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46 個性的な……
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長々とした話し合いが終わり、解散を告げてからイースフォルドは書類を置いて立ち上がると、弟の両手をぎゅっと握りしめた。
「兄上………」
「よく、無事に帰って来てくれた。私にとってこれらの書類より何より、そなたが無事に戻ってきてくれてことが何より嬉しい」
王都に戻る途中、追っ手により負わされた傷により、彼はもしかしたら命を落としていたかも知れなかったことを、兄王は言っているのだ。
「本当に、ご無事で何よりでした」
宰相がそう言うと、誰もがうんうんと頷く。
自分も相当な兄バカだと思うが、二十八にもなる弟に対して少々過保護だと思う。
王都に戻ってきてすぐの時にも、同じやり取りを交わしている。
「そなたの傷の手当てをしてくれた者がわかれば、会って礼を言いたいものだ」
「……すいません。意識がはっきりしていなくて、よく覚えていません」
半分は本当だ。相手の顔もわからない。
「女性だと言う以外に手がかりはないのか?ゆっくり考えたら、何か思い出すかも知れないぞ」
実は思い出していることはある。だが、その手がかりで人を探すのはかなり難しいだろう。
「一段落したら、おふれでもなんでも出して、本人から申し出てくるように致します」
報奨か何かがあれば、名乗り出てもらえるだろう。
「是非そうしろ」
その場はそう言うしかなかった。
一番探したいと思っているのは自分だが、今は他にしなけれなばならないことがある。
「ところで、今回の捕縛に関わった使用人についてですが……」
すっかりこちらの息がかかっているとばれてしまったので、その処遇について、宰相はキルヒライルの意見を求めた。
「安心しろ。首にはしない」
それを聞いて宰相はほっとした。
殿下の意に反したが、欠員が出てもすぐに補充は難しい。
彼もそのことはよくわかっている。
「そう言えば今回、新しく殿下のところに雇い入れた者は、全員テインリヒ卿が選んだのですか?」
ハロルドが訊ねる。
第三近衛騎士団の者をウィリアム・ドルグランの推薦により動かすにあたり、団長である彼に話は通していた。
「門番のことは私の不徳のいたすところです」
何度考えても悔やまれる。
「いや、そのことはもういい」
時間がなかったのだから、この程度で済んで良かった。と、キルヒライルは言う。
「実はハレス卿にも些かご助力をいただきました。私は最終の決定をしただけです」
「ハレス卿の?」
全て宰相の采配だと思っていたキルヒライルは驚いてハレス子爵を見た。
「何かご不満な点がございましたか?」
宰相もハレス子爵もローリィのことが気にかかっていた。
宰相は侵入者たちを護送してきたクリスたちから、今のところ彼女が捕縛に関わったことは伏せていると聞いていた。
一番重症のベックス改めバスターを昏倒させたのも彼女だと説明を受けている。
公爵の所へメイドとして派遣するにあたり、不審に思われない程度の仕事はできていなければと、ひととおりのことをやらせてみた。
テインリヒ家のメイド長の話では、優秀とまではいかないが、それなりの格好にはなっていると聞いていた。
他の使用人については特に問題もなく、身元が確かな者を優先して決めた。
「………特に不満はない。皆、よくやってくれている」
キルヒライルからそれだけでない様子が見てとれ、宰相とハレス子爵は不安になる。
「何かあるのか?」
難しい話題から急遽一転気楽な雰囲気になって、すっかり寛いだイースフォルドが話に入ってくる。
先ほどの二の舞になりそうだとキルヒライルは警戒する。
「特別な意味はありません。なかなか変わった……個性的なメイドがいて、どこから探してきたのか、ジークから想像できなかったので。ハレス卿も関わっておられたのですね」
かと言って、気難しい顔つきの彼ともなかなか繋がらない人選ではあった。
