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16 ウィリアム邸にて

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ローリィから語られる話は、すべてにおいて規格外だった。
途中夕食を挟み、彼女からの話しに聞き入った。
五歳で賊に襲われたこと。
モーリスとの出会いとその後の修行。
伯爵夫妻が亡くなったこと。…父が女の子を弟子にしたことも驚いたが、今は爵位はないとはいえ、伯爵家のご令嬢だったことにも驚いた。

(親父、いくら筆不精でも、大事な情報すっ飛ばし過ぎだろうが…伯爵令嬢とか、弟子の性別くらい、ちゃんと教えろよな)

ウィリアムは心のなかで父にツッコミを入れた。

ただ、ここまで来る道中のことは、ローリィも詳しくは話さなかった。
ローリィ自身、あの出来事は黒歴史として闇に葬りたいと思っていた。
いくら人命救助とはいえ、自分の肌着を見ず知らずの男に巻き付けたり、人口呼吸までしたのだ。
相手に意識がなくて幸いだった。

体の傷のことも隠さず伝えた。
令嬢としては汚点だが、来宮巴としてはそれほど気に病んではいない。何せ刺青をしたりピアスの穴を耳朶と言わず、体のあちこちに、恥ずかしい部分にも空ける人達がいた位だ。それを気にするような人物なら、こっちから願い下げだ。自分は何ら恥じることはしていない。
ウィリアムに話したのは、もしこの王都で彼が彼女に誰か結婚相手をと考えて動いた時に、そのことを知らないと、後々問題になってくるし、勝手にそんなことをしないようにという牽制をしたかったからだ。
彼にはこの王都で生活が軌道にのるまで、色々迷惑をかけてしまうだろうが、基本は自分の手で何とかするつもりであることを伝えた。

「伯爵家の、ご令嬢ですよね?」
「ご令嬢…でした」

ウィリアムは、可愛らしく…凛々しく…?目の前に座っている十八歳になろうかという父の弟子を見つめて呟いた。

元伯爵令嬢…いくら元でも、ここまで極端に破天荒に逞しく生きられるものなのか?さすが、あの父が弟子だと受け入れているだけはある。

「それで、私自身は住むところも決まっているのですが、連れて来た馬を、どこか預かっていただけるところをご紹介いただきたいのです」

聞けば今は宿屋の厩に預かってもらっているが、あくまで宿の利用客の馬を預かるところなので、早急に預け先を決めないといけないということだった。

 昨日今日来たばかりで、知り合いといえば自分たちくらいしかないと思っていたウィリアムは、驚いた。
当分の間はこっちで面倒を見ようと思っていたと伝えた。

「私も昨日まではそのつもりでいたのですが、昨日、たまたま知り合った方たちが是非にとおっしゃってくれて…仕事も何とかしてくれるということで…」
「昨日あったばかりで、信用できるのですか?失礼ですが、ここはアイスヴァインのようにはいきませんよ」

しっかりしているように見えて、やはり田舎のご令嬢だなと心配になった。
だが、続けて彼女がどういった経緯でそうなったのかと言う話しをすると、ウィリアムもホリィも慌てふためいた。

「ま、街の路地で、乱闘…?」

父の弟子なのだから、当然と言えばそうなのだが、ケガはなかったかと聞けば、大丈夫という答えが返ってきた。納得するしかない。

「それで、その助けた方とそのお仲間に大変気に入られ、部屋も余っているからと誘われたのです」

だが、モーリスからウィリアムのところを紹介されていることもあり、一応は王都での身元保証人?的な立場の自分に無事についたということの報告も兼ねて訪問し、許可を得るのが筋だろうということで、返事は保留にしているということだった。

「舞屋…ですか」

地方ではどうかわからないが、ここ王都で舞屋と言えばきちんとお母さんと呼ばれる管理者がおり、平民や下級貴族の子女が舞を習いながら共同生活を送る、いわゆる女子寮となっている。
結婚したら共同生活の家から出ていくが、踊り子は辞めるか、そのまま続けるかは自由となっている。

女子寮なので、男は入っても玄関の応接室まで、それ以外は男子禁制で、管理も厳しいと言われている。

「その、ローリィ様は、踊り子になられるのですか?」

ウィリアムが確認したかったことをホリィも気になったのか聞いた。

踊り子になる子たちは、早ければ七歳くらいから、遅くても十歳くらいから修行を始める。幼い少女なら少女なり稚児舞というのもあり、それなりに需要もある。
しかしローリィはもうすぐ十八歳になり、成人を迎えている。今から修行して、果たしてものになるのか。

「いえ、特にそういうわけでは…出会った経緯が経緯ですし、まあ、用心棒みたいな形でいいからと言われて…舞の方は、アイスヴァイン領でも多少かじっておりましたが、お金をいただいくとなると、やはり手習い程度の経験ではおこがましいですし…」
「用心棒…失礼ですが、向こうはあなたが伯爵家のご令嬢とは…」
「話しておりません。元、ですし、特に必要ないかと。王宮の成人の儀にも出ておりませんし、伯爵家の身分など振りかざしてもお腹が膨れるわけではありませんから」

ローリィはキッパリといい放った。

ウィリアムは額を押さえた。ローリィの言うことは間違っていないが、身分をパン以下扱いしていいのだろうか。

「ご立派ですわ!ローリィ様!失礼、ローリィ様とお呼びしても構いませんでしょうか?」

ホリィが拝むように顔の前で両手を組み合わせ、感極まったように叫んだ。
「どうぞどうぞ、あ、呼び捨てでもいいですよ」
「それは、さすがに…」
「では、ローリィさんで、あ、敬語もいりません、私の方が年下ですし」
「わかりました。ローリィさん。なんて素晴らしいお心がけでしょう!伯爵令嬢としてお生まれになりながら、それに甘んじることなく、厳しい鍛練を積まれ、ご両親の死後、誰にも頼ることなく、ご自分で道を開かれるなど、平民であってもなかなかできることではありませんわ」
少女のように瞳をキラキラさせて語る妻の迫力に、ウィリアムは呆気にとられた。
ホリィはウィリアムが帰宅するまでの間、ローリィ嬢と長々と話をし、その人柄を気に入っていたようだったが、今また、彼女の話を聞いて、すっかり心酔してしまったようだ。

「いえ、誰にも頼らないとか、おこがましいことです。事実、師匠やそのご家族、舞屋の方々のご厚意がなければ、私は何もできない田舎出の娘です」
「まあ、ご謙遜を!でしたら、どうか私めは、姉と思って接してくださいな、困ったことがあったら遠慮なくおっしゃって、夫も近衛騎士団の隊長として、お力になることがありましたら、なんでもいたしますわ!ねえ、あなた」

妻はウィリアムの両手をガシッと掴み、唾が飛ぶくらいの勢いで迫ってきた。
ウィリアムは力強く掴まれた自分の手と妻の顔を見つめ、同意以外の答えはあり得ない。同意しなければ殺されるのではとさえ思った。

「妻の言うとおりです。用心棒に、とは、少々突飛ですが、父が弟子だと言い切るのであれば、腕は確かなのでしょう。それに住まいが舞屋となれば、簡単に男は出入りできませんし、何かあればホリィがおりますので、ただ、我が家には厩がありませんので、騎士団の中で頼めそうな心当たりがいくつかありますので、明日早速あたってみましょう。それまでの間、ちゃんと馬を預かっていただけるように、私からも宿屋の主人にお声をかけておきましょう」

「お心遣いありがとうございます」
ローリィが礼を言うと、これでいいか、とウィリアムは妻の方を見た。
その対応に満足したらしい妻の様子に、ウィリアムはほっと胸を撫で下ろした。

その夜、女同士でいつまでも話が尽きないようなので、ウィリアムは明日も仕事だからと謝って先に寝床に入った。

妻が少女のようにはしゃぐのを、ウィリアムは結婚十年目にして初めて見た。
ホリィってあんなだったか?
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