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40 寝ている間に

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「旦那様、公爵様、キルヒライル様」

遠慮がちに自分を揺り動かすジャックの声に、はっと目を覚ます。

いつの間に眠っていたのか。
声がした方を見ると、燭台を持ったジャックの顔がすぐ近くにあった。

「どれくらい眠っていた?」

部屋の中の様子からまだ朝には幾分か早い時間だと察する。

「ほんの三十分程度です。お起こしして申し訳ありません。急ぎ下までお越しください」

そう言って自分にガウンを差し出す。

「何があった?」

言われるままガウンを受け取って羽織ながら尋ねると、実は不審な輩が押し入ろうとしていた。と、それだけ伝える。

「何だと!」

その言葉をきいて、部屋靴を履いて慌てて部屋を出る。

廊下に出て下に向かうと、一階の玄関付近に人が立っている。

近くまで行くと、使用人の一人、クリスだとわかる。

「お呼びたてして申し訳ありません。あまり騒ぎを大きくしてはと思いまして、こちらへお越しください」

そう言われて厨房を通り抜け裏口に回ると、縄で縛られその場に座り込む数人の男たちが目に入った。

「もう捕らえているのか」

自分が眠り込んでいる間に全てが終わっていたことに、公爵は驚いた。

「ご報告が遅れて申し訳ございません」

「……いや………怒っているのでは……」

自分の知らないうちに誰かが不審な輩の侵入に気付き、捕縛まで終えている事実に、怒っているのだろうか。
無意識に顔に出ていたのかもしれない。

今日(昨日か?今が何時かはっきりわからない)王宮に着いた時から頭痛が始まった。 
過去にも経験したことのあるそれは夕方になる頃にはますます酷くなり、帰りの馬車の振動も辛いものがあった。

食べる気力もなく、薬と酒で誤魔化しこのまま寝てしまおうと思っていると、ジャックがローリィを伴い入ってきた。

聞けば、この痛みを何とかできるかも知れないと言う。

眉唾ものかと一瞬考えたが、彼女のやることはこれまで自分の知らないことばかりで、もしかしたらと任せることにしたのだが…………

首にあてられた温めたタオルも、単純なものだったが気持ち良かった。

そして、肩や首筋、頭に至るまで、的確に気持ちがいいところを押してくる。
痛かったら、と言っていたが、痛さの中に心地よさが広がり、ほんの十分ほどだったが、ずいぶん楽になったと思う反面、これで終わりかと残念な気持ちになった。

しかし、あれで終わりではなかった。

次に言われた指示には驚いた。
上着を脱いで寝台にうつ伏せになれと言う。
何を、と思ったが、先ほどの手腕を体験しただけでは物足りなさも感じていたので、素直に従った。

うつ伏せになると、肩や背中に何やら塗られたが、ほんのり温められたそれは、とても良い香りがして、不快ではなかった。

そして、腕や肩、背中に触れる彼女の指の心地よさに再び酔いしれた。

時に優しく、時に力を入れて指を押し付ける。
いつの間にか頭痛は消え去り、眠りに落ちていた。

せっかく穏やかな眠りについていたところを邪魔した輩を見て、怒りが込み上げてくる。

よく見ると、一人だけまだ気絶しているようだ。

「この男は……」

泥にまみれて倒れている男の顔は見覚えがある。
確か、門番のベックスと言ったが……

「門番として雇っていたベックスという男です。どうやらここを襲う手引きをするように金で雇われたようです」

言ったのは確かエリックという厩舎係だった。

「この者たちは?」

腕を後ろ手に縛られ、足も縛られ、猿轡をはめられている男たちに見覚えはなかった。

「どうやら街のごろつきらしいです」

見るからにそれらしい風貌の男たちは、服が破れ、明らかに切られたとわかる傷をあちこちに作り項垂れている。

「何か吐いたか」
「いえ、こいつらも正体のわからない者に金で雇われただけのようで、相手の人相などはまだ聞き出せておりません」

「物取りの類いという可能性は?」

「その可能性もありますが……」

自分を狙ったものだろう。
彼らから有益な情報は得られるとは思えない。誰が黒幕かまでは恐らく知らされていないだろう。
確実に狙ってくるなら、もっと手練れの者を寄越す。
成功すれば儲けもの。失敗しても、街のごろつきがどうなろうと相手は痛くも痒くもないというところか。

あるいは、こちらの守備力がどの程度かを探る布石かも知れない。
「悪いがこいつらを一番簡素な馬車に放り込み、見張りを頼む。夜が明けたらすぐに宰相のところに連れて行ってくれ」

「畏まりました」

「それから、クリス、それが終わったら執務室に来い。詳細を聞こう。所属は第三近衛騎士団か?」

クリス、レイ、エリックのうち、クリスが一番年長のため、彼を呼んだ。

三人はとっくに自分たちの素性がばれていることに気付き、苦笑した。



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