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114 王都に戻って
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アドルファスのご両親に見送られボルサットを後にして、再び転移ゲートを使って王都へと戻った。
レディ・シンクレアにナターシャ様の記憶が戻ったことを伝えると、彼女の目からブワッと涙が溢れた。
そんな風に泣く彼女を初めて見たので驚いた。
「ありがとう、ユイナさん。あなたは我が家に幸運をもたらす神様の使徒だわ」
天使と悪魔と言う言い方はこの世界にはなく、神様の使徒というのが、天使のことだろう。
「そうそう、ボルタンヌ商会から色々と届いているのよ」
そう言ってレディが見せてくれたのは、ブラとショーツの上下セットが五セット。
デザインもオーソドックスなものからシルク素材のもの、レースをふんだんに使ったもの、ハーフカップのものなどだった。
「すごい、初めて作ったとは思えません」
手で触ってみて、その完成度の高さに驚く。
ドレスだけ見ても元々ドレスなど着たことがないので、その良し悪しはよくわかない。
でも彼女が作ったブラとショーツを見ると、彼女のデザイナー、仕立て屋としての技量がよくわかった。
わたしの着ていたものひとつから、よくこれほど作れたものだ。
「実は先に出来たものを見せてもらったのだけど、わたしの寸法ですぐに作ってもらうよう頼んであるの」
「え、レ、レディがこれを身につけられるのですか?」
「あら、私もまだまだ現役のつもりですわよ」
などと言って胸を張る。
「それに、ボルタンヌも、新しい分野を開拓できて張り切っていたわ。当分は口コミで仕事をしていくそうですけど、もっと人を入れて、下着専門の店を構えるそうよ」
「そ、そこまで発展しているなんて」
「けれど、それはまだまだ先の話らしいわ。いきなりこれを店頭に置いても誰も来ないでしょう。下着をオーダーメイドするなど、これからの分野ですから。そう簡単には概念は覆りません」
「では、レディと、それから財前さんにも顧客になってもらいましょう。まずはそこから手を広げていっては?」
貴婦人の中で、未だに絶大な影響力を持つ彼女が気に入って使っている。また聖女も使っているとなれば、宣伝効果は抜群だ。
「私もそう思ったのだけど、聖女様のことは思いつかなかったわ」
「彼女の年代に合うデザインも必要ですね」
「ユイナに商才があるとは思いませんでした」
そんな私達の話を真横で聞いていたアドルファスがボソリと言った。
「本当ならこのような場、男性には席を外すべきだと言うところですよ」
レディが眉根を寄せて非難する。
下着を広げている場所に男性がいるなど駄目ですよ。と言われたけど、彼はユイナが関わることなら知っておきたいと引かなかった。
「すみません、でもユイナのことなら何だって興味があります」
「仕方ありませんね」
そんな彼をレディは優しく受け入れる。孫には甘いのがよくわかる。
「でも確かに、ボルタンヌの商魂に火を点けるなんてすごいわ」
「いえ、ただこれは異世界のものというだけで、私は何も発明していません」
「でも、あなたがこの世界に来たことで私達の生活が良い方向に変わったのは確実です。たとえ既存のものから発したこととは言え、それを私達にもたらしてくれたのはあなたですもの」
「そうです。きっとユイナは歴史に名を残す存在になるでしょう」
「歴史…そんな」
ちょっと怖くなってしまった。
王都に戻って二日後、私は「潔斎の儀」に挑んだ。
前日から神殿に泊まり込み、清めを行った後、神殿の奥深くで祈りを捧げた。
円堂型になった密閉された部屋の中、おそらくどこかに空気穴があるのだろう。蠟燭がユラユラ揺れている。
祈りのために整えられた祭壇のようなところには、膝をついても痛くないようにクッションが置かれている。
そこへ膝をついて、顔の前で手を合わせた。
静かな空間、聞こえるのは自分の息遣いのみ。心臓の音さえ聞こえてきそう。激しく走った後には血液が体を巡る音も聞こえてくるが、それはそんな状況に似ていた。
この世界に来て、こんな風に静かな時を過ごすのは初めてだった。
頭の中に生きてきたこれまでの記憶が浮かんでくる。
異世界に連れてこられ、聖女じゃないと言われて、アドルファスに引き取ってもらった。
出会った頃から優しかったアドルファス。
彼のことを考えると自然と口元が綻ぶ。
私にどんな力があるにせよ、これからはこの世界のため、皆のため、何より彼のため、生きていきたい。
私一人が出来ることなど、たかが知れている。全ての人を幸せに導くなど出来ない。
誰かにとっての幸せが、全ての人の幸せとは限らない。
欲望全てを叶えることはできない。
それでも、今日はいい日だった。そう人々が私に出会ってそう思ってくれるなら、少しは助けになれたら。
そう願った。
まだまだ私にどんな力があるのかわからない。