「私もジークから相談は受けましたが、メイドの人選などはまったく畑違いのことですので、妻や妻の実家にも助けを借りました」
「個性的とは?」
宰相は内心冷や汗をかきながらできるだけ平然を装い訊いた。
キルヒライルはローリィというメイドについて、これまであったことを話した。
話を聞いて、その反応は二手に別れた。
おもしろがる者と青ざめる者。
後者はもちろん宰相とハレス子爵。
前者は国王とソーヤ伯爵たち。
「そのマッサージとは気持ちいいものなのか?」
そのせいで寝入ってしまったと聞き、王は興味津々だ。
「かなり。おかげで頭痛が楽になりました。侵入者に気付けなったのは不覚ですが」
宰相と子爵は目を見合わせた。
護衛として疑いはかけられていないようだが、別の意味で目立ってしまっている。
そうでなくても普通より背が高く、人目をひくのだ。
「私も是非やってもらいたいものだ」
「陛下、それは……」
「何だ、ダメなのか?」
「侍医でもない者に体に触れさせるなど、キルヒライル様にしたことさえ、やむを得なかったと言え、赦されるものではないというのに」
ローリィの起用について手放しで喜んではいない宰相は、彼女の推薦をしたハレスを睨み付けた。
ハレスはそれに対してしかめ面で返した。
「殿下がそのことを無礼と思われるなら、二度としないように注意致します」
「いや、そこまでは思っていない。確かに変わったやり方ではあるが、おかげで楽になったのだから、誉めこそすれ、咎めるつもりはない。ハレス卿が責任を感じる必要もない」
「キルヒライルもそう言っている。私の発言については忘れてくれ。宰相もそうカリカリするな」
自分の不用意な発言でその場の雰囲気が険悪になったことに、王は責任を感じた。
二人にそう言われて宰相も引き下がらないわけには行かない。
「では、そのメイドについてもこれまで通りということでよろしいでしょうか」
ハレスが確認をする。
「それでいい、少なくとも今はあまり環境を変えるつもりはない」
宰相もハレスも安堵のため息を吐いた。
ここまで物議をかもした個性的なメイドについては、その場にいた皆の記憶に残った。
「兄上………」
「よく、無事に帰って来てくれた。私にとってこれらの書類より何より、そなたが無事に戻ってきてくれてことが何より嬉しい」
王都に戻る途中、追っ手により負わされた傷により、彼はもしかしたら命を落としていたかも知れなかったことを、兄王は言っているのだ。
「本当に、ご無事で何よりでした」
宰相がそう言うと、誰もがうんうんと頷く。
自分も相当な兄バカだと思うが、二十八にもなる弟に対して少々過保護だと思う。
王都に戻ってきてすぐの時にも、同じやり取りを交わしている。
「そなたの傷の手当てをしてくれた者がわかれば、会って礼を言いたいものだ」
「……すいません。意識がはっきりしていなくて、よく覚えていません」
半分は本当だ。相手の顔もわからない。
「女性だと言う以外に手がかりはないのか?ゆっくり考えたら、何か思い出すかも知れないぞ」
実は思い出していることはある。だが、その手がかりで人を探すのはかなり難しいだろう。
「一段落したら、おふれでもなんでも出して、本人から申し出てくるように致します」
報奨か何かがあれば、名乗り出てもらえるだろう。
「是非そうしろ」
その場はそう言うしかなかった。
一番探したいと思っているのは自分だが、今は他にしなけれなばならないことがある。
「ところで、今回の捕縛に関わった使用人についてですが……」
すっかりこちらの息がかかっているとばれてしまったので、その処遇について、宰相はキルヒライルの意見を求めた。
「安心しろ。首にはしない」
それを聞いて宰相はほっとした。
殿下の意に反したが、欠員が出てもすぐに補充は難しい。
彼もそのことはよくわかっている。
「そう言えば今回、新しく殿下のところに雇い入れた者は、全員テインリヒ卿が選んだのですか?」
ハロルドが訊ねる。
第三近衛騎士団の者をウィリアム・ドルグランの推薦により動かすにあたり、団長である彼に話は通していた。
