執事に、宰相は指示を出した。
「クリスたちに殿下についていくように伝えてくれ。それと、ローリィも同行させなさい」
「殿下には何と?」
「向こうで人手がいるとでも何とでも理由をつければいい。ネヴィルが寝込んでいるなら本当に人が必要だろう」
「畏まりました」
ジャックは宰相の言葉に素直に従った。
私はジャックさんから殿下について領地へ行くように言われ、内心は動揺しながら、宰相からの指示だと言われ、護衛として雇われている身としては従うほかなかった。
最初は難色を示した殿下も、怪我で重症を負ったネヴィルさんの看病に人手は必要だろうとジャックさんに言われ、私の同行を認めるしかなかった。
朝、護衛の到着を待って王都を出発し、昼すぎには領内の領主館に到着するだろう。
私が同行すると知ってシリアさんたちのテンションがあがり、頑張って、とエールを送られた。
彼が公爵邸に戻ってきた時に使った大きな六頭立ての馬車でなく、馬二頭がひく少々小ぶりな馬車のため、向かいに座ると膝が触れそうになるので、それぞれ窓側に少しずれて座っている。
右と左、それぞれに近い窓から流れる景色を眺めながら、ただ黙って座る。
窓から外を見れば、クリスさんたちや道中のために増員された護衛が馬車に付き従う。
前の日の夕刻、公爵が帰宅する少し前に一通の手紙が届けられた。
公爵領の司祭からの手紙だった。
ジャックさんが手紙を受け取り、帰宅した公爵に渡した。
管財人からは定期的に手紙が届けられ、急ぎで返事が欲しい時には直接訪れていたが、その手紙はいつも届けられるものとは違っていた。
差出人が管財人ネヴィルではなかったからである。
玄関でその手紙を受け取り、その場で彼は手紙に目を通す。
にわかに彼は顔を曇らせる。
「ネヴィルが怪我をした。かなり重症らしい」
エドワルド公爵の位を頂いた時に国直轄から彼が賜ったのは、王都から東に位置するメイディアという領地だった。
彼の領地となってからエドワルドと名称を変えている。
ワインの生産が産業の中心で、ワインに使われる葡萄栽培の農家が多い。
管財人のネヴィルは馬で領地をまわっている際に落馬し、全身を強く打って現在も意識不明であると司祭からの手紙には書いてあった。
夏から秋はブドウの収穫が行われ、特にこれからワインづくりが始まる忙しい時期だ。
ワインづくりの始まりには豊穣の神に実りを捧げ、感謝をする祭りも行われる。
本格的な冬の訪れの前に冬支度も始まる。
キルヒライルが不在の折り、彼に変わって領地を管理してきたのがネヴィルだ。
「ジャック、明日の朝、領地へ出発する。用意をしてくれ」
これまでずっとネヴィルに任せきりだった。今自分が行かなければ領主失格だ。
もともと収穫祭の最後の日には顔を出さなくてはと考えていたところだ。
「ですが………」
ジャックの言おうとすることもわかる。
今王都を離れることが良案とは言えない。
「これから領地は収穫や祭りで忙しくなる。領主が不在で管財人も怪我で臥せっていては領民が不安になっているだろう。ネヴィルの怪我の具合も気になる」
「どれくらいあちらに?」
「ネヴィルの怪我の具合にもよるが、少なくとも祭りが終わるまではいる必要があるだろう」
キルヒライルは執務室に行き、ことの次第としばらく領地へ行くことを記し、王宮に宛てて手紙を出した。
同じように司祭と領主館の執事に宛てて、そちらへ赴くことを書いた。
邸内では急なキルヒライルの領地出立の準備に追われていた。
王宮に出した手紙を受けて、宰相がやってきた。
「ジーク、すまない」
多忙な宰相自らがやってきたことに、彼は驚いた。
「いえ、話は王から伺いました。管財人のネヴィルは私も知らない者ではありませんので、落馬したと聞きましたが」
「どういう状況だったのか司祭の手紙には書かれていなかった」
領地に関するネヴィルからの報告書をまとめながら、司祭からの手紙を宰相に見せる。
慌てて書かれたため、筆跡が少し乱れていたが、けっして読めない字ではない。
「それで、領地は誰を連れていかれるのですか?まさか、お一人で行かれるのではありませんよね」
急な出立とはいえ、領地までの護衛は必要だ。
「わかっている。クリスたちに来てもらうつもりだ」
宰相が手配した護衛を連れて行くなら兄たちも安心するだろう。
「領地までは他に騎士団からも護衛をまわしましょう」
馬車で飛ばせば半日の距離とは言え、王都を離れるのである。用心に越したことはない。
「そこまでは……」
「王からのご指示です」
必要ないと言いかけたが、王命と言われれば従うほかない。
明日の朝、護衛を寄越します、と言って宰相は執務室を出た。
玄関まで見送りにきた執事に、宰相は指示を出した。
「クリスたちに殿下についていくように伝えてくれ。それと、ローリィも同行させなさい」
「殿下には何と?」
「向こうで人手がいるとでも何とでも理由をつければいい。ネヴィルが寝込んでいるなら本当に人が必要だろう」
「畏まりました」
ジャックは宰相の言葉に素直に従った。
私はジャックさんから殿下について領地へ行くように言われ、内心は動揺しながら、宰相からの指示だと言われ、護衛として雇われている身としては従うほかなかった。
最初は難色を示した殿下も、怪我で重症を負ったネヴィルさんの看病に人手は必要だろうとジャックさんに言われ、私の同行を認めるしかなかった。
朝、護衛の到着を待って王都を出発し、昼すぎには領内の領主館に到着するだろう。
私が同行すると知ってシリアさんたちのテンションがあがり、頑張って、とエールを送られた。
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