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侵入事件から約一週間は、特に変わらない日常だった。
今回、直接動くのは主に第二、第三近衛騎士団の面々となる。
第一近衛騎士団は王宮や王族の警護にあたるのが仕事のため、前回の会議には不参加ではあったが、第二、第三近衛騎士団でこれから地方に偵察の人員を数多くまわす必要があるため、第一近衛騎士団の上層部にも情報を回す必要があった。
王と王弟、宰相が待つ部屋に第一近衛騎士団団長ミハイル・アウグステン公爵と副団長サミュエル・イエーツ侯爵が呼び出された。
家の格としてはアウグステン公爵が宰相テインリヒ伯爵よりは上になるが、役職としては宰相が上官となるため、彼は王と王弟と共に宰相にも敬礼する。
「お話はわかりました」
アウグステン公爵はむすっとした顔で答えた。
一歩後ろで立っていた副団長のイエーツは、あからさまに不機嫌な上官の声色を耳にし、心の中で勘弁して欲しいと毒づいた。
生粋の貴族の生まれ、しかも王族の血をひくエリート中のエリートである公爵家の嫡男であるミハイルは、誰よりもプライドの高い人間だった。
なまじ容姿も良く、特に努力しなくてもそこそこの剣の使い手であったこともあり、歴代一番と言えなくとも、第一近衛騎士団の団長への階段をとんとん拍子に駆け上がっていった。
そんな彼が第二、第三近衛騎士団団長たちに遅れを取るような形で話を聞かされたのである。
第一近衛騎士団の守備範囲が王族と王宮内であるということを考慮すれば、仕方ないだろうが、団長のプライドは傷ついているに違いない。
「話すのが遅くなってすまなかった」
国王にそう言われてしまえば、臣下としてはもう何も言えない。
団長も馬鹿ではないので、そこは「致し方ありません」と返すしかなかった。
「第一近衛騎士団はできるだけ平時と変わらず任務に当たってくれ。ただし、王宮内にいつもと違うことがあればいつでも報告するように」
「畏まりました」
「では、今日はもう下がってよい」
国王が退出を促し、二人はその場を辞した。
二人が出ていった後、部屋に残った全員が同じ思いを持っていた。
「あれは、あきらかに機嫌を損ねてしまったな」
ぼそり、国王が呟いた。
「昔からプライドの塊のような方ですから」
「他から知らされるより、兄上から告げられる方が傷は浅かったとは思いますが」
「それでも、悪いことをした」
キルヒライルが密かに王宮へ戻ってきた時に、誰よりも心を砕いてくれた彼に、今回は酬いることができなかったことに、申し訳ない気持ちになった。
「後で私の方からも話をしておきます。話をしてわからない人ではありませんので」
「そうか、頼む」
アウグステン公爵へのフォローをキルヒライルにまかせ、宰相から、その後わかったことの報告と、今後の方針について話を聞いた。
「侵入に関わった者たちはすでにメオデの監獄へ移送する手配をしました」
「また厳しいな」
メオデは北のシビル山脈中腹に造られた政治犯などが主に収監される監獄だ。
冬の寒さは特に厳しく、鉱山の採掘はかなりの重労働となる。
「見せしめです」
あっさりと宰相が答えた。
「ベックスについてですが、すでに亡くなっていました。正確には殺されていました」
こうして調査されるまで、誰もベックスが行方不明になったことに気づかなかった。
ベックスは真面目で仕事熱心だったが、数年前妻が病になった際に治療代のため借金をしたことがきっかけで、生活に困っていた。結局妻は亡くなり借金だけが残り、それは次第に膨らんでいき、取り立ても厳しくなっていった。
取り立てをやっていたのがボロロ一家だった。
ある日、ベックスは忽然と姿を消し、近所の人たちは夜逃げしたと思ったらしい。
ベックスの素性は特に問題はなかった。ただ借金のことが伏せられていた。
ベックスの遺体は捕らえた者たちの証言どおりの場所に埋められていた。
ベックスの振りをしていたバスターというのは取り調べの結果、ナジェットの出身だということがわかった。
王都に流れ着いてボロロ一家に雇われていたそうだ。
今後のことについて、例の三名の治める領地へ偵察に行かせるように、第二、第三近衛騎士団から人員を動かすということ。
レイエバール卿の消息についても捜索のため現地に人を派遣する手配をしたということだった。
「向こうはマイン国と通じていた三名の名前がキルヒライルを通じてこちらに渡っていることを知っているのだろう?今さら何を取り繕っても無駄だと思わないのか」
「証拠は何も持ち出せていない。あちら側の証拠はすべて処分されてしまった」
口惜しそうにキルヒライルが呟いた。
「マイン国軍部の仕業だな。証拠ともども屋敷に火を放って最後は壮絶だったそうだな」
自ら火を放ち、証拠と共に業火に焼かれていったマイン国軍の最高責任者、アレン・グスタフ。
焼け落ちる屋敷と共に聞こえた彼の高らかな笑い声が耳について離れない。
彼女の夢を見るようになるまで彼の夢に何度も現れた。
自分を呪い、自分の名を叫んだ彼の最後の断末魔。