全属性があると言われても、浄化以外の力は感じられない。
次第に体の内側から仄かに温かい何かが湧き上がり、やがて私の体から光が放たれた。
レディ・シンクレアにナターシャ様の記憶が戻ったことを伝えると、彼女の目からブワッと涙が溢れた。
そんな風に泣く彼女を初めて見たので驚いた。
「ありがとう、ユイナさん。あなたは我が家に幸運をもたらす神様の使徒だわ」
天使と悪魔と言う言い方はこの世界にはなく、神様の使徒というのが、天使のことだろう。
「そうそう、ボルタンヌ商会から色々と届いているのよ」
そう言ってレディが見せてくれたのは、ブラとショーツの上下セットが五セット。
デザインもオーソドックスなものからシルク素材のもの、レースをふんだんに使ったもの、ハーフカップのものなどだった。
「すごい、初めて作ったとは思えません」
手で触ってみて、その完成度の高さに驚く。
ドレスだけ見ても元々ドレスなど着たことがないので、その良し悪しはよくわかない。
でも彼女が作ったブラとショーツを見ると、彼女のデザイナー、仕立て屋としての技量がよくわかった。
わたしの着ていたものひとつから、よくこれほど作れたものだ。
「実は先に出来たものを見せてもらったのだけど、わたしの寸法ですぐに作ってもらうよう頼んであるの」
「え、レ、レディがこれを身につけられるのですか?」
「あら、私もまだまだ現役のつもりですわよ」
などと言って胸を張る。
「それに、ボルタンヌも、新しい分野を開拓できて張り切っていたわ。当分は口コミで仕事をしていくそうですけど、もっと人を入れて、下着専門の店を構えるそうよ」
「そ、そこまで発展しているなんて」
「けれど、それはまだまだ先の話らしいわ。いきなりこれを店頭に置いても誰も来ないでしょう。下着をオーダーメイドするなど、これからの分野ですから。そう簡単には概念は覆りません」
「では、レディと、それから財前さんにも顧客になってもらいましょう。まずはそこから手を広げていっては?」
貴婦人の中で、未だに絶大な影響力を持つ彼女が気に入って使っている。また聖女も使っているとなれば、宣伝効果は抜群だ。
「私もそう思ったのだけど、聖女様のことは思いつかなかったわ」
「彼女の年代に合うデザインも必要ですね」
「ユイナに商才があるとは思いませんでした」
そんな私達の話を真横で聞いていたアドルファスがボソリと言った。
「本当ならこのような場、男性には席を外すべきだと言うところですよ」
レディが眉根を寄せて非難する。
下着を広げている場所に男性がいるなど駄目ですよ。と言われたけど、彼はユイナが関わることなら知っておきたいと引かなかった。
「すみません、でもユイナのことなら何だって興味があります」
「仕方ありませんね」
そんな彼をレディは優しく受け入れる。孫には甘いのがよくわかる。
「でも確かに、ボルタンヌの商魂に火を点けるなんてすごいわ」
「いえ、ただこれは異世界のものというだけで、私は何も発明していません」
「でも、あなたがこの世界に来たことで私達の生活が良い方向に変わったのは確実です。たとえ既存のものから発したこととは言え、それを私達にもたらしてくれたのはあなたですもの」
「そうです。きっとユイナは歴史に名を残す存在になるでしょう」
「歴史…そんな」
ちょっと怖くなってしまった。
王都に戻って二日後、私は「潔斎の儀」に挑んだ。
前日から神殿に泊まり込み、清めを行った後、神殿の奥深くで祈りを捧げた。
円堂型になった密閉された部屋の中、おそらくどこかに空気穴があるのだろう。蠟燭がユラユラ揺れている。
祈りのために整えられた祭壇のようなところには、膝をついても痛くないようにクッションが置かれている。
そこへ膝をついて、顔の前で手を合わせた。
静かな空間、聞こえるのは自分の息遣いのみ。心臓の音さえ聞こえてきそう。激しく走った後には血液が体を巡る音も聞こえてくるが、それはそんな状況に似ていた。
この世界に来て、こんな風に静かな時を過ごすのは初めてだった。
頭の中に生きてきたこれまでの記憶が浮かんでくる。
異世界に連れてこられ、聖女じゃないと言われて、アドルファスに引き取ってもらった。
出会った頃から優しかったアドルファス。
彼のことを考えると自然と口元が綻ぶ。
私にどんな力があるにせよ、これからはこの世界のため、皆のため、何より彼のため、生きていきたい。
私一人が出来ることなど、たかが知れている。全ての人を幸せに導くなど出来ない。
誰かにとっての幸せが、全ての人の幸せとは限らない。
欲望全てを叶えることはできない。
それでも、今日はいい日だった。そう人々が私に出会ってそう思ってくれるなら、少しは助けになれたら。
そう願った。
まだまだ私にどんな力があるのかわからない。
全属性があると言われても、浄化以外の力は感じられない。
次第に体の内側から仄かに温かい何かが湧き上がり、やがて私の体から光が放たれた。
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