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39 もうひとつの仕事
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「(ジャックさん、殿下をよろしくお願いします)」
私はそう言うと、男部屋に駆け込んだ。
「クリスさん、レイさん」
部屋にいた彼らは私の様子に異変を察知し、警戒体制を取った。
私はシリアさんの部屋にいる皆に気づかれないようにしながら自分の部屋に慌てて戻り、着替えている時間がないため、エプロンだけを脱ぎ捨て、寝台の下に入れておいた剣を引っ張りだす。
裏口に向かうとちょうどクリスさんたち三人と合流した。
相手に知られないよう、扉の前で一度立ち止まり、そっと裏口を開けてするりと身を外に滑らせる。
背中を壁に付け、壁づたいに東の庭にたどり着く。
パラパラと降る雨が庭木の葉にあたり、少しの物音なら相手に気づかれにくい。
それは相手も同じことだが、こちらは相手の存在に気づいていて、向こうはこちらが気づいていることを知らない。
建物の東の端に着くと、主寝室下の植木の辺りに人の気配がした。
一人、また一人と植木から壁に移動している。
一人が梯子を担いでいるのが見える。二階の主寝室のベランダから侵入するつもりなのだろう。
しばらく様子を見て、壁に移動した影が全部で8人だと確認する。
気配の消しかたが雑なのは、腕っぷしに自信があってもそれほど手練れではないということだろう。
クリスさんたちもそれに気付き、自分たちに任せろと目で合図を送ってきた。
彼らとは宰相邸で手合わせをして、互いの力量を確認している。
今回は彼らに任せることにし、私は後ろに下がった。
クリスさんたちは少しずつ建物から離れて暗闇の中に進み、彼らの背後から切り込んで行った。
雨音に交じり剣と剣がぶつかり合う音と、どさりと人が倒れる音がする。
私は念のため暗闇に潜み、伏兵に備えた。
切り込まれている相手を援護する者が物陰から出てこないあたり、忍び込んだのはどうやらこれで全員らしいと思った時、背後の植木からガサリと音がした。
剣を身構え振り向くと、こそこそと建物から離れて行こうとする頭が見えた。
援護に回るどころか、仲間を見捨てて逃げようとしているようだ。
後ろを向いているため、こちらには気づいていないようだ。
頭だけ見える人物の背後に廻って付いていく。
このまま行くと表の馬車道に出るという辺りにきて、それが誰なのか気づいた。
「ベックスさん」
「ひいいい」
できるだけ小声で声をかけると、相手は笑えるくらい裏返った声でその場に膝を着いて、前のめりに倒れた。
私は剣を背後に隠し持つ。
「なんだ、お前か」
四つん這いになってこちらをちらりと見た彼は、声をかけたのが私だと気づくと、途端に気を大きくしたのか立ち上がった。
「雨が降っているのに、こんな時間にこんなところで何してるんですか?」
「よ、夜の見廻りさ」
濡れているのは私も同じだが、そこを指摘する余裕はないようだ。
「お前こそ、メイドがこんな時間に何してる?」
少し余裕ができたのか、私がここにいる不自然さに気づいた。
「うん、誰か邸に来たみたいで、今、庭でクリスさんやレイさんたちが相手してくれてるみたいなのよね。私は、迷子になってる人がいないか探しに来たの」
「へ、へえ………俺も今来たけど、誰もいなかったぞ」
夜の客など普通ならその不自然さに気づくだろうに。
「あ、そうなんですね」
次第に間合いを詰め、後2歩といったところで、背後からエリックさんが飛び出してきた。
「おい、こっちは片付いたぞ!……ベックス?」
エリックさんに見咎められ、ベックスは懐からナイフを取り出し私を羽交い締めにした。
「近付くな!こいつがどうなってもいいのか!」
私の首筋にナイフの切っ先をあて、追いかけてきたエリックさんに叫ぶ。
「バカなことはよせ!後悔するぞ」
エリックさんはそれ以上近付くことができず、その場で立ち止まる。
「う、うるせぇ!おとなしく言うことをきいて、そこから動くな」
気が動転しているベックスは、私が剣を持っているのが見えていない。
私の首に腕を回して、ジリジリとエリックさんを睨みながら後ずさる。
「本当に後悔するぞ!」
「うるさい!黙れ!」
エリックさんがあれ以上近づいてこないのを、自分の脅しがきいたからだと、ベックスは勘違いしている。
「後悔、するわよ」
「何?」
ベックスは私が悲鳴も上げず、震えてもいないことにようやく気づいた。
私はほぼ同じ身長の、背後のベックスをギロリと睨む。
「な……グフ」
ガンっと私は右手に持つ剣の柄でベックスの腹を突き、腕の力が緩んだ隙に体を反転する勢いを使って左足を軸にしてベックスの右耳の辺りにを右足で回し蹴りにした。
「げえっ」
私の右足が地に着くと同時にベックスの体が地面の水溜まりに倒れこんだ。
「だから後悔すると言ったのに」
白目をむいて昏倒するベックスに近づき、ちらりと私を見てから、同情するようにエリックさんが呟いた。