夢の女性に彼は命も心も救われた。
今回、直接動くのは主に第二、第三近衛騎士団の面々となる。
第一近衛騎士団は王宮や王族の警護にあたるのが仕事のため、前回の会議には不参加ではあったが、第二、第三近衛騎士団でこれから地方に偵察の人員を数多くまわす必要があるため、第一近衛騎士団の上層部にも情報を回す必要があった。
王と王弟、宰相が待つ部屋に第一近衛騎士団団長ミハイル・アウグステン公爵と副団長サミュエル・イエーツ侯爵が呼び出された。
家の格としてはアウグステン公爵が宰相テインリヒ伯爵よりは上になるが、役職としては宰相が上官となるため、彼は王と王弟と共に宰相にも敬礼する。
「お話はわかりました」
アウグステン公爵はむすっとした顔で答えた。
一歩後ろで立っていた副団長のイエーツは、あからさまに不機嫌な上官の声色を耳にし、心の中で勘弁して欲しいと毒づいた。
生粋の貴族の生まれ、しかも王族の血をひくエリート中のエリートである公爵家の嫡男であるミハイルは、誰よりもプライドの高い人間だった。
なまじ容姿も良く、特に努力しなくてもそこそこの剣の使い手であったこともあり、歴代一番と言えなくとも、第一近衛騎士団の団長への階段をとんとん拍子に駆け上がっていった。
そんな彼が第二、第三近衛騎士団団長たちに遅れを取るような形で話を聞かされたのである。
第一近衛騎士団の守備範囲が王族と王宮内であるということを考慮すれば、仕方ないだろうが、団長のプライドは傷ついているに違いない。
「話すのが遅くなってすまなかった」
国王にそう言われてしまえば、臣下としてはもう何も言えない。
団長も馬鹿ではないので、そこは「致し方ありません」と返すしかなかった。
「第一近衛騎士団はできるだけ平時と変わらず任務に当たってくれ。ただし、王宮内にいつもと違うことがあればいつでも報告するように」
「畏まりました」
「では、今日はもう下がってよい」
国王が退出を促し、二人はその場を辞した。
二人が出ていった後、部屋に残った全員が同じ思いを持っていた。
「あれは、あきらかに機嫌を損ねてしまったな」
ぼそり、国王が呟いた。
「昔からプライドの塊のような方ですから」
「他から知らされるより、兄上から告げられる方が傷は浅かったとは思いますが」
「それでも、悪いことをした」
キルヒライルが密かに王宮へ戻ってきた時に、誰よりも心を砕いてくれた彼に、今回は酬いることができなかったことに、申し訳ない気持ちになった。
「後で私の方からも話をしておきます。話をしてわからない人ではありませんので」
「そうか、頼む」
アウグステン公爵へのフォローをキルヒライルにまかせ、宰相から、その後わかったことの報告と、今後の方針について話を聞いた。
「侵入に関わった者たちはすでにメオデの監獄へ移送する手配をしました」
「また厳しいな」
メオデは北のシビル山脈中腹に造られた政治犯などが主に収監される監獄だ。
冬の寒さは特に厳しく、鉱山の採掘はかなりの重労働となる。
「見せしめです」
あっさりと宰相が答えた。
「ベックスについてですが、すでに亡くなっていました。正確には殺されていました」
こうして調査されるまで、誰もベックスが行方不明になったことに気づかなかった。
ベックスは真面目で仕事熱心だったが、数年前妻が病になった際に治療代のため借金をしたことがきっかけで、生活に困っていた。結局妻は亡くなり借金だけが残り、それは次第に膨らんでいき、取り立ても厳しくなっていった。
取り立てをやっていたのがボロロ一家だった。
ある日、ベックスは忽然と姿を消し、近所の人たちは夜逃げしたと思ったらしい。
ベックスの素性は特に問題はなかった。ただ借金のことが伏せられていた。
ベックスの遺体は捕らえた者たちの証言どおりの場所に埋められていた。
ベックスの振りをしていたバスターというのは取り調べの結果、ナジェットの出身だということがわかった。
王都に流れ着いてボロロ一家に雇われていたそうだ。
今後のことについて、例の三名の治める領地へ偵察に行かせるように、第二、第三近衛騎士団から人員を動かすということ。
レイエバール卿の消息についても捜索のため現地に人を派遣する手配をしたということだった。
「向こうはマイン国と通じていた三名の名前がキルヒライルを通じてこちらに渡っていることを知っているのだろう?今さら何を取り繕っても無駄だと思わないのか」
「証拠は何も持ち出せていない。あちら側の証拠はすべて処分されてしまった」
口惜しそうにキルヒライルが呟いた。
「マイン国軍部の仕業だな。証拠ともども屋敷に火を放って最後は壮絶だったそうだな」
自ら火を放ち、証拠と共に業火に焼かれていったマイン国軍の最高責任者、アレン・グスタフ。
焼け落ちる屋敷と共に聞こえた彼の高らかな笑い声が耳について離れない。
彼女の夢を見るようになるまで彼の夢に何度も現れた。
自分を呪い、自分の名を叫んだ彼の最後の断末魔。
夢の女性に彼は命も心も救われた。
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