「門番のことは私の不徳のいたすところです」
何度考えても悔やまれる。
「いや、そのことはもういい」
時間がなかったのだから、この程度で済んで良かった。と、キルヒライルは言う。
「実はハレス卿にも些かご助力をいただきました。私は最終の決定をしただけです」
「ハレス卿の?」
全て宰相の采配だと思っていたキルヒライルは驚いてハレス子爵を見た。
「何かご不満な点がございましたか?」
宰相もハレス子爵もローリィのことが気にかかっていた。
宰相は侵入者たちを護送してきたクリスたちから、今のところ彼女が捕縛に関わったことは伏せていると聞いていた。
一番重症のベックス改めバスターを昏倒させたのも彼女だと説明を受けている。
公爵の所へメイドとして派遣するにあたり、不審に思われない程度の仕事はできていなければと、ひととおりのことをやらせてみた。
テインリヒ家のメイド長の話では、優秀とまではいかないが、それなりの格好にはなっていると聞いていた。
他の使用人については特に問題もなく、身元が確かな者を優先して決めた。
「………特に不満はない。皆、よくやってくれている」
キルヒライルからそれだけでない様子が見てとれ、宰相とハレス子爵は不安になる。
「何かあるのか?」
難しい話題から急遽一転気楽な雰囲気になって、すっかり寛いだイースフォルドが話に入ってくる。
先ほどの二の舞になりそうだとキルヒライルは警戒する。
「特別な意味はありません。なかなか変わった……個性的なメイドがいて、どこから探してきたのか、ジークから想像できなかったので。ハレス卿も関わっておられたのですね」
かと言って、気難しい顔つきの彼ともなかなか繋がらない人選ではあった。
「私もジークから相談は受けましたが、メイドの人選などはまったく畑違いのことですので、妻や妻の実家にも助けを借りました」
「個性的とは?」
宰相は内心冷や汗をかきながらできるだけ平然を装い訊いた。
キルヒライルはローリィというメイドについて、これまであったことを話した。
話を聞いて、その反応は二手に別れた。
おもしろがる者と青ざめる者。
後者はもちろん宰相とハレス子爵。
前者は国王とソーヤ伯爵たち。
「そのマッサージとは気持ちいいものなのか?」
そのせいで寝入ってしまったと聞き、王は興味津々だ。
「かなり。おかげで頭痛が楽になりました。侵入者に気付けなったのは不覚ですが」
宰相と子爵は目を見合わせた。
護衛として疑いはかけられていないようだが、別の意味で目立ってしまっている。
そうでなくても普通より背が高く、人目をひくのだ。
「私も是非やってもらいたいものだ」
「陛下、それは……」
「何だ、ダメなのか?」
「侍医でもない者に体に触れさせるなど、キルヒライル様にしたことさえ、やむを得なかったと言え、赦されるものではないというのに」
ローリィの起用について手放しで喜んではいない宰相は、彼女の推薦をしたハレスを睨み付けた。
ハレスはそれに対してしかめ面で返した。
「殿下がそのことを無礼と思われるなら、二度としないように注意致します」
「いや、そこまでは思っていない。確かに変わったやり方ではあるが、おかげで楽になったのだから、誉めこそすれ、咎めるつもりはない。ハレス卿が責任を感じる必要もない」
「キルヒライルもそう言っている。私の発言については忘れてくれ。宰相もそうカリカリするな」
自分の不用意な発言でその場の雰囲気が険悪になったことに、王は責任を感じた。
二人にそう言われて宰相も引き下がらないわけには行かない。
「では、そのメイドについてもこれまで通りということでよろしいでしょうか」
ハレスが確認をする。
「それでいい、少なくとも今はあまり環境を変えるつもりはない」
宰相もハレスも安堵のため息を吐いた。
ここまで物議をかもした個性的なメイドについては、その場にいた皆の記憶に残った。
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