「自業自得」
数日前の恨みを込めて、ザマアミロと雨水を滴らせながらベックスを見下ろした。
私はそう言うと、男部屋に駆け込んだ。
「クリスさん、レイさん」
部屋にいた彼らは私の様子に異変を察知し、警戒体制を取った。
私はシリアさんの部屋にいる皆に気づかれないようにしながら自分の部屋に慌てて戻り、着替えている時間がないため、エプロンだけを脱ぎ捨て、寝台の下に入れておいた剣を引っ張りだす。
裏口に向かうとちょうどクリスさんたち三人と合流した。
相手に知られないよう、扉の前で一度立ち止まり、そっと裏口を開けてするりと身を外に滑らせる。
背中を壁に付け、壁づたいに東の庭にたどり着く。
パラパラと降る雨が庭木の葉にあたり、少しの物音なら相手に気づかれにくい。
それは相手も同じことだが、こちらは相手の存在に気づいていて、向こうはこちらが気づいていることを知らない。
建物の東の端に着くと、主寝室下の植木の辺りに人の気配がした。
一人、また一人と植木から壁に移動している。
一人が梯子を担いでいるのが見える。二階の主寝室のベランダから侵入するつもりなのだろう。
しばらく様子を見て、壁に移動した影が全部で8人だと確認する。
気配の消しかたが雑なのは、腕っぷしに自信があってもそれほど手練れではないということだろう。
クリスさんたちもそれに気付き、自分たちに任せろと目で合図を送ってきた。
彼らとは宰相邸で手合わせをして、互いの力量を確認している。
今回は彼らに任せることにし、私は後ろに下がった。
クリスさんたちは少しずつ建物から離れて暗闇の中に進み、彼らの背後から切り込んで行った。
雨音に交じり剣と剣がぶつかり合う音と、どさりと人が倒れる音がする。
私は念のため暗闇に潜み、伏兵に備えた。
切り込まれている相手を援護する者が物陰から出てこないあたり、忍び込んだのはどうやらこれで全員らしいと思った時、背後の植木からガサリと音がした。
剣を身構え振り向くと、こそこそと建物から離れて行こうとする頭が見えた。
援護に回るどころか、仲間を見捨てて逃げようとしているようだ。
後ろを向いているため、こちらには気づいていないようだ。
頭だけ見える人物の背後に廻って付いていく。
このまま行くと表の馬車道に出るという辺りにきて、それが誰なのか気づいた。
「ベックスさん」
「ひいいい」
できるだけ小声で声をかけると、相手は笑えるくらい裏返った声でその場に膝を着いて、前のめりに倒れた。
私は剣を背後に隠し持つ。
「なんだ、お前か」
四つん這いになってこちらをちらりと見た彼は、声をかけたのが私だと気づくと、途端に気を大きくしたのか立ち上がった。
「雨が降っているのに、こんな時間にこんなところで何してるんですか?」
「よ、夜の見廻りさ」
濡れているのは私も同じだが、そこを指摘する余裕はないようだ。
「お前こそ、メイドがこんな時間に何してる?」
少し余裕ができたのか、私がここにいる不自然さに気づいた。
「うん、誰か邸に来たみたいで、今、庭でクリスさんやレイさんたちが相手してくれてるみたいなのよね。私は、迷子になってる人がいないか探しに来たの」
「へ、へえ………俺も今来たけど、誰もいなかったぞ」
夜の客など普通ならその不自然さに気づくだろうに。
「あ、そうなんですね」
次第に間合いを詰め、後2歩といったところで、背後からエリックさんが飛び出してきた。
「おい、こっちは片付いたぞ!……ベックス?」
エリックさんに見咎められ、ベックスは懐からナイフを取り出し私を羽交い締めにした。
「近付くな!こいつがどうなってもいいのか!」
私の首筋にナイフの切っ先をあて、追いかけてきたエリックさんに叫ぶ。
「バカなことはよせ!後悔するぞ」
エリックさんはそれ以上近付くことができず、その場で立ち止まる。
「う、うるせぇ!おとなしく言うことをきいて、そこから動くな」
気が動転しているベックスは、私が剣を持っているのが見えていない。
私の首に腕を回して、ジリジリとエリックさんを睨みながら後ずさる。
「本当に後悔するぞ!」
「うるさい!黙れ!」
エリックさんがあれ以上近づいてこないのを、自分の脅しがきいたからだと、ベックスは勘違いしている。
「後悔、するわよ」
「何?」
ベックスは私が悲鳴も上げず、震えてもいないことにようやく気づいた。
私はほぼ同じ身長の、背後のベックスをギロリと睨む。
「な……グフ」
ガンっと私は右手に持つ剣の柄でベックスの腹を突き、腕の力が緩んだ隙に体を反転する勢いを使って左足を軸にしてベックスの右耳の辺りにを右足で回し蹴りにした。
「げえっ」
私の右足が地に着くと同時にベックスの体が地面の水溜まりに倒れこんだ。
「だから後悔すると言ったのに」
白目をむいて昏倒するベックスに近づき、ちらりと私を見てから、同情するようにエリックさんが呟いた。
「自業自得」
数日前の恨みを込めて、ザマアミロと雨水を滴らせながらベックスを見下ろした。
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