上 下
9 / 266

9 街道で

しおりを挟む
寝ている間に雨が降ったのか、朝起きると、湿った空気が窓から入ってきた。

夕べあの後、食堂に行くと、半分以上が空席になっていた。

食堂に入ると、さっきのお姉さんがカウンターに案内してくれて、注文する前に料理を運んで来てくれた。
お薦めなので、是非食べて欲しい、と言うので、お礼を言っていただいた。

豚肉をトロトロに煮込んだ、角煮みたいな料理だった。肉が多めなのはサービスなのだろうか?

お腹がいっぱいになり、眠くなってきたのので、代金を置いて部屋に戻ると、簡単に身体を拭く。

あーお風呂入りたい。日本人の心の癒し。

上着を脱ぎ、胸に巻いた厚手のサラシを取ると解放感に満たされた。

巨乳ではないが、それなりに小高い丘が二つ。貧乳と嘆くほどでもない。これ以上大きくなったら、サラシがきつくなるから、いろんな意味でちょうどいいかも。
二つの丘の谷間の部分に、そっと手を触れる。
小さい時はもっと大きく感じたが、身体が大きくなると、傷の方が小さく見えるようになった。
この傷が原因で前世の記憶が覚醒し、今の私がある。もし、あの時、ケガをしなかったら、私の人生はどうなっただろうか?
いや、もし前世であの時、銃弾に撃たれなかったら…。
自分が死んだ瞬間なんて誰も思い出したくないだろう。私はその記憶を意識的に蓋をして、目を背けた。

その日、眠りにつく前に、厩であった男の、すれ違い様にフードの下から見えた笑みを含んで口角の上がった美しい口元を思いだし、うぐぐぐと唸った。
油断ならない空気を纏った人だった。
嫌み、通じたかな。
もう二度と会うことはないだろう。

私は夢も見ずに眠りに落ちた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

日が昇る前に目が覚めたので、早目に出発することにした。
シューティングスターのところに行くと、まだほとんどの人が出発していないようだったが、あの自称お兄さんの馬はいなかった。あの後、出発したのかな。

鞍をつけ、シューティングスターを連れて厩を出ると、夕べ食堂で給仕をしてくれたお姉さんが待っていて、道中食べて欲しいとハムや卵を挟んだサンドイッチをくれた。大食漢と思われているのか、挙げた芋やチーズ、クッキーなんかも入っていた。
弁当付きなんてすごいサービスだ。お礼をいうと、彼女はさっさと中に引っ込んだ。
そう言えば、モーリスと一緒に森へ入った帰りにも、よくこんな風にお菓子やら女の子たちがくれたっけ。
懐かしく思いながらシューティングスターに跨がり、街道を王都に向かって進んだ。

まだ少し薄暗いため、街道を行き交う人もほとんどいない。街道沿いは比較的安全とは言え、夜は獣や野盗の被害も少なくない。余程急ぎでなければ夜に出歩く者もいないし、それなりの備えがなけれぱ無謀な行いだ。
もう少し明るくなって行き交う人も多くならないと安心できないため、警戒しながら馬を進める。もう少し先に行ったら休憩して、宿屋のお姉さんがくれたお弁当を食べようかと、考えていると、風に乗って運ばれてきた匂いにはっとなった。

「これは…」

錆びた鉄のような匂い…血の匂いだ。
モーリスとともに森で幾度となく嗅いだ匂い。

全身に緊張が走る。獣か、人か…
ゆっくりと馬を進めると、どこからか馬の嘶きが聞こえた。
シューティングスターの耳がピクピクと動き、ソワソワする。私よりもっと色々な音や匂いを拾っているのだろう。
木立の向こうから再びヒヒンと馬の嘶きが聞こえた。どうやら馬が襲われているとかではないようだ。とすれば傷ついているのは馬?

「行ってみようか」

私は警戒しつつ木立の中に分け行った。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

処理中です...