転生して要人警護やってます

七夜かなた

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2 初めてのお願い

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 私のお願いは武術の鍛練をして欲しい。というものだった。
 最初は、二人とも当然ながらいい顔をしなかった。
 アイスヴァイン領では自衛のため、男も女も鍛練するとはいえ、それはあくまでも領民の話。伯爵家の子息ならまだしも、令嬢が嗜むものではない。
 アイスヴァイン領があるロイシュタール国は北を高い峰が続くシビル山脈と呼ばれるが走り、その向こうは人が生息することのない不毛の大地が続く。東と南を海に囲まれ、西に行くほど徐々に乾燥した気候となり、マイン国と接している少し縦に長方形な領土で、その大きさは地球でいう北米地域くらいだろうか。
 王都のナダルは国土の北東側に位置し、アイスヴァイン領はマイン国側、国境があり、国防の要となる第2の都市、シュルスに程近く、シビル山脈の懐に位置する。王都とシュルスを行き来する街道からは少し離れているため、行き交う人も少ない。
 だが、西へ行くほど土地が乾燥していく中にあって、シビル山脈から流れる雪解け水が大小様々な湖を形成し、緑豊かな森が、貴族の間では避暑地として人気となっている。
 森と湖が領地の半分を占めていて、人が住める土地は少ない。また、山脈に近づく程に森は鬱蒼としていて、そこには多くの猛獣が生息しているため、人は滅多に足を踏み入れない。
 自然以外取り柄なもないため、夏の間は避暑地として賑やかになるが、狩猟と林業が主な産業だ。
 話は戻るが、生死の境をさ迷った末、ようやく寝台に起き上がれるようになった娘からの最初のお願いが、武術鍛練であることに、両親は狼狽を隠せなかった。
 夫人の体が弱く、難産の末に産まれ、出産後、第二子の妊娠出産は難しいと言われたただ一人のかわいい娘。失っていたかも知れない娘の、初めてとも言える頼み。出来れば叶えてやりたいとは思うが…。

「まあ、貴族の子女として、多少の護身術は身につけていても…」

「私は父さまみたいに皆を護りたいのです!」

「…………」

「でも、あなたは女の子だし」

「領地の女性たちだって、立派に戦ってます!」

「………」

「それに、このまま普通の令嬢として育っても、私に普通の令嬢として結婚できる望みはないと思います。」

 両親は色々苦しい理由を見つけては思い止まらせようとしたが、私の決意は固かった。
 そして、私の言葉に両親ははっとして、互いの顔を見合わせた。
 私の胸には矢で射られた傷痕が残った。
 転生したこの世界には残念ながら魔法というものは存在しない。「回復」と言って傷痕まで修復する都合のいいものは存在しないし、整形外科という技術もない。体に傷のある貴族の子女に良縁が回ってくるはずもない。
 ロイシュタール国では女性の爵位相続は認められていない。娘しかいないロードはいずれ親族の中から誰かを後継者として迎えなければならない。なら、その後継者と娘を爵位を継ぐついでに結婚させるという方法もあるが、体に傷を持つという負い目のある中で、果てしそれが娘の幸せとなるのか、とも思う。
 自分も妻もずっと娘を庇護することは無理なのだ。それならば、身につけられる技術は最大限身につけさせ、一人でも生きていける道を選択肢として持たせてやるのも親の務めかもしれないと二人は考えた。
 結局、やってみて才能がなければ、諦めるという約束で、私は体力が回復次第、修行を始めることになった。
 両親は知らないことだが、私には前世でも鍛練を重ねていたのだ。女の体力でも、どのように鍛えればいいか、頭の中でトレーニングスケジュールはできていた。ただ一つ気がかりなのは、病弱な母親の体質を受け継いでいないかどうかだったが、普通なら死んでしまってもおかしくなかった状況から無事生還した生命力があれば、案外行けそうな気がしていた。



 修行が始められるまで体力が回復するのに、さらに二週間かかった。
 その間、私は出された食事はすべて食べ、軽いストレッチから徐々に体を動かしといった。
 5歳の身体の成長に必要な栄養は何か、バランスを考えた献立を作り、これからの修行のために必要な身体を作っていく。
 どうして5歳の子どもがそんなことを知っているのかと怪しまれないように、あれが食べたい。これが食べたいと我儘に聞こえるように注文をつけ、ケガをする前には嫌いでほとんど食べなかった野菜も食べるようになり、周囲を驚かせた。

「生まれ変わったみたい」

 皆に口々に言われた。確かに私は来宮巴という三十歳の記憶を思いだし、5歳のローゼリア・アイスヴァインとして生まれ変わった。
 だが、それを言っても信じてもらえないだろうし、頭がおかしくなったと思われるだけなので、
「死にそうになったから、将来を真剣に考えるようになった」と言った。
 5歳という年齢でその答えもどうかと思うが、年のわりに聡い子だと、神童扱いでちやほやされただけなので、まあ、誤魔化せたのではないだろうか。

 ストレッチはバレエやヨガのポーズを取り入れ、柔軟性とかるい筋力強化に努めた。このストレッチは体の弱い母でも無理なくでき、美容にも効果あるとわかり、屋敷内のメイド内の間でもちょっとしたブームになった。
 本格的な修行に入るまでに、私はまず乗馬から始めた。
 私に最初に与えられたのは、気性のおとなしい雌の馬だった。葦毛で小麦色の鬣と尻尾を持った美人さんで、馬丁頭から世話の仕方を教わりながら乗馬を習った。体が小さく鐙に足が届かないため、大人に手綱を引かれてのスタートだった。
 馬は「シューティングスター」と名付けた。
 英語で流れ星という意味だが、この世界では通じず、特に意味はないと誤魔化した。

 体力が戻ってくるにつけ、散歩~ウォーキング~が毎朝の習慣となった。そのうちジョギングに切り替えていくが、排気ガスのない清涼な空気の中での散歩は最高に気持ちよかったし、短い距離なら母も付き合ってくれた。

 ここで問題になったのが、誰に武術を教わるかということだった。
 自分が教えると父が名乗りをあげたが、領主としての仕事もあるし、第一、父親なので、娘に甘くなってしまうのは間違いない。

「却下です」

 娘に断られ父の泣きそうな顔を見て心が痛んだが仕方ない。その件については心当たりがあると執事のルイスが手をあげた。なんでも、幼馴染みが最近王都での騎士としての勤めを終えて帰って来たらしい。それなりの腕前であるらしく、のほほんと畑を耕しているそうだ。
 王都で騎士としてのそれなりの腕前の人が地方貴族のましてや5歳の娘を教えてくれるのかと怪しんだ。

「大丈夫でございます。彼の弱…こほん、彼には貸しがありますので」

 どうやらルイスは彼の弱味を握っているみたいだ。とりあえず、彼の手腕に期待しよう。穏和そうな五十代の執事の腹黒さが垣間見えた気がした。
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