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38 おつかれですね
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公爵邸に戻り、その日の仕事をこなしているうちに、生地屋からの荷物も届いた。
殿下からいただいたお金は銀貨20枚。必要なものを買っても十分お釣りがあった。
ジャックさんに残ったお金について相談したが、公爵邸を切り盛りする財布とは別の、殿下個人のお金なので、直接殿下に尋ねるように言われた。恐らく返す必要はないと思う、と付け加えて。
公爵はだいたいいつもの時間に帰ってきたが、その日は何だか調子が悪いのか、顔色がよくなかった。
食欲もあまりなく、殆ど召し上がらなかった。
そのことをシリアさんに話をすると、根を詰めすぎると時折悩まされる頭痛があるらしいということだった。
王の盾となり剣となるという心構えでいつも気を張っているからだと、シリアさんはいう。
過度なストレスが原因だとすぐわかった。きっと肩も背中も腰までガチガチに凝っているのだろう。もしかしたら偏頭痛もあるのかも知れない。
加えて今日の空模様はどんよりとしていて、今にも泣き出しそうだ。
気圧の変化も頭痛に影響しているのだろう。
日本なら整体やマッサージに通うところだが、生憎ここではそんなものはない。
「あの、ジャックさん、シリアさん、よろしいですか?」
私はジャックさんたちにある提案をし、二人は半信半疑ながらも、それで旦那様の体の調子がよくなるならと、許可をもらった。
シリアさんたちには私の持っているヨガ用の衣服やタオルの見本をもとに、今日買ってきた生地でそれぞれの分を作っておいてもらうことにし、私は自分の荷物から必要な物を取ってから厨房に寄り、ジャックさんと二人、殿下の部屋に向かった。
いつもなら、少し部屋で仕事をしているということだったが、部屋に入ると、彼は目頭を軽く押さえて深く椅子に腰掛けていた。
お酒の力を借りて乗りきろうとしているのか、酒瓶とお酒の入ったグラスが机の上に置かれている。
部屋の中は最小限の光があるだけで、極力灯りも押さえられている。
「今日はもう、下がっていいと、言ったはずだが」
目頭を押さえた手の下からこちらをみて、呟く。
お酒はこの場合、助けになるどころか症状を悪化させているのは一目瞭然だ。
「じつは、ローリィが、旦那様の現在の状態を何とかできるのではと申しまして、こうして伺いました」
「………」
ジャックさんの言葉に、ちらりと私を見て、私の手元に視線を落とし、手に持っているものを見る。
「いつもの薬は飲んだ。必要ない。寝れば治る」
会話すら面倒だというように、ぶっきらぼうに答える。
「薬を飲んでお酒はよくありません、飲み薬をおすすめするつもりもありません」
「では、どうするのだ?」
「マッサージします」
「………マッサー?」
「マッサージです」
初めて聞く言葉に、ジャックさんに説明しろと視線を向けたが、ジャックさんもうまく説明できず、困っている。
「変わった紅茶の入れ方に、ヨガ、今度はマッサージ?」
「構いませんでしょうか?」
「好きにしろ、楽になるなら、何でもやってくれ」
お許しが出たので、私は準備を始めた。
前世でも私はよくマッサージやエステに通っていた。
私の唯一の贅沢。洋服や外食にかけるお金を削っても足しげく通っていた。
好きが高じて警察官を辞めたらエステシャンも有りかな、なんて考えていたくらい。
「あの、こちらへ座っていただけますか」
まずは頭、首、肩をマッサージするため、側にあった背もたれの低い椅子を示した。
殿下は素直に従い、そちらへ移動する。
「では始めますので、楽にしてください」
私は首もとに温めたタオルをかけた。
首と肩を暖めることで血管が開き、血行がよくなる。
「ほう」と息を吐き、緊張が緩むのがわかり、それだけでも効果があることがわかった。
案の定、ガチガチに固まっていた。
揉みおこしにならないよう、ゆっくりと揉み出す。
「痛いと思ったら、遠慮なく言って下さい」
首筋を指圧し、曲げた指の間接でリンパを刺激する。
肩甲骨を片手で押さえ、腕を大きく前後に回して肩甲骨をほぐす。
耳のツボや頭のツボを押さえ、柔らかくする。
ほんの十分ほどで、硬かった肩から上の部分が柔らかくなった。
「いかがですか?」
小声で聞くと、うん、と呟くような返事が返ってきた。
「ずいぶん楽になった」
後ろ向きに見上げた顔つきは、確かにいくぶん和らいでいる。
次に寝台に上半身裸になってうつ伏せになってもらい、クリームでマッサージすると、リラックスした殿下はいつの間にか寝入ってしまった。
正直、このマッサージは断られるかと思ったが、先にやった肩揉みが余程良かったのか、すんなり施術を受けてくれた。
「後は私がやっておきます。あなたはもう戻ってください」
ずっと黙って見ていたジャックさんが殿下を起こさないように小声で話しかけてきた。
私は黙ってうなずき、使った道具を片付ける。
東側のカーテンが少し開いていたので、殿下にシーツをかけているジャックさんに目で合図して閉めていいかを確認してからカーテンを閉めに行った。
いつの間にか雨が振りだしていた。
それほど雨足は強くなく、朝には上がるだろう。
その時、窓の向こう、庭の繁みに隠れて何かが動いた。
さっとカーテンの隙間から外を伺うと、雨降る闇夜に紛れ、きらめくものがみえる。
それは刀身のきらめきに見えた。
殿下からいただいたお金は銀貨20枚。必要なものを買っても十分お釣りがあった。
ジャックさんに残ったお金について相談したが、公爵邸を切り盛りする財布とは別の、殿下個人のお金なので、直接殿下に尋ねるように言われた。恐らく返す必要はないと思う、と付け加えて。
公爵はだいたいいつもの時間に帰ってきたが、その日は何だか調子が悪いのか、顔色がよくなかった。
食欲もあまりなく、殆ど召し上がらなかった。
そのことをシリアさんに話をすると、根を詰めすぎると時折悩まされる頭痛があるらしいということだった。
王の盾となり剣となるという心構えでいつも気を張っているからだと、シリアさんはいう。
過度なストレスが原因だとすぐわかった。きっと肩も背中も腰までガチガチに凝っているのだろう。もしかしたら偏頭痛もあるのかも知れない。
加えて今日の空模様はどんよりとしていて、今にも泣き出しそうだ。
気圧の変化も頭痛に影響しているのだろう。
日本なら整体やマッサージに通うところだが、生憎ここではそんなものはない。
「あの、ジャックさん、シリアさん、よろしいですか?」
私はジャックさんたちにある提案をし、二人は半信半疑ながらも、それで旦那様の体の調子がよくなるならと、許可をもらった。
シリアさんたちには私の持っているヨガ用の衣服やタオルの見本をもとに、今日買ってきた生地でそれぞれの分を作っておいてもらうことにし、私は自分の荷物から必要な物を取ってから厨房に寄り、ジャックさんと二人、殿下の部屋に向かった。
いつもなら、少し部屋で仕事をしているということだったが、部屋に入ると、彼は目頭を軽く押さえて深く椅子に腰掛けていた。
お酒の力を借りて乗りきろうとしているのか、酒瓶とお酒の入ったグラスが机の上に置かれている。
部屋の中は最小限の光があるだけで、極力灯りも押さえられている。
「今日はもう、下がっていいと、言ったはずだが」
目頭を押さえた手の下からこちらをみて、呟く。
お酒はこの場合、助けになるどころか症状を悪化させているのは一目瞭然だ。
「じつは、ローリィが、旦那様の現在の状態を何とかできるのではと申しまして、こうして伺いました」
「………」
ジャックさんの言葉に、ちらりと私を見て、私の手元に視線を落とし、手に持っているものを見る。
「いつもの薬は飲んだ。必要ない。寝れば治る」
会話すら面倒だというように、ぶっきらぼうに答える。
「薬を飲んでお酒はよくありません、飲み薬をおすすめするつもりもありません」
「では、どうするのだ?」
「マッサージします」
「………マッサー?」
「マッサージです」
初めて聞く言葉に、ジャックさんに説明しろと視線を向けたが、ジャックさんもうまく説明できず、困っている。
「変わった紅茶の入れ方に、ヨガ、今度はマッサージ?」
「構いませんでしょうか?」
「好きにしろ、楽になるなら、何でもやってくれ」
お許しが出たので、私は準備を始めた。
前世でも私はよくマッサージやエステに通っていた。
私の唯一の贅沢。洋服や外食にかけるお金を削っても足しげく通っていた。
好きが高じて警察官を辞めたらエステシャンも有りかな、なんて考えていたくらい。
「あの、こちらへ座っていただけますか」
まずは頭、首、肩をマッサージするため、側にあった背もたれの低い椅子を示した。
殿下は素直に従い、そちらへ移動する。
「では始めますので、楽にしてください」
私は首もとに温めたタオルをかけた。
首と肩を暖めることで血管が開き、血行がよくなる。
「ほう」と息を吐き、緊張が緩むのがわかり、それだけでも効果があることがわかった。
案の定、ガチガチに固まっていた。
揉みおこしにならないよう、ゆっくりと揉み出す。
「痛いと思ったら、遠慮なく言って下さい」
首筋を指圧し、曲げた指の間接でリンパを刺激する。
肩甲骨を片手で押さえ、腕を大きく前後に回して肩甲骨をほぐす。
耳のツボや頭のツボを押さえ、柔らかくする。
ほんの十分ほどで、硬かった肩から上の部分が柔らかくなった。
「いかがですか?」
小声で聞くと、うん、と呟くような返事が返ってきた。
「ずいぶん楽になった」
後ろ向きに見上げた顔つきは、確かにいくぶん和らいでいる。
次に寝台に上半身裸になってうつ伏せになってもらい、クリームでマッサージすると、リラックスした殿下はいつの間にか寝入ってしまった。
正直、このマッサージは断られるかと思ったが、先にやった肩揉みが余程良かったのか、すんなり施術を受けてくれた。
「後は私がやっておきます。あなたはもう戻ってください」
ずっと黙って見ていたジャックさんが殿下を起こさないように小声で話しかけてきた。
私は黙ってうなずき、使った道具を片付ける。
東側のカーテンが少し開いていたので、殿下にシーツをかけているジャックさんに目で合図して閉めていいかを確認してからカーテンを閉めに行った。
いつの間にか雨が振りだしていた。
それほど雨足は強くなく、朝には上がるだろう。
その時、窓の向こう、庭の繁みに隠れて何かが動いた。
さっとカーテンの隙間から外を伺うと、雨降る闇夜に紛れ、きらめくものがみえる。
それは刀身のきらめきに見えた。
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