17 / 266
17 王宮からの招待状
しおりを挟む「ただいま…え、どうしたの?」
ウィリアム邸を訪れてから三日後、私はウィリアムさんからシューティングスターの預かり先が決まったと連絡を受け、早速宿屋に赴いて新しい預かり先に行ってきたところだった。
ウィリアムさんのところに話を聞きに行くと、ホリィさんが案内してくれた。
なんでもウィリアムさんはここのところ忙しくしていて、殆ど泊まり込みで帰って来ていないそうで、ホリィさんに後のことを頼んでくれていた。
そんなに忙しいのに、私のことまで気にかけてくれて、ウィリアムさんの仕事が落ち着いたら、改めてお礼に伺おうと思った。
新しいシューティングスターの預かり先は何と第二近衛騎士団の副団長さんでハレス子爵のお宅だった。
ウィリアムさんは第三近衛騎士団だが、弟さんのマシューさんが第二近衛騎士団ということもあり、よく見知った間柄なのだそうだ。
副団長さんは勤務に出られているため、相対してくれたのは副団長さんはのところの執事さんだった。
初老のその方とシューティングスターの世話のことで打ち合わせをし、毎日は無理なので、三日ごとの頻度でお邪魔することを話あった。
直接副団長さんにお礼をと申し出たが、旦那様は忙しいと言われてあきらめた。
舞屋は玄関を入ったところがすぐに来客を迎える応接室となっており、そこを通りすぎてもう一枚扉を開けると、そこがみんなの共有スペース、居間を挟んで右に手洗い場兼風呂場、左側台所、正面奥がお母さん、ティータの執務室兼寝室になっている。踊りの衣装などは執務室にあるクローゼットにしまっている。
踊り子たちは二階にそれぞれ個室があるが、見習いのうちは二人部屋となっている。ティータの舞屋は今は見習いはおらず、一月前結婚して一人辞めたため、ローリィはそこを使わせてもらっている。
個室だが、寝台と小さな机と椅子を置いたらもういっぱいだった。
「と、どうしたの、みんな」
共有の居間に足を踏み入れると、五人全員がこの世の終わりのようにうなだれていた。
「もう…もう…うちは終わりだわ」
あ、ほんとに終わりとか言ってる。
この世の終わりのようだと思ったので、ティータさんがそう呟いたのには驚いた。
「あの…何があったんですか?」
ここまでみんなを打ちのめすとは、一体何があったのか。
「ローリィ…う、う、私が私がいけないのよ」
そう言ってミリイがわっと泣きながら私に抱きついてきた。
ちなみにミリイの右頬の腫れはだいぶひいていたが、右手首は骨にヒビが入っていたらしく、全治二週間と医者に言われていた。
「ずるいミリイ!私もローリィの胸で泣きたい!」
フラーが言うと、カーラもモニクも私にしがみついてきた。
皆には出会った日に女であることを打ち明けている。
旅をするのに女では物騒だったからと説明すると、何だか凄くビックリというかショックを受けた顔をされた。
「わ、ちょっとちょっと、そんなに抱きつかれたら、く、苦しい!」
四方八方から抱きつかれて私は呼吸困難に陥った。
「みんな、ローリィから離れなさい、わたしだって抱きつきた…いえ、そんなに抱きついたらローリィの骨がおれるでしょうが!」
ティータが一人一人引き剥がしにかかった。
え、お母さんも…?
私は用心棒としてお世話になるので、普段は男装をしている。…というか、みんなからの力強いオファーがあったので、そうしているのだ。今回、髪は染めず色は素のまま、ストロベリーブロンドだ。
でも今のところ用心棒らしい仕事はしていない。なぜか皆と一人ずつ入れ替わり立ち替わり一緒に買い物に行ったり散歩に行ったり、お茶に出掛けたりにつれ回されている。
本当にこれでいいのか、何の役にもたっていないので心苦しいと言うと、なら腕を組んで歩けとか、ケーキを食べさせてくれとか、服をコーディネートしてくれとか言われた。
それって用心棒の仕事…?
「で、何があったんですか?」
一通り皆が離れたので、改めて訊いた。
「ミリイが自分のせいだとか何とか…」
「王宮から手紙が来てね」
ふうっと息を吐いて、ティータが説明した。
「三日後、王宮であるパーティーが開かれる。そこで'英雄の舞,を披露することという命令だよ」
「すごいじゃないですか!王様の前で躍るんですよね」
「ああ、確かにすごい。名誉だよ。披露できればね」
ティータの顔が苦悩で歪んだ。
「……え、出来ない…んですか?だって'英雄の舞,できるんですよね」
「そう、踊れるよ。ミリイとモニクだけだけどね」
意味がわからず、頚を傾げる私に、ティータが告げた内容は、次のようなものだった。
'英雄の舞,は二人舞で、互いに剣を持って行う剣舞だということ。舞といえども使うのは両刃を潰した本物。重さもそれなりにあり、両手でなければ持てない。
足さばきも複雑でしかも、それぞれが剣を持って舞ながら、時々撃ち合う。加えて撃ち合いも舞のように優雅でなければならない。
かつてティータもこの舞を得意としていたが、今この舞屋でその舞を踊れるのはミリイとモニクの二人。そして今、ミリイは右手首を負傷している。
「私も今練習してるんだけど、撃ち合いがまだ上手くできなくて、とても王様の前でなんて…」
カーラが申し訳なさそうに言った。
「今この王都でこの舞ができる舞屋はうちとマリアのとこだけ。そして今回、どうやらあっちにも届いてるみたいなんだよ」
「'英雄の舞,は競い舞とも言われてる。二組同時に踊り、より評価の高かった舞屋には今後、'英雄の舞,の依頼が優先的に回ってくるし、箔もつく」
「競い合いで負けても、まあ、それなりに踊れていれば、二番手で仕事が回ってくるから、特に支障はないけど」
「もし、競い合いにすら参加出来なかったら?」
「そう、今回うちが'英雄の舞,を披露できなかったら、もううちは'英雄の舞,の看板を降ろさなきゃならない。悪くすれば不敬を問われ、ここを畳むことになるかもしれない」
終わったとは、そういう意味だったとは…
「せめてこのパーティーが後一週間先だったら、私のケガも治ってるだろうけど」
「ううん、それを言ったら、私がもっと早くに舞をマスターしていたら…」
ミリイとカーラが互いに自分を責め合う。
「せめて、あたしがもう十歳若かったら…」
ティータも悔しがる。
ん…お母さん、確か、五十前?十歳若くてもお母さん三十代にもならないんじゃ。
ティータ以外の誰もが心の中でツッコミを入れた。
「ここを畳むことになっても、あんたたちを路頭に迷わすことはしないよ。他の舞屋に入れてもらえるよう頼んでみるし、なんなら地方にだって職はあるよ」
取り潰し確実な発言だった。
私はふとある考えが浮かんだが、それを言っていいのかちょっと迷った。
何せ本番まで三日しかないのだ。
「悪いねローリィちゃん、来た早々こんなことになって…とりあえず、王宮に断りの返事を…」
「待って下さい!」
諦めて白旗をあげようとするティータお母さんの言葉を、私は慌てて止めた。
十個の目が私を向いた。
「諦めるのはまだ早いです。競い合いに出て負けても、それは問題ないんですよね?用は不戦勝にならなければいいんですよね?」
「ローリィちゃん、だからって、初めから負けるような状態で出ていっても、王室侮辱罪に問われるんだよ」
棄権せずに参加したところで、明らかに実力不足とわかっていて挑むのはもっと悪い。悪くすれば牢獄行きだ。
「わかっています。それなりの踊りが出来なければ、勝負になりませんからね」
私が考えている打開案は一か八かの大博打だ。
マリアさんとこの舞の実力がいかほどかも知らないのに、対戦相手との勝負にそこそこのものを持っていかなければ、同じ負けるにしても上手くいかない。
「とりあえず、今日一日待って下さい」
(今日中に何とか振り付けだけでも覚えて、それで、モニクと踊ってみて、上手く撃ち合えれば………)
「待ってと言われても、お断りを伝えるのに、あまり時間を空けては…」
「わかっています。ティータさん、ミリイ、私に振り付けを教えて下さい!モニク、その後私と一緒にお願いします」
「え、え…ローリィちゃん、どういうことだい?あんたまさか…正気かい」
五人は私の言わんとしていることを察したようだ。
「はい!私が、ミリイの変わりにモニクと踊ります!」
5
お気に入りに追加
1,930
あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?


ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる