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9 街道で
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寝ている間に雨が降ったのか、朝起きると、湿った空気が窓から入ってきた。
夕べあの後、食堂に行くと、半分以上が空席になっていた。
食堂に入ると、さっきのお姉さんがカウンターに案内してくれて、注文する前に料理を運んで来てくれた。
お薦めなので、是非食べて欲しい、と言うので、お礼を言っていただいた。
豚肉をトロトロに煮込んだ、角煮みたいな料理だった。肉が多めなのはサービスなのだろうか?
お腹がいっぱいになり、眠くなってきたのので、代金を置いて部屋に戻ると、簡単に身体を拭く。
あーお風呂入りたい。日本人の心の癒し。
上着を脱ぎ、胸に巻いた厚手のサラシを取ると解放感に満たされた。
巨乳ではないが、それなりに小高い丘が二つ。貧乳と嘆くほどでもない。これ以上大きくなったら、サラシがきつくなるから、いろんな意味でちょうどいいかも。
二つの丘の谷間の部分に、そっと手を触れる。
小さい時はもっと大きく感じたが、身体が大きくなると、傷の方が小さく見えるようになった。
この傷が原因で前世の記憶が覚醒し、今の私がある。もし、あの時、ケガをしなかったら、私の人生はどうなっただろうか?
いや、もし前世であの時、銃弾に撃たれなかったら…。
自分が死んだ瞬間なんて誰も思い出したくないだろう。私はその記憶を意識的に蓋をして、目を背けた。
その日、眠りにつく前に、厩であった男の、すれ違い様にフードの下から見えた笑みを含んで口角の上がった美しい口元を思いだし、うぐぐぐと唸った。
油断ならない空気を纏った人だった。
嫌み、通じたかな。
もう二度と会うことはないだろう。
私は夢も見ずに眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が昇る前に目が覚めたので、早目に出発することにした。
シューティングスターのところに行くと、まだほとんどの人が出発していないようだったが、あの自称お兄さんの馬はいなかった。あの後、出発したのかな。
鞍をつけ、シューティングスターを連れて厩を出ると、夕べ食堂で給仕をしてくれたお姉さんが待っていて、道中食べて欲しいとハムや卵を挟んだサンドイッチをくれた。大食漢と思われているのか、挙げた芋やチーズ、クッキーなんかも入っていた。
弁当付きなんてすごいサービスだ。お礼をいうと、彼女はさっさと中に引っ込んだ。
そう言えば、モーリスと一緒に森へ入った帰りにも、よくこんな風にお菓子やら女の子たちがくれたっけ。
懐かしく思いながらシューティングスターに跨がり、街道を王都に向かって進んだ。
まだ少し薄暗いため、街道を行き交う人もほとんどいない。街道沿いは比較的安全とは言え、夜は獣や野盗の被害も少なくない。余程急ぎでなければ夜に出歩く者もいないし、それなりの備えがなけれぱ無謀な行いだ。
もう少し明るくなって行き交う人も多くならないと安心できないため、警戒しながら馬を進める。もう少し先に行ったら休憩して、宿屋のお姉さんがくれたお弁当を食べようかと、考えていると、風に乗って運ばれてきた匂いにはっとなった。
「これは…」
錆びた鉄のような匂い…血の匂いだ。
モーリスとともに森で幾度となく嗅いだ匂い。
全身に緊張が走る。獣か、人か…
ゆっくりと馬を進めると、どこからか馬の嘶きが聞こえた。
シューティングスターの耳がピクピクと動き、ソワソワする。私よりもっと色々な音や匂いを拾っているのだろう。
木立の向こうから再びヒヒンと馬の嘶きが聞こえた。どうやら馬が襲われているとかではないようだ。とすれば傷ついているのは馬?
「行ってみようか」
私は警戒しつつ木立の中に分け行った。
夕べあの後、食堂に行くと、半分以上が空席になっていた。
食堂に入ると、さっきのお姉さんがカウンターに案内してくれて、注文する前に料理を運んで来てくれた。
お薦めなので、是非食べて欲しい、と言うので、お礼を言っていただいた。
豚肉をトロトロに煮込んだ、角煮みたいな料理だった。肉が多めなのはサービスなのだろうか?
お腹がいっぱいになり、眠くなってきたのので、代金を置いて部屋に戻ると、簡単に身体を拭く。
あーお風呂入りたい。日本人の心の癒し。
上着を脱ぎ、胸に巻いた厚手のサラシを取ると解放感に満たされた。
巨乳ではないが、それなりに小高い丘が二つ。貧乳と嘆くほどでもない。これ以上大きくなったら、サラシがきつくなるから、いろんな意味でちょうどいいかも。
二つの丘の谷間の部分に、そっと手を触れる。
小さい時はもっと大きく感じたが、身体が大きくなると、傷の方が小さく見えるようになった。
この傷が原因で前世の記憶が覚醒し、今の私がある。もし、あの時、ケガをしなかったら、私の人生はどうなっただろうか?
いや、もし前世であの時、銃弾に撃たれなかったら…。
自分が死んだ瞬間なんて誰も思い出したくないだろう。私はその記憶を意識的に蓋をして、目を背けた。
その日、眠りにつく前に、厩であった男の、すれ違い様にフードの下から見えた笑みを含んで口角の上がった美しい口元を思いだし、うぐぐぐと唸った。
油断ならない空気を纏った人だった。
嫌み、通じたかな。
もう二度と会うことはないだろう。
私は夢も見ずに眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が昇る前に目が覚めたので、早目に出発することにした。
シューティングスターのところに行くと、まだほとんどの人が出発していないようだったが、あの自称お兄さんの馬はいなかった。あの後、出発したのかな。
鞍をつけ、シューティングスターを連れて厩を出ると、夕べ食堂で給仕をしてくれたお姉さんが待っていて、道中食べて欲しいとハムや卵を挟んだサンドイッチをくれた。大食漢と思われているのか、挙げた芋やチーズ、クッキーなんかも入っていた。
弁当付きなんてすごいサービスだ。お礼をいうと、彼女はさっさと中に引っ込んだ。
そう言えば、モーリスと一緒に森へ入った帰りにも、よくこんな風にお菓子やら女の子たちがくれたっけ。
懐かしく思いながらシューティングスターに跨がり、街道を王都に向かって進んだ。
まだ少し薄暗いため、街道を行き交う人もほとんどいない。街道沿いは比較的安全とは言え、夜は獣や野盗の被害も少なくない。余程急ぎでなければ夜に出歩く者もいないし、それなりの備えがなけれぱ無謀な行いだ。
もう少し明るくなって行き交う人も多くならないと安心できないため、警戒しながら馬を進める。もう少し先に行ったら休憩して、宿屋のお姉さんがくれたお弁当を食べようかと、考えていると、風に乗って運ばれてきた匂いにはっとなった。
「これは…」
錆びた鉄のような匂い…血の匂いだ。
モーリスとともに森で幾度となく嗅いだ匂い。
全身に緊張が走る。獣か、人か…
ゆっくりと馬を進めると、どこからか馬の嘶きが聞こえた。
シューティングスターの耳がピクピクと動き、ソワソワする。私よりもっと色々な音や匂いを拾っているのだろう。
木立の向こうから再びヒヒンと馬の嘶きが聞こえた。どうやら馬が襲われているとかではないようだ。とすれば傷ついているのは馬?
「行ってみようか」
私は警戒しつつ木立の中に分け行った。
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