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3 師匠との出会い

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「こちらが私の幼馴染みのモーリス・ドルグランです」

 それから3日の後、ルイスが応接室で領主夫妻とその娘に紹介したのは、筋骨隆々で白髪混じりの男だった。
 騎士として勤めた年月がその顔に刻まれたかのような、いぶし銀の焦げ茶色の眼光鋭いおっさんは、ニコニコと笑って自分を領主家族に紹介するルイスとは反対に、苦虫を潰したような表情をしていた。
 それが普段からの彼の顔つきなのかどうかわからないが、弱味…いや、昔の借りを返すためとはいえ、年端もいかない娘に武術を教えざるを得ない状況が気に入らないのは、ひしひしと感じた。
 母さまはそのあまりの迫力にすっかり青ざめ、父さまは熊のようなその体躯に圧倒され、こんな男に娘を託していいのだろうか、いや、確実に殺される、嫌なら止めていいんだよ、いや、泣いて嫌がれと、チラチラと私に目配せを送っている。

「見かけは極悪人のようですが、なかなか部下思いで忠義が厚く、騎士としての評判もよかったのですよ」

 主人達が黙り込んでいるので、ルイスはモーリスの人柄や功績を熱心にプロモーションしていた。
 所謂就職面接の場面だが、売り込んでいるのは推薦者の方で、本人も採用する側も、一言もしゃべらず、互いに見合っている。
 息子二人が独立したのを機に、近衛騎士団を辞め、妻と二人、故郷に戻ってきたのだ。

「ルイス、もういい」

 モーリスが騎士見習いとして王都に勤めるようになってからあまり会う機会がなかったが、小さい頃の二人の馴れ初めから、幼年期のいたずら、互いの初恋の話まで及んだ。そして、もう一人の幼馴染みであるエミリとモーリスが夫婦になるまでの物語が語られると、モーリスはルイスの口をその大きな手で覆って止めた。

「これからが面白いのに」

 ルイスは残念そうに呟いた。

「それ以上言ったら、縁を切るぞ」

 耳を赤くしながら、そういうモーリスの様子を見て、私はピンとくるものがあった。

「もしかして、ルイスがお二人の仲を取り持ったのですか?」

 エミリさんという人がどんな人かは知らないが、目の前にいる、この熊のような男性が女性を簡単に口説ける手練手管を持っているとは考えにくい。反してルイスは肉体派というより、頭脳派の策士だ。幼馴染み同士の恋のキューピッド役を担ったとしても不思議ではない。

「…なっ!!!」
「そうなのです!お嬢様!」
「ローリィ、はしたない」

 赤面するモーリス、話の内容を察してくれたことに喜ぶルイス、ませたことを言う娘を嗜める父親が声をあげる。
 照れた様子のモーリスを見て、ルイスの言うとおり、強面の見かけに似合わず、気持ちは優しい人なのだろう。

「その、お嬢様は、俺、私のことが恐くないのですか?大抵の子どもは泣き出すのですが…恥ずかしながら実の息子にも泣かれたくらいですから…」

 赤面が治まると、モーリスは私と、未だに青ざめている伯爵夫人の顔を見比べて聞いてきた。
 ローゼリアとしての人生経験なら、恐らく失神でもしていただろう。でも来宮巴として、ヤ◯ザやそれを相手にする警察官の中にも人相の悪いやつらと相対してきた。武骨な顔には耐性はある。

「初めて見たときは熊みたいと思いましたが、ルイスのお友達なら恐くありません」

 ただこっちでの人の命は前世のそれとは違い、ずいぶん軽く、どんなに悪人顔でも人を傷つけることや殺人が法で厳しく取り締まられていた地球に比べれば、目の前にいる男は、それこそ多くの命を奪ってきたに違いない。
 私の返事にモーリスは居心地悪そうな様子で、頭をワシャワシャとかきむしった。
 面と向かって熊と言われたのは聞き流す。

「あ~その、大変申し上げ憎いことですが、いくら幼馴染みの頼みとはいえ、今回のお話は正直、お断りさせていただくべきと考えておりました」

 断るにしろ、そこは相手は伯爵である。ルイスに言伝てするより、直接伝えるべきだと考えて出向いたのだと言った。

「それに、ご令嬢なら、私の姿を見たら泣き出すと思いましたので…」

 怖がって向こうからこの話はなかったことにしてくれと言ってくれば、渡りに船だと踏んだのだった。

「ごめんなさい」

「あ、いえ、お嬢様に謝っていただくことでは…」

 落ち込む私にモーリスは慌てた。

「それで、だいたいの事情はルイスから伺っておりますが、お気持ちは変わらないのでしょうか?」

 改めて伯爵たちの向かいに腰をおろし、モーリスが尋ねた。

「はい!」

 父に何か言われる前に、先手をうって答えた。

「しかし、これまで私が鍛えてきたのはそれなりの基礎を修めた者ばかり。お貴族さまの、しかも年端もいかないご令嬢を教えたことはございません。私が適任とは思いません」

「何事も初めてはあります。経験なくして上達はありえません」

「…お嬢様は誠に御年5歳でいらっしゃいますか?」

 いいえ、前世から数えると三十五歳です。三十路半ばですとは言えない。

「その、娘は確かに五歳ですが、少し、頭の回転が早く…」

「そのようですね」

 伯爵の言葉にモーリスは顎に手をあて、目の前に座る令嬢の目を見据えた。
 顔立ちは未だに青ざめている夫人…もともと顔色が悪いのか?…の面差しもあるが、少女らしいふっくらとした頬は血色良く、息子しかいないので、この年頃の女の子とこれ程までに対峙したことがなかったため、これが普通かどうかわからない。何せ息子たちでさえ、自分とまともに顔を見合わせたのは二人の息子がそれぞれ十歳くらいになった頃だ。
 アーモンド形の伯爵譲りのアメジストの瞳には力強い輝きがあり、穴が空くのではないかと思うくらい見つめてくる。

(これは、あれね。目を反らしたら負けというやつかしら)

 じっと自分を凝視するモーリスと瞬きを忘れて睨み合った。

 「ローリィ?」

二人の異様な睨み合いに気づき、伯爵が娘に声を掛けた。

「父さま、私は今、眼力で勝負しているのです。」

 何の勝負かと自分で言っておきながら突っ込みたくなったが、ふうっという父のため息に気づき、そちらに視線を向けた。

「モーリス殿。娘はこういう性分です。一度自分で決めたことは、なかなか引きません。ですが、修行を始めてモノにならないと悟れば、潔く諦めると申しております。わが娘ながら、一度約束したことは違えぬでしょう。ここは、一旦引き受けていただけませんでしょうか」
 それに…と伯爵は言葉を続けた。
「親の贔屓目とは思いますが、才はあると思います。王都の近衛騎士団には遠く及ばなくとも、自分の身や周りの者を護ることができるくらいにはなると思うのです」
 「モーリス様」
 伯爵の言葉に続けて、初めのあいさつ以降これまで一言も喋らなかった夫人が言葉を発した。
「親バカであるとは思いますが、私達は娘に末長い安寧を保証することはできません。どうか、あなた様の長年培われた技術と経験の一部を、私どもの娘に分け与えていただけませんでしょうか」
 娘に爵位を継がせることはできない。体に傷を追った娘に良縁を結ばせることができるかも怪しい。ましてやその当事者である本人が望んでいること。
 
「え…?」

伯爵夫妻に頭を下げられ、モーリスは慌てた。
ルイスを振り替えると、すっと視線を反らされた。
判断は任せた。ということか。
 近衛騎士団でそれなりの地位があったとはいえ、もとはアイスヴァイン伯爵領の領民にしかすぎない。
 ここまでされて、断れる筈がない。

「…わかりました。基礎は教えましょう。それ以上は、お嬢様の頑張りと才能次第ということでよろしいでしょうか?」

 「やったぁー!!!」
 飛び上がらんばかりの勢いで私は叫んだ。
 その場に居た誰もが令嬢らしからぬ言動に仰天した。
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