上 下
39 / 266

39 もうひとつの仕事

しおりを挟む
「(ジャックさん、殿下をよろしくお願いします)」

私はそう言うと、男部屋に駆け込んだ。

「クリスさん、レイさん」

部屋にいた彼らは私の様子に異変を察知し、警戒体制を取った。

私はシリアさんの部屋にいる皆に気づかれないようにしながら自分の部屋に慌てて戻り、着替えている時間がないため、エプロンだけを脱ぎ捨て、寝台の下に入れておいた剣を引っ張りだす。


裏口に向かうとちょうどクリスさんたち三人と合流した。

相手に知られないよう、扉の前で一度立ち止まり、そっと裏口を開けてするりと身を外に滑らせる。

背中を壁に付け、壁づたいに東の庭にたどり着く。

パラパラと降る雨が庭木の葉にあたり、少しの物音なら相手に気づかれにくい。
それは相手も同じことだが、こちらは相手の存在に気づいていて、向こうはこちらが気づいていることを知らない。

建物の東の端に着くと、主寝室下の植木の辺りに人の気配がした。
一人、また一人と植木から壁に移動している。
一人が梯子を担いでいるのが見える。二階の主寝室のベランダから侵入するつもりなのだろう。
しばらく様子を見て、壁に移動した影が全部で8人だと確認する。

気配の消しかたが雑なのは、腕っぷしに自信があってもそれほど手練れではないということだろう。

クリスさんたちもそれに気付き、自分たちに任せろと目で合図を送ってきた。
彼らとは宰相邸で手合わせをして、互いの力量を確認している。

今回は彼らに任せることにし、私は後ろに下がった。

クリスさんたちは少しずつ建物から離れて暗闇の中に進み、彼らの背後から切り込んで行った。

雨音に交じり剣と剣がぶつかり合う音と、どさりと人が倒れる音がする。
私は念のため暗闇に潜み、伏兵に備えた。

切り込まれている相手を援護する者が物陰から出てこないあたり、忍び込んだのはどうやらこれで全員らしいと思った時、背後の植木からガサリと音がした。

剣を身構え振り向くと、こそこそと建物から離れて行こうとする頭が見えた。

援護に回るどころか、仲間を見捨てて逃げようとしているようだ。

後ろを向いているため、こちらには気づいていないようだ。

頭だけ見える人物の背後に廻って付いていく。

このまま行くと表の馬車道に出るという辺りにきて、それが誰なのか気づいた。

「ベックスさん」

「ひいいい」

できるだけ小声で声をかけると、相手は笑えるくらい裏返った声でその場に膝を着いて、前のめりに倒れた。

私は剣を背後に隠し持つ。

「なんだ、お前か」
四つん這いになってこちらをちらりと見た彼は、声をかけたのが私だと気づくと、途端に気を大きくしたのか立ち上がった。

「雨が降っているのに、こんな時間にこんなところで何してるんですか?」

「よ、夜の見廻りさ」

濡れているのは私も同じだが、そこを指摘する余裕はないようだ。

「お前こそ、メイドがこんな時間に何してる?」

少し余裕ができたのか、私がここにいる不自然さに気づいた。

「うん、誰か邸に来たみたいで、今、庭でクリスさんやレイさんたちが相手してくれてるみたいなのよね。私は、迷子になってる人がいないか探しに来たの」

「へ、へえ………俺も今来たけど、誰もいなかったぞ」

夜の客など普通ならその不自然さに気づくだろうに。

「あ、そうなんですね」

次第に間合いを詰め、後2歩といったところで、背後からエリックさんが飛び出してきた。

「おい、こっちは片付いたぞ!……ベックス?」

エリックさんに見咎められ、ベックスは懐からナイフを取り出し私を羽交い締めにした。

「近付くな!こいつがどうなってもいいのか!」

私の首筋にナイフの切っ先をあて、追いかけてきたエリックさんに叫ぶ。

「バカなことはよせ!後悔するぞ」

エリックさんはそれ以上近付くことができず、その場で立ち止まる。

「う、うるせぇ!おとなしく言うことをきいて、そこから動くな」

気が動転しているベックスは、私が剣を持っているのが見えていない。
私の首に腕を回して、ジリジリとエリックさんを睨みながら後ずさる。

「本当に後悔するぞ!」

「うるさい!黙れ!」

エリックさんがあれ以上近づいてこないのを、自分の脅しがきいたからだと、ベックスは勘違いしている。

「後悔、するわよ」

「何?」

ベックスは私が悲鳴も上げず、震えてもいないことにようやく気づいた。

私はほぼ同じ身長の、背後のベックスをギロリと睨む。

「な……グフ」

ガンっと私は右手に持つ剣の柄でベックスの腹を突き、腕の力が緩んだ隙に体を反転する勢いを使って左足を軸にしてベックスの右耳の辺りにを右足で回し蹴りにした。

「げえっ」

私の右足が地に着くと同時にベックスの体が地面の水溜まりに倒れこんだ。

「だから後悔すると言ったのに」

白目をむいて昏倒するベックスに近づき、ちらりと私を見てから、同情するようにエリックさんが呟いた。

「自業自得」

数日前の恨みを込めて、ザマアミロと雨水を滴らせながらベックスを見下ろした。